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銭湯の女将さん

私は父を早くに亡くしている。

両親は都会に出て世帯を持っていた。
まだ乳飲み子の時に父が入院したので、
しばらくして祖母が田舎の家を畳んで両親を助けに来てくれた。

家にはお風呂が無かったので、銭湯に通っていた。
母が乳飲み子の私を抱えて銭湯に行く。
私を洗い終えると脱衣所に置いて、
猛スピードで自分を洗うが、当然私は泣く。
こういう時、周囲の人に迷惑をかけるって肝が縮むものなんですよね。

銭湯の女将さんは原則お客さんの子どもの面倒はみない。
だって、そんなことをしていたら、仕事ができないもの。
今と違って銭湯を使う方が多かった時代だったし、余計にね。

でも、なぜか私のことは抱いてあやしてくださったそうだ。
何か、感じ取っていただいていたのかな、わからないけれど・・・。

父の死後、母と祖母は私を連れて田舎に帰った。
母も祖母も銭湯の女将さんにはとにかく深く感謝していた。
何度も食卓で「本当にありがたかった」と話していた。
そして最後は決まって
「だから田舎に帰るとき、挨拶に行けなかった。涙が出てしまうから・・・」
と後悔の弁を述べていた。
幼い頃から何度も聞いてきた話。

私が21歳か22歳の頃、その銭湯を探しに行った。
まだ携帯電話も無い時代。
私、どうやって調べたんだろう・・・覚えていない。
多分、銭湯があった地域名や駅のどっち側とか何分くらいの所とか聞いて、公衆電話ボックスの電話帳で調べたんじゃないかな?
そして訪問。
本当に、その銭湯で合っているかわからないのに訪問。
番台に座っていたご婦人はお若かったので、当然、
当時の女将さんではなかったと思うのだが、エピソードを伝え
「もしかしたら違うかも知れないんですけど、
本当にありがとうございました。
あの・・・母も祖母も、泣いてしまうからといって挨拶せず帰郷したことを
ずっと後悔していて・・・、すみませんでした。
本当にありがとうございました」と伝えた。

こんなの、突然来られても困りますよね。
戸惑いの表情を隠せないながらも、ご婦人は
「ああ、いいえ、まあ、わざわざ・・・」とか何とか受け取ってくださった。

若気の至り。変な子ですみません。

家族の縁が薄いせいか記憶にない銭湯の女将さんも、
私にとっては母や祖母を助けてくれた、もちろん私も助けてくれた
大切な大切な恩人だった。

もう逝かれてますよね。あっちでお会いできれば嬉しいのだけれど、
難しいかなあ。
本当に本当に、ありがとうございました。

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