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フヴェルゲルミル伝承記 -1.4.12「後始末」

はじめに

 さて、また今回過激な描写ありなので注意です。
 なんか、随分とバイオレンス展開が多い気が……(今更

 では、どうぞ。

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第1章 第4話
第12節「後始末」

「ん……んん……」

 薄暗い部屋の中、男が目を覚ます。
 カビと腐臭漂う部屋の香りはこの男にとって慣れ親しんだ嗅ぎなれたものだ。
 だが、何故こんな所にいるのだろうと疑問に思う。
 男はゆっくりと視線をめぐらし、記憶を辿る。
 部屋の壁に取り付けた、蜀台の蝋燭に灯る火がゆらゆらと揺らめく。

「そうだ、私は『舞台』を楽しむ為にあの子達を……」

 そこまで思い出した彼は連鎖的に記憶が蘇る。
 『舞台』に立つ少女、真っ直ぐに射抜く瞳。
 轟く雷鳴。
 次々焼け死ぬ魔物《ペット》達。
 暗い廊下、白い化物、飛び散る赤。
 引き摺られる恐怖。
 数多の目。手。足。
 降りかかる激しい憎悪。
 耐え難い苦痛。
 ……死。 
 男は一連の出来事を全て思い出した。
 その恐怖に男は起き上がろうとするが、そこで違和感に気付く。
 体が動かないのだ。
 ふと、咄嗟に縛られているのではないかと自分の腕に目をやった。
 そこから先。普通なら、自分の腕がある場所。
 そこには何も無かった。

「わ、わた、私の腕が! 腕がァ!?」

 混乱はピークに達し、何とか体を起こそうともがく。
 ふと頭の位置を元に戻に戻した時、その視線の先、そこに悪魔の顔があった。
 黒髪に蛇の瞳。
 恐怖の象徴、イルムガルト。

「ヒっ、ヒィ!?」

「目が覚めた?」

「な、なな、なん、なんで、何故!?」

「私から逃げるなんて不可能よ。死《ヘル》にすら逃げ場はない」

「え、わ、私、し、『死』!?」

「大丈夫、その姿でも十分に『告白』する時間はあるわ」

 そう言ってイルムガルトは頭を掴んで、彼にその体を見せる。
 ぐにゃりと、人の頭はそんな動きをしただろうかと疑問がよぎるが、その次の光景に疑問も何もかもが男の頭から抜け落ちていった。

「へ、ひァ!?」

 体がアジの開きのように開かれ、その中身が露出している。
 まるで出来の悪いアップリケのように、中身が体に縫い合わされていた。
 何故、こんな状態で生きているのだろう。
 コレは何なのだろう。
 男は理解が追いつかない。
 麻酔を打たれているのか、混乱が痛みを飛び越しているのか、体の感覚が無く、到底自分のものと思えない。

「大丈夫。大丈夫。すぐに落ち着くわ。語れるわ。さて、その前に教えましょう、私の聞きたい事」

「ひ、はぇ?」

「簡単よ。簡単、簡単。『アナタが誰から魔物を購入したのか』それだけ」

 男は言葉にならない声を発しながら頭を振る。
 拒否、しているわけではない。そんな思考は残っていない。
 ただ、ただ、逃れたい本能が体を動かしている。

「大丈夫。命が狙われるなんて事はないわ。話せばすぐに死んじゃうから。でも、アナタは生きているより死んだ方が良い。そう思うようになる。だから、アナタは死ねる事に救いを見出す。だから、アナタは私に話す。」

 イルムガルトは呪文のように繰り返す。
 嗚咽に似た声が男の口から漏れる。

「さて、そろそろ始めましょうか」

 そして、『毒蛇』の尋問が開始される。




 水上都市ゲムルの路上。
 ヴィズルは露店の串焼き屋の前に来ていた。

「よう」

「あ、アンタは!?」

 ヴィズルの顔を見た串焼き屋の男は逃げようとするが、ヴィズルがそれを押さえる。

「さーて、やっと尻尾を掴んだぜ『誘拐犯』さんよ」

「て、テメェ、何しやがる!?」

「俺達もお前と同じレジスタンスだから、あんまり口出しするつもりなかったんだけどなぁ。流石に今回は許容できねぇ」

「はっ、知るか! テメェの所と俺の所じゃ流儀が違うんだよ!!」

「金の為に権力者に民間人を売るのがお前らの流儀か? ならお前らはレジスタンスですらねぇよ」

「言ってろ、組織は金が全てだ。そんなだから、テメェらの所は何も出来ねーんだよ!『沈黙の森』とはよく言ったものだぜ!」

「俺達を馬鹿にした所で、何も変わらない。潔く……」

 ヴィズルは突如寒気がして後方に飛びのいた。
 直後、ヴィズルと串焼きやの間を炎の塊が通り過ぎて通行人の一人を焼き払った。
 街中に悲鳴が上がる。
 ヴィズルが振り向くとそこには無精ひげを生やした老人が杖を付いて立っていた。
 杖に付いた赤い魔石が怪しく輝いている。
 魔道具を使った魔法攻撃。

(チッ、こんな所で一般人を巻き込みやがった)

「へへっ、どうした? 手も足もでねぇだろ?」

(クソッ、ここで戦ったら被害が……)

「やっぱ、戦えねーんだ? お優しい事だな?」

「早く……逃げろ」

「アァ?何で逃げる必要あんだよ? コイツを黒こげにしちまえば済む話じゃねーか?」

「これは、何発も打てない……領主の館も潰れた。逃げるなら、今しかない」

「チッ、分かったよ!」

「なら、急げ」 

「はっ!命拾いしたなぁ! 次はぶっ殺してやるから覚悟しとけ、あばよ!!」

 そう言って串焼き屋の男が立ち去ると、無精ひげの男は魔法を地面に放ち、爆風と噴煙で煙幕を作る。
 煙幕が晴れた時、二人の男の姿はどこにもなかった。

「くそっ、逃げられたか……」

 水上都市ゲムルから少し離れた郊外。

「はぁ、はぁ……ったく、こんなに逃げる必要あるのか?」

「ぜぇ、はぁ……あそこに教会がいた可能性がある……なら、できるだけ遠くに逃げた方が……」

「あ~ら、あら。こんな所にいらしてたのですねぇ?」

「だ、誰だ!?」

 男が声の方向に振り向いた時、そこにはいつからいたのか、黒い喪服のようなドレスを着た女が立っていた。
 黒いドレスの女は子供のような体格で、だからこそ彼らは恐ろしいと思わなかった。

「うふふ、良くもまぁ『我々』に対して、ここまでの事をしてくれましたわねぇ」

「我々?」

「ええ、私はニザヴェリルのローザと申します」

「へぇ、ローザちゃんねぇ、お譲ちゃん、おいたが過ぎると怖い目にあっちゃうよ?」

 男はローザの言う事を信じていない。
 魔王軍がトロイアの砦を越えてこんな所まで来るとは考えられないからだ。
 たとえ、トロイアの砦が越えられたとしても、その時は帝国が黙ってはいないし、そうなったら自分達に情報が入ってこないはずはないのだ。
 だから、男はローザが自分にハッタリをかましているのだとそう判断した。
 あえて自分達に接触してきたという事は、攫ってきた人間の中にこの子の身内でもいたのだろう。
 よりにもよって、自分を魔王軍の一員だとバレバレの嘘をつくなんて、カワイイ子じゃないか。
 見た所、随分若い子だ。売れば金になるだろう。
 この黒服の少女を攫って売るとしたら、何処が良いだろう?いくらが良いだろう?
 そんな皮算用に頭を回している。

「ええ、おいた、おいたですわぁ。大変不愉快ですわぁ。人間が我ら同胞を奴隷にし、売り払っているのですから。何処までも我らを冒涜したその行為、万死に値しますわ」

「お譲ちゃん。たかが魔物如き、何の役にも立たない害獣なんだよ?それを人間様が役立ててやろうって言ってやってるんじゃないか。それはね。ぼく達の優し~い心遣いなんだよ?売られた魔物達はむしろ喜んでぼく達に感謝するべきだと思うんだ」

「ふふ、うふ、うふふふふ……ええ、ええ、素敵な素敵な人間様。とても、とてもとても役立つ人間様。しますとも、それはそれは、しますとも。十分に存分に。それでは我ら感謝のしるし、しかと受け取ってくださいませ」

 パァンと風船のはじけるような音がし、ドサッっと何かが倒れる音がした。
 男が何事かと振り返ると、無精ひげの老人だった男が地面に倒れていた。
 まるでビール瓶を倒した時のように、首の断面から赤い液体がポコポコと零れている。
 彼の背後に異形の花を咲かせた女性の体を持つ『何か』が立っていた。

「ヒっ……!?」

 ここにきて、男はようやく理解する。
 目の前の黒服の女の言葉が冗談でもなんでもない事に。
 彼らの怒りが本物である事に。
 そして、誰を敵にしてしまったのかに。

 花の魔物の背後には、また別の魔物が……樹木に顔がへばり付いた形の魔物が数体蠢いていた。
 彼らは体を揺らしながらも、視線の向きを男にを向けている。
 今にも襲い掛かってきそうな雰囲気をかもし出していた。

「あ、ま、待って、待って……!!」

 助けを求めようと、男はローザに手を伸ばす。

「では、ごきげんよう」

 ローザは恭しくお辞儀をすると、魔物達が一斉に男に飛びついた。

「ぎゃああああああ!!!!!」

 男は魔物に貪られ、やがて絶命する。
 魔物がその場を離れた時、道端には男達の骨と服の破片と血の跡を残して、寂しい風だけが辺りを漂っていた。


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