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《さらざんまい考察③》不穏な第1話と、『ジェイコブズ・ラダー』《ネタバレあり》

・夢/現実の構成・胡蝶の夢

 考察①を書き上げた後、1話の元ネタを発見したので追記しておく。
 それは『ジェイコブス・ラダー』だ。
https://www.youtube.com/watch?v=lbd48CkJcXs

 あのサイレントヒルの元ネタとなった怪作だ。私も長らく見たいと思いながら配信サービスで待っていたが全く気配を見せないため、さらざんまいを見た勢いでレンタルしたのだが、まさしくさらざんまいの本質そのものであった。以下に『ジェイコブズ・ラダー』の解説とともにさらざんまいの考察を行う。
 なお、末尾にストーリーの書き起こしを行なっている。先に読んでもらった方が理解してもらいやすいが、是非一度映像を見てもらったのちに読んでいただきたい。

 ジェイコブズ・ラダーは、戦争において突然の死に見舞われた男の走馬灯だ。
 死ぬ支度が出来ていないのに死んでしまい、取り乱す男が、天使や悪魔に翻弄されながら己の人生に納得し、執着を手放した時、天使が天国への扉=階段を上らせてくれる。

 ルイの言葉通りに、《生への執着を解き放つ》物語だ。
 今作では地獄に留めておこうとするものが悪魔であり、不気味な異形たちはジェイコブの不安や恐れの具現化だ。しかし神のみわざは計り知れず、天使がしばしばやってくる。ルイ、そしてゲイブ、サラ、息子たち…彼らは愛を持ってジェイコブを受け入れてくれる。ジェジーは聖書の名前を口にしようともしない。熱心に面倒を見てくれるが、本来のジェイコブの人生には恋人として登場しないはずの存在である。悪徳によって地獄へ残らせようとする悪魔だ。
 米国内で感じることのなかった、自分たちがマイノリティであり、命を狙われる恐怖、軍に駒として使われる理不尽、米国内で愛する末息子を事故で奪われた怒り……そういったものが異形のものたちだ。ルイはまさに天使で、物理的にも言葉でも助けてくれる。死への階段を上る覚悟ができれば、現実の蜃気楼のような地獄を離れることができ、愛したものとともに、天国の門をのぼることができるのだ。

まず、この作品がなぜさらざんまいと近しいのかの説明も必要だろう。
・夢と現実の多重構造
・ケッピの「グッモーニン!」→これは「グッドモーニングベトナム」(ベトナム戦争を扱った別作品)→ベトナム戦争への言及
・生きていて死んでいる状態(生死をさまようジェイコブ)
・死と忘却(円の外にはじき出される際に失う記憶と、地獄で燃える記憶「魂は罰を受けない」)
・ジェイコブの妻の名前がサラ

 他にも共通点はあるが、おおまかにこういった部分だろう。「夢か」という一稀のセリフはおそらく全てこの映画によるものだ。ポップな作品に仕上げるためにジェイコブズ・ラダーのホラー要素を抜いた結果とも言える。

 しかし、さらざんまいといえばカッパだ。芥川の河童は人間社会と真逆の社会通念を持った社会が形成されている。そのためメインテーマは逆転している。
 さらざんまいは《死への執着を断ち切る物語》である。

 日本は自殺大国だ。アメリカももちろん自殺はあるが、日本のように輪廻ガチャのような感覚はない。自分や自分の意思が全てであり、それが自分の知覚できる世界が存在している理由であり、自分の存在を肯定する理由だ。個人主義で実存主義的なものが根本にある。
 反して日本は空気を過度に読む風潮があり、全体主義で物心つく時点で既に歯車として機能する状態に育てられるのが一般的だ。社会の円滑さがなにより第一で、人の心は虚でも構わないし、毎日人の命が電車に奪われても電車が遅れることが非難される現実だ。嫌なことがあれば「まぁ、死ねばいいし」という言葉を若者が口にする。若く美人な女の子が、理想の死に方を昼食時に笑いながら話す、そういう世の中だ。眠りたい休みたいという言葉が社会的に許されないので、死にたいと呟く。自分も死にたいと口にするにで、うつ病患者の意思と反して死にたがるということに対しても軽々しい同調すら日常茶飯事だ。
 あまりの現状ではないか。そういうメッセージが込められているのがさらざんまいだ。天国に地獄に来世に行く前にできることはまだあるだろうと若者たちに伝えようとしている。

 心の内面の言葉の言い換えは、日常生活でよく行われ、長引けばそれは自分をも騙す毒となる。休むことを許さない社会が、「疲れたといってはいいが『休みたい』『休憩が欲しい』とは言うな」と無言の圧をかける。結果本当は休みたいのに、「死にたい」を軽々しく使うようになる。そしてその無言の圧こそが、さらざんまいにおけるカワウソの化けた姿の一つだ。「自分には許されない」という思いが自分を苦しめ、同時にそのことを気にしない相手に対して、あるべき論という欺瞞に苦しめられている自分を認めたくがないために、相手のことをよく知らずとも妬み憎しみを抱いてしまう状態を生み出している。(日々の炎上などはこうして起きている)そして厄介なのはこれらが正義心だと当人たちは思い込むのだ! インターネットの発展で、それまで見ずに住んでいた幸せの形を見せられ、あるべき論に固執してしまうと人を叩かずにいられなくなる。イジメも、炎上もすべて同根だ。

 これは後にまた別軸で纏めるが、ゾンビとはそもそも資本主義と物質主義の欺瞞を指摘する存在だ。さらざんまいにも多分に含まれている。ゾンビは生前のたくさん消費することが幸せという記憶の通り死後も動いている存在だ。目の前にある肉を将来的な配分など考えず喰らい尽くす。現代日本も多分にもれず資本主義物質主義、大量消費主義を行い、人をモノと同様に見るようになってしまった。アイドルや若さや顔が売りの俳優などまさに消費の典型である。定期的に一人が選ばれては持て囃され歳をとると捨てられる。さらざんまいのカパゾンビも、相手の女性の気持ちは無視である。自分の欲望が最優先だ。それがよくフェミニズムで言及される“女性性の消費”でもあるのだが、同時に現代では男性もその対象になっていることも忘れてはならない。

 生も死も忘れるためにできるのは、ただ娯楽に溺れることだ。ディスコやクラブに行く人間も同じことを求めて、ただ頭を振って、嫌なことを忘れようと全てを振り払うために激しい音楽に合わせ体を動かす。現状にアニメもそれとかわらない。人生を語ることのない日常系、ロマンが先行したセカイ系、夢を見させてくれるアイドル系、現実を反映することのないただ虚構が広がる。それは物語の大量消費に過ぎない。キャラクター人気やジャンルの入れ替わりも年々激しくなるばかりだ。レオマブもその本質を知らぬ者たちには来年には忘れ去られるのだろう。

 ジェイコブズ・ラダーには、霊や悪魔が出てくる際、首を異様に振っている演出がある。これはディスコで激しい光の点滅の中首を振る人から着想を得たと聞いたことがある。これは死んだにもかかわらず、死を受け入れられないために今この瞬間を否定するために踊り狂っている存在ということだ。
 もちろんたまに好むことの否定をしたいわけではない。没入すること、ただ傷つかないために考察や分析を避け、表層だけを消費することへの危惧である。読みとってくれる客がいなければ作者はそれだけの仕掛けづくりすらやめてしまい、クリエイター自体の衰退を招きかねない…話はそれてしまったが、幾原監督の危惧していること、怒りはジェイコブズ・ラダーとの共通点をみるにつけ、こういったところにあるとみて間違いない。

・ベトナム戦争が与えたアメリカの傷

ベトナム戦争は、世界の警察アメリカが初めて経験した挫折だった。武力を持って正義を成したはずがその欺瞞(自分たちに都合のいい政権の応援)を暴かれ、さらに西洋においての固定観念を覆したショックは計り知れなかった。老若男女が市民でありながら昼も夜も兵を殺しにくるのだ。子供も銃をとるし、大人はそれを推奨し死ぬことも恐れない。物陰から現れることもあるので、強迫的に米軍は徹底的な家や建物の破壊、枯葉剤の散布まで行い、これがのちに奇形児問題に発展し、米軍は国際社会からの批判を受けることとなった。

 第1次世界大戦で発見されたセルショックはさらにPTSDの発見に進化していった。ベトナム帰還兵はその悲惨さから幻覚を見たり、大きな音で戦場にいる気になってしまう、薬物依存症になるなどの問題が多発したのだ。(参考作品 ランボー、ダーティハリー)
戦争は恐ろしい、とは言葉にすると簡単だがそれ以上の現実がある。

・吾妻サラという橋姫

 吾妻サラについても②で考察を行なったが、ジェイコブの妻という存在の名前がサラというのは無視ができないだろう。サラは現実の存在でありながら、優しく愛で包み込み、「あなた生きてるわ、元気になって」と病院で優しく励ますのだ。おそらく野戦病院で生死をさまようジェイコブをアメリカの家へ返そうとしたのだろう。もしくは、帰ってきて欲しいと自分を願ってくれる存在としてジェイコブが感じているのだ。その存在が現実に引き戻す。吾妻サラが3人を救い、ケッピと世界を救ったように。





《ジェイコブズ・ラダー あらすじ》※ストーリー書き起こし

  時はベトナム戦争、主人公はアメリカ兵。ティム・ロビンス演じるジェイコブ・シンガー。戦いの中訪れる戦友とのしばしの食事の時間。突然現れるゲリラ兵だが、姿は見えず隊はパニックに、叫び声と銃声がこだまする。走り出すジェイコブ、倒れる仲間、地獄と化した場所で、誰かに腹部を貫かれたーーー…。
 と、いう夢を見て起きると地下鉄に乗っていた。自分がどこまで乗り過ごしたかわからず、ロマのような女性に声をかけるが睨むばかりで口を開かない。床に転がる浮浪者には尻尾に見えるようなものがあり、見ないふりをして電車をおりる。降りた駅は見知らぬ駅だがまだ電車も走っているのに駅はシャッターが降りていて出ることができない。仕方がないので線路に降りて歩こう…という矢先に後ろからまた電車がやってくる。間一髪で電車から身を守ったジェイコブだが、電車の中から人ではない何か…がこちらをジィっと見ており、恐怖に身を竦ませるーー…というところから逃げ出してくると、家にたどり着くことができた。
 そうだった、俺は美しく蠱惑的なジェジーと同棲しているのだ。俺の仕事は郵便局員、そこで出会って、そう俺には別れた女房と息子たちがいるのだっけ…と息子からの手紙をジェジーに促され読み始める。ジェジーは聖書由来の名前を好まないのだそうだ。封筒を開けるとかつての家族の思い出がベッドに散らばった。幸せに眺めていると、ベトナム戦争での兵役前に亡くなったゲイブ(演 マコーレカルキン)の写真に動揺してしまう。涙を流すジェイコブに同情したジェジーは衝動的に「あなたを泣かせるものなんていらない」と破り捨ててしまう。ジェイコブは思わず止めるも愛情深い恋人に笑みを浮かべながら「泣いてなんかないさ」と一人ごちる。ジェジーはこっそりと仕事に行く直前にアパートのダストシュートに投げ入れ全ては燃やされてしまった。

 出勤すると美しいジェジーと仕事をする。このあと先生のところへ行ってくるよ、戦争で負ったヘルニアが痛むんだ…とジェジーはヤキモチを焼く。幸せを噛み締めながら、先生に整体の要領で調整してもらう。「前の奥さん、サラもこないだ来たばかりだよ」と告げる先生と少し会話をして、腰椎を押し込まれるーーーと、腹に激痛、ここはどこだ草原か?誰かが助けに…ーーと、先生が覗き込んでいる。最近よく白昼夢を見るんだ、あんた天使みたいだな先生…ケルビムだ、よく言われるだろうと伝えると、あんたによく言われるよと微笑まれる。

 道を歩いていると、人気のない道で暴走する車に轢かれかける。中には地下鉄にいたものたちがいる。病院でベトナムからの帰還以来ずっとお世話になってるカールソン先生にの診察を待っていると、受付のナースにそんな先生はいないと告げられる。おかしい、ずっと受けている!と抗議するとナースはとりあわず、ふと落ちたナース帽の下には穴が開いていた。取り乱し逃げるジェイコブを警備員が追う、逃げこんだ部屋で病院関係者からカールソンは死んだと聞く。車の爆破で死んだらしい。それ以上は知らないらしい。

 自宅で上の空なことをジェジーに責められる。ベトナムに2年もいたらそうなってしまうの?ー地下鉄や車でバケモノを見たんだ……と言うも気のせいよと片付けられる。愛してる?と聞かれて曖昧にうなずいた。

 ジェジーに苦手なパーティに連れてこられた。激しい音楽と酔っ払いたち、冷蔵庫をあけてビールを取ると中に山羊の頭らしいものがあった。気味が悪いので無視をする。階段に座っている黒人女性に声をかけられる。手相がよく当たるらしい。「あなた離婚してるのね…不思議な手相、これだとあなたもう死んでる」
 馬鹿らしいと笑ってジェジーの元に戻る。乱痴気騒ぎのフロア、半狂乱で体を振り回す人々、その中に異形のものがこちらを見ている!ジェジーを探すと異形のものとセックスをしている…かとおもいきや突如ジェジーの脳天を突き破られて、ジェイコブは取り乱す。また戦場の夢を見るもやはりベッドの上だ。パーティでの文句を言うジェジーが連れ帰ってくれたが、ジェイコブの熱が41度もあるためアパート中から氷をかき集めてバスタブに入れて死なないでと熱心に介抱してくれる。助けてくれ!とうなされながら朦朧とした意識で氷水に浸った……

 いや、ここはベッドだ。寒い。窓が開いている。妻・サラが開けたらしい。「ここは零度10度だな」「そんなに寒くないわ」
 ジェジーと生活した夢の話をしてサラと夫婦の営みを行おうとすると、息子ゲイブが眠れないと訪れる。「ここ寒いね」「ママに言ってくれ」「眠れないの、ねえパパ」
 子ども部屋で末息子ゲイブを寝かしつける、なんて幸せなんだ。全ての息子が起き上がり「パパ」と呼びかける。ここにいるから大丈夫だよ…何かに違和感を覚えつつもサラに愛を告げ眠った。

 また、ベトナムの記憶だ…と目がさめると浴槽の中だ。ジェジーの読んだ医者に助かったことを告げられる。幸せだった家族の一夜は夢だったーーーーーーーふと目を閉じるとヘリコプターが見えるーーーーー

ベッドで目を覚ますとジェジーがずっと看病してくれていたようだ。「ここは家か?」「そうよ」「僕は、死んでる?」「いいえ、バカね生きてるじゃない…」

 一連の奇怪な現象を解明すべく、悪魔や魔女の本を読み漁えう。ジェジーから籠りがちになったことを責められる。「なんでもいいから楽しいことをしたら?」痺れを切らしたジェジーの顔が黒く歪む。「お前は誰だ!」叫ぶとジェジーは怒って出て行ってしまった。電話が鳴るので取るとベトナム戦争時代の戦友ポール・グラニカーだ。会いたいと請われ、ビリヤード店で会うことになった。「俺は地獄に向かってる。追われてる。頭が変になったわけでもないんだ、奴らは突然現れて殺そうとする…怖いんだ、自宅にも帰れない…どうしたらいい…」「大丈夫だ、俺も見た、疫病のように広まっている」二人はやっと共有できる仲間を見つけて安堵した。

 ポールが車に乗る横でコインを見つけ、「今日はツイテルてる」と拾おうとするとコインが車に乗ったポールに吸い寄せられる、嫌な予感がして顔を見合わせると、かかったエンジンが爆発し、ポールは死んだ。
 見知らぬ男に助けられてジェイコブは無事だったが、コインかと思われたものはロザリオだったーーーーー。

ポールの葬式で戦友たちと事故の話になる。怪物の話をすると取り乱す者もいた。ロッド以外のみな狙われているようだ…これは軍の陰謀か?ベトナムから5〜6年、何かが起きている…皆で弁護士に資料開示の訴えを国に起こしてもらうことにした。軍の不手際を露呈させられれば賠償金ががっぽりだと弁護士は乗り気だ。これで安心だーーーーー。
 自宅で母親のように世話をしてくれるジェジーが、「シャワー浴びてる間に弁護士が弁護はやめる、友達がやめると言ったと電話してきたわ」と告げる。驚き仲間のフランクに電話するも実は誰もこの問題に興味がなかったと告げられ、縁を切られる。やはり自分の妄想なのか?誰かに脅されているのか…
 弁護士に問い詰めると、逆に怒鳴られてしまった。「お前は嘘つきだ!つきまとうな!調査したらお前はタイで訓練中に精神異常でベトナムにさえ行っていない!」激昂したジェイコブは壁に弁護士を叩きつけ建物を去ろうと、出たところでスーツの男たちに抑え込まれ車に押し込まれた。

 君は妄想に首までドップリ浸かっているようだ。忘れなさい。

 納得がいかないジェイコブは車の中で暴れ、隙をついて走る車から飛び出した。ひどい背中の痛みに恐慌状態になっていると、物乞いのサンタクロースに財布を盗られてしまった。

 病院に連れてこられ、整体の先生ルイを呼んでほしい、サンタに身分証とともにゲイブの写真も入った財布をとられたんだ…背中が痛むんだ…
 うわごとのようぬ呻くが雑な処置で腰の痛みをひどくされ気を失ってしまう。縛り付けられた状態で病院を運ばれる。精神病院か?手足のない者、壁に頭を打ち付けるもに、這い回るもの、壁には血がべっとり、内臓と死体、パーティにいた異形のものもこちらを見ている。
 手術室では体はおろか、頭も固定された。大勢の白い手術着の人たちに囲まれている。その中にジェジーもいる!「ジェジー、助けてくれ、家に帰りたい」するとジェジーではなく医者が答える「君は殺されたんだよ忘れたのか」「やめてくれ、僕はまだ生きてる!」盲目の医者が注射針を打とうと構えた…。

 次に意識が浮上したのは病院のベッドの上、妻サラと息子2人がお見舞いにに来てくれた。「生きてる」「ええ生きてるわ、ジェイコブ、愛してる。だから治ってね」「やめてくれ!」「どうしてあげたらいい?」「助けてくれ…」

 病院に乗り込んできた療法士ルイが点滴台を振り回して病院の人間を退けジェイコブを救い出してくれた。「これが現代医学のやり方か。野蛮もいいところだ!ーこれなら火あぶりにする方がマシだ!」

 「僕は地獄にいた、死にたくない」ルイはなんとかしようと答えながら背骨を治してくれる。「エックハルトも地獄を見た。地獄で燃えるものは何か。人の貴重な部分だ。つまり思い出や愛着さ。みな燃える。しかし人は罰せられずに魂は解放される。つまり、死を恐れながら生きながらえていると悪魔に命を奪われる。でも冷静に死を受け止めると悪魔は天使となり人間を地上から解放する。心の準備の問題さ、恐れることはない」 
 「君が歩けるか見たい」とルイは聞く。「一人で?」と聞くとルイは頷く。歩くことができたジェイコブを見て、「ハレルヤ!」とルイは誇らしげに称える。

家で名誉除隊の色紙とブルックリン大学卒業証書、戦争時の仲間との写真を見る。箱には弾薬とアジアのお金、そしてゲイブからのたどたどしい手紙。ゲイブの最期…交通事故を思い出し涙する。ドッグタグを見つけ、装着する。
 錆びた鏡を覗くとスキップするゲイブの後ろ姿が見えた気がして追おうとすると悪魔がいて挫けてしまった。

 突然ジェジーが帰宅し、何処にいたのかと問うてくる。何を言うんだ、手術にいたじゃないか…困惑するも病院なら全て電話をかけたのに、何処にいたの?電話が鳴る。謎の男だった。

サイゴンで秘密の実験をしていたマイケル・ニューマンはポールの事件の際、助けてくれた男だった。軍の薬・ラダーの研究者だったと言う。戦争でより冷酷な殺人鬼を欲した国は、《階段(ラダー)から転がり落ちるように効く恐怖と怒りを増幅させる薬》の開発をマイケルにさせていたのだ。米国内で敵国の猛攻にタジタジな米軍の報道で、ヒッピーたちによる反戦運動が高まり、戦果をあげたかった軍は敵国捕虜ーしかも子供達ーにラダーを与え、建物の中庭に集めた。彼らは想像を超える殺し方で互いに殺戮を行った。あまりに非人道的だったが、効果が立証されたラダーの実戦での使用が確定した。それがジェイコブたちの隊だったのだ。
「でも僕は薬など飲んでない」「飯に混ぜられたんだよ」
 蘇る当時の記憶…そう、そこに敵兵などいなかった……銃を撃つ仲間と撃たれる仲間のみ……

 打ちひしがれてタクシーに乗り込む。
「ブルックリンへ」とジェイコブ。「すまないね、道がわからないんだ」と運転手。「僕が知ってるから、これが有り金だ。家まで送ってくれ」「家は何処だい」
ジェイコブは答えずにタクシーの内装を見ている。タクシー運転手の名前は、A・ガルテロ、車内にはロザリオとマリア様がぶら下げられ、安堵し眠りに落ちるジェイコブ。腹が痛む。戦場で、刺された記憶が蘇る。刺したのは仲間…。思い出した。

 タクシーが我が家へ着いた。いいアパートメントで、ルイと同じ顔のドアマンが暖かく迎えてくれる。部屋に戻ると真っ暗だ。サラ、ジェド、イーライを呼ぶが誰もいない。食べかけの皿、開いたままの本。思い出の写真を見るジェイコブは幸せを噛みしめる。ルイに言葉を思い出す。僕は、幸せだった。

 気がつくと夜が明けていた。階段に向かうと、ゲイブが座っている。ゲイブは小さな体で父を抱きしめ、「大丈夫」と手を引いて二人は階段を上がっていく。そして光に包まれたーーー。

 場所はベトナム、野戦病院。「穏やかそうな顔だ」軍医がドッグタグの一枚を引き抜き、ジェイコブ・シンガーと読み上げた。

《幻覚剤bzが実験的に実際に使用されたとの噂を当局は否定している》


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