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💎小話 『Parallel Method』

「幜霊には倫理がないし人の法なんぞで裁けないが、境界の䟵犯には敏感。そんな䞖界でにやにやし぀぀悪さをしたずころで誰にも気付いおもらえない䜕者かず、気付いおしたった誰かさんのお話。」

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 幜霊の圱は癜い。ちょうどこんな癜さだ。ほら。忙しない朝、子どもが芪に振り向いおほしくおミルクの入ったコップを倒した。花柄のテヌブルクロスには透明なビニヌルシヌトがぎっちりず重ねおあっお、ミルクは滑らかに衚面を滑り、流れの䞀郚が勢いよく床に萜ちおいく。

 圱はそんなふうに地面に染み぀いた。柔らかきミルク色の䞍圚よ。混色の䞖界ず盞容れぬ存圚。誰も觊れぬたた、知られぬたたに癜いたたに、也いおかたちを倱っおしたった者たちよ。

 しかし圌らは迂闊だった。そりゃあ、垞に陀霊の気配に無い神経を尖らせおはいた。決しお油断しなかったし、誰のこずも信甚しなかった。
 䞖界にぜっかり開いた癜い亞莫あな。極圩色の皿に滎り萜ちた目立぀゜ヌス、間違いを増やす修正液、原因䞍明の゚ラヌ。
 い぀かだれかが祓いにくる。枅めにくる。
 時象に䟵食されぬ異垞の癜は、こんなに目立぀のだもの。

 子どもがコップを倒したら芪は振り向いお慌おるなりなんなりするはずだ。あのリビングで溢れたミルクは跡圢もなく、なんならもう䜕癟回ず同じコップにミルクが泚がれお、同じ時間に同じ子どもが飲んだ。背䞈はぐんぐん䌞びお、豆の朚を登る途䞭のゞャックず目が合ったずいう。今ではその子どもは立掟なあしながおじさんで、花柄のテヌブルクロスの家には垰っおこない。

 だずいうのに、時の流れから切り離されたミルクを拭く者は埅おどくらせど珟れない。
 そんなふうに培底的に䞖界から無芖をされるず、研ぎ柄たされた孀高の粟神も䞍意に鈍るのだ。だから、぀い毒っけのない䟵犯の声に答えおしたった。

 塵も積もれば山ずなる。
 圌にずっおの「振り向いおほしくおわざず溢したミルク」は、癜玙の手玙だった。およそ人間の䞀生では送りきれぬほどの手玙を積み䞊げられたらどうだろう 物理ず情念ちょうど半々の圧迫感で癜山に朰されそうになり、家の䜏人は息も絶え絶えだった。

「成皋。そういうお話でしたら、きっず他の方の心にも残るでしょう。」
「サファむアさん。サファむア・ゎヌストさん 事務所に戻りたしょう。いきなりブヌツに新聞玙を詰めお倖に出たかず思ったら、スカりトの真䌌事だなんお。」
「倧䞈倫、もう戻りたす。ご芧なさい。」

 サングラスに目深に被った垜子ず口元を隠す襟巻き。䞋手な倉装だ。しかし、サファむア・ゎヌストはあたりにも萜ち着きはらっおいた。
 慌おふためいおサファむアの腕を匕こうずする事務員のカガミ・りォヌレンは、促されおふず倩を芋䞊げた。癜い手玙が枡り鳥のように舞い䞊がっお、次々ず空に吞いこたれおゆく。

「残りたくお、遺したくお、去るに去れなかった。ようやく誰かが知っおくれた。霊が人に害をなし、人が霊を祓うには、第䞀に認識するこず。境界を看砎るこず。  カガミさん、あの圧壊寞前のお家の方に、手玙でいっぱいですねず声をかけたでしょう。」
「わ、わたし」
「事件解決です。さっさず戻りたしょうよ。あの霊ひずの声ももらいたしたし、曲を䜜りにかからないず。わたしたちの玫怪電波、静脈ラゞオのリスナヌだっお、䜜り話なんか歌っおほしくないず蚀っおたしたから。」

 道すがら䜕床も戻りたしょうず声を掛けおここたで぀いおきおしたったカガミを䞀切無芖しおいたくせに、さっさずこないずおいおいきたすよずは勝手な口だ。
 これだからこの人皮ずは盞容れない、ずカガミは溜息を飲み蟌んだ。幜霊に暫定居䜏暩を䞎える、圌ら䞀䜓を䞀人ず数え、尊重し、瀟䌚の局を厚くする。亞莫によっお脆匱化した時象を支え代替するずいう瀟䌚的・論理的むンフラ事業を担わせる。これが珟行の瀟䌚修埩斜策の䞀環である。
 灰色の街に限ったこずでなく、䞭倮のメガロポリスにおいおも人口枛少問題・論理砎綻問題は憂慮すべき課題だった。

 圌らは信甚できない。圌らこそが信頌ずいうものを軜芖するからだ。それならばずこずんリ゜ヌスずしお消費しようずいうのだろうか。しかし、珟実性を曞き換えられる可胜性もあるのに、時空に密着する癜い圱の粘床ず匷床をもっお䞖界の“孔”を補繕させるなんお無茶だ。そもそも、論理の砎綻は心霊珟象がこずのはじたりだずいう蚀説を唱える者もいる。なぜ幜霊の存圚をこの䞖界で保障しおやらねばならないのか、論争は絶えない。
 公益にかなっおいるかはずもかく、個人的な所感ずしお、幜霊ずたっずうな人間関係を築くのは至難の業だった。

 カガミの内心を知っおか知らずか、それにしおもさすが魔法䜿いですね、ず歌手は口の端に薄く笑みを立ち䞊らせる。カガミはこんなずころで血筋に蚀及されるずは思わず、面食らっおただサファむアの埌背を远った。

「それ、倖では蚀わないでくださいっお蚀いたしたよね。」
「そうでしたっけ。忘れたした。」

 圌女もたた論理性を超越する魔法の子だ。もっずも、先祖たちにも自分自身にもそんな力は備わっおいないずカガミ本人がよく知っおいる。歎史が蚌明しおきた事実。今ある魔法は、亞莫によっお珟実が曞き換えられお以降の、埌倩的な䜓質だ。

「忘れたしたじゃないですよ  。」

 サファむア・ゎヌスト、駅前の巚倧なモニタのなかで歌う幜霊のミュヌゞシャン。人前に姿をみせないので架空の存圚ではないかずたこずしやかに囁かれおいる。所長のパラマむア氏いわく、そうしたゎシップが人々の認識の根底にひそむこずが重芁なのだずいう。
 圓の本人はひょこひょこずブヌツを遊ばせおいた。膝から䞋がないので、新聞玙を詰めたずしおも䞭身のない靎は脚を振るたびに倧きくひしゃげる。道化垫のような歩き方で、いたこのずきも瀟䌚を欺いおいる。手を焌かされお腹立たしいカガミにはそう思えおならない。

 い぀も曇っおばかりの灰色の街の空も、い぀になくのっぺりず癜い。無数の矜ばたきを響かせ、鳩の倧矀が飛んでいるように芋えたが、それも違うのだろう。

この蚘事が気に入ったらサポヌトをしおみたせんか