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フヴェルゲルミル伝承記 -1.4.10「三様に獲物を狙う」

はじめに

 今回、描写が結構過激かもしれません。
 ご注意を。

 では、どうぞ。

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第1章 第4話
第10節「三様に獲物を狙う」

 目隠しをはずされたイルムガルトは辺りを見回した。
 ドーム状の空間はまさに『舞台』を演じるには十分な広さがある。
 ただ、薄暗い灰色の壁や床に血の染み込んだ赤黒い迷彩柄のような模様の趣味の悪い景観は逆に舞台としては悪趣味すぎるが。

 魔力灯で『舞台』が照らされる。
 照らし出されるのは一人の少女。
 周囲には音を奏でる舞台装置。
 見回す限り五つの檻に収まっている。
 観客席には二人の男。舞台の上に浮く二つの特等席。
 その一つに一組の姉弟。
 そして、舞台は開演する。

 檻の一つが開き、魔物が外に出される。
 家を壊したのと同じ、巨大な猪の魔物。
 子供なのか数回りほど小さいが、それでも十分な体格だった。
 それを見た少女は思う。

(一気に出せばいいのに……面倒くさい……)

「んふふ、さあ、素敵な悲鳴を上げてくれ」

 汚い笑顔を十分にゆがめ領主は歓声を上げる。

(ヘタに動いたら、他の魔物達を子供にけしかけるかもしれないわね。少し時間稼ぎが必要ね)

 猪が突進する。

「ヒッ……!!」

 少女はギリギリで避けると、呼吸を早める。

「はぁ、はぁっ……!」

「ほ~ら、ほら、もう一回来るぞぉ~」

 領主がパンパンと猿のように手を打ち、少女を煽る。
 煽られた少女体を震わせ助けを懇願する。

 「い、いや……! お、お願いやめて、助けて!」

 いつまで、怯えたフリをすればいいのかと、内心ウンザリしながら、イルムガルトは舞台を踊り続ける。



 一方、アルフはルネの魔法で領主の館内に侵入していた。
 当然、警備兵が来るが、基本的に人を相手にする警備兵など、アルフの敵ではない。
 警備兵を軽く昏倒させ室内を物色する。
 本棚の隙間に隠されたファイルがある。

「これは……人身売買のリスト? いや、カタログか」

 名前欄のいくつかにチェックマークが入っている。
 購入済みという事だろう。

「もう一つ、これは魔物のリストか」

 そのリストには昼にイルが解剖した猪も乗っていた。
 奴隷魔法のオプションも付いている。
 他には巨大魚、や魔犬、怪鳥など数々の魔物を購入していたようだ。
 日記のようなものを発見する。そこには、購入した人間を魔物に襲わせて楽しんでいる様子が書かれていた。

 『……今日は綺麗な金髪の女の子だ。ああ、気持ち良さそうな肌だ。思わず殴りたくなってくる。そう思ったとき、すでにその子の頬を殴り飛ばしてしまっていた。ああ、奥歯が折れて血が出たんだね。いけない、いけないよ。もっと楽しいショーにこの子を使うんだから。もっと大事にしなくちゃ。ああ、でも止められないなぁ、おなかを蹴飛ばしちゃった。痛いよねぇ。辛いよねぇ。ぷるぷる震えて……ああ、泣くのを我慢してるんだね? そんな健気な事をされちゃ、押さえられないじゃないか。ああ、ダメダメそんなに殴っちゃいけないよぉ。ああ、ついに泣き叫んじゃった。たまんないなぁ。じゃあ次はオトモダチと遊ぼうねぇ。ああ、あの子達はおなか一杯なんだ。あの子がピンボールみたいに跳ねてるよ。破れた水風船みたいに赤いのを撒き散らしちゃって、ああ、楽しいなぁ……』

 アルフはそこまで読んで日記を握り潰した。

「?」

 アルフの取った行動にルネは首をかしげる。

「もう、コソコソするのは止めだ」

 そう言うと、槍を構えた。




 ユミリア達は、地下から領主の館に向かっていた。

「おーい、吐くのは後にしろよー」

 周囲には血肉の塊。強烈な腐臭が漂う、地下の『ゴミ捨て場』

「あ、姐御……」

 四足の獣が飛び掛る。
 それは魔獣化したハイエナ。
 それが新たなエサが来たと喜び、涎塗れの口を開いて襲い掛かってきた。
 狙われたユミリアはしかし、振り向きもせず裏拳で頭を潰す。

「ああ! あれ!!」

「ん、どうし……っ!?」

 そこには比較的原型を留めた死体があった。
 とはいえ、顔は潰れ、手足はあらぬ方に曲がっている。
 金色の髪と服が一部残っている程度だ。

「カミラ!」

 アードルフはカミラと読んだその死体を抱え上げた。

「カミラ、カミラ……! な、何で、何で、こんな……!!」

 アードルフは嗚咽を漏らす。

「ん? だれだ?」

「僕達の……仲間の一人です。数日前に突然いなくなってしまって……領主に攫われたんじゃないかと思ってたんですけど……まさか、こんな……」

「俺達が……アンタを襲ったのも、金があれば取り戻せると思ったんだ」

「ふーん……なるほどねぇ……」

 そう言いながら、ユミリアは死体を一体一体積み上げる。

「な、なにしてるんですか?」

「ん? あそこから上に行けそうだから、台を作ってる」

 そう言って指した先は通気口のような穴がある。

「おい、アンタ!そんな死体を冒涜するようなマネ……」

「ん、じゃあどっか他の道見つけたのか?」

「いや……」

「なら、コレしかないよね?」

「いや、別に、そこまでして……」

「諦める? でも、ここでほったらかしたら、街の誰か……いや、もしかしたら君達の誰かかもしれないけど、次も『こう』なるんじゃないかな?」

 ユミリアはそう言ってカミラを指差す。

「いや、やりましょう……」

「アードルフ!?」

「彼女みたいな人間を増やしちゃいけない……いや、そんな事はどうでもいい。俺達からカミラを奪ったあの『クソ領主』は絶対許さない……俺達の手でぶっ殺す!!」

「そっすね。弔うのはその後でいいっしょ」

「俺も同意だ」

「はい……」

「チッ……!」

「いい感じで殺気が高まってきたねぇ……」

 そう呟いて積み上げた死体は通気口に届くには十分な高さになった。

(恨みは積もり、怨みは募る。憎悪は呪いと成り殺意と化す。もうダメだよ。見も知らぬ『領主様』?もう止まらない。ツケを払う時が来た)

 そう言ってユミリアは死体に縦に傷をつける。
 イーサの魔法で死体は固まり、踏み台として十分な強度を持つ。

「さて、順に上れよ」

 十数人ほどが通気口を上がった時、ユミリアは残りの人間に指示を出した。

「じゃあ、君達は彼らをしっかり弔ってやってくれ。後はボク達で何とかするよ」

「しかし」

「この通路じゃ、これ以上いても邪魔になるだけだし、この死体も放っておけないだろ?しっかり頼むよ」

「……わかりました」

「とは言ったものの、どうしようかねぇ」

 上がった通路は迷路のようにあちこち入り組んだ構造をしている。

「どう、って姐御」

「んー、じゃあこうするか……」

 ユミリアは通路を流れる風を感じると、そっちに向かって歩き出した。

「姐御、道分かるんですかい?」

「多分、こっちに歩けば出口だと思うんだよね」

「ちょ、出口に行ってどうするんですか!?」

「多分、ナナの話が本当で、ボクのカンが当たったら……」

 ここに来る前、ユミリアはナナに伝言を頼んでいた。
 アルフとイルムガルトに領主襲撃作戦を伝えさせる為だ。
 ユミリアにとっては、それを聞いた二人がユミリアを止めるもよし(自分が楽しめるから)協力するもよしという理由からだった。
 ナナはスラム街を伝って、路地裏に出ようとしたが、丁度その時、イルムガルトが複数人の男に連れ去られた現場を目撃してしまい、すぐに戻ってユミリアに伝えた。
 話を聞いたユミリアはナナをスラム街で待たせてここに来たのだった。

「当たったら?」

「ひ・み・つ」

「何だそりゃ」

「まあ、ここまで来たら姐さんに付いて来ますって。ね、リーダー?」

「へい。俺達ぁ姐御について行くだけでさぁ」

 しばらく進み、出口の近くまで辿り着いた。

「じゃあ、君達はここで待機するように」

「姐御はどうするんですかい?」

「最後の仕込み」

 そう言ってユミリアは一人で元来た道を引き返していった。



 舞台で踊るイルムガルト。上で控えるアルフ。奈落で動くユミリア。
 これより前座は終わりを告げる。
 『脚本家《りょうしゅ》』を引き摺り下ろし、舞台《しょけいだい》へ上げる時が来た。

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