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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.2「滝の下にエルフの少女」(前編)

はじめに

ヘッダーの右にいるエルフっ娘の登場です。

 では、どうぞ。

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第1章 第3節
第2節「滝の下にエルフの少女」(前編)

 しばらく森を進むと、川が流れる音に混じって、勢いよく水の落ちる音がする。
 滝の音だ。

「お、もうすぐ滝か?」

「うん、すごく大きな滝なんだ」

「へぇー」

「……」

 気付けば、イルムガルトは足を止め、周りを警戒するように視線をめぐらせている。

「イル、どうしたんだ?」

「音、聞こえない?」

「音? 滝の音なら……」

「違う……」

「違う?」

 そう言われて、アルフも動きを止め、呼吸を抑え、極限まで音を殺して耳を澄ます。

 すると、滝の音に混じって、何かが暴れているような音が聞こえる。
 叩きつける音、切りつける音、衝突音。衝撃音、破裂音……
 これは戦闘の音だ。
 規則正しい落水音に混じる水のはじける音。音の乱れ、ノイズ。
 それは誰か――もしくは何か――が戦っている事を示唆していた。


 アルフ達は音のする方へ向かう。
 槍で草木をなぎ倒しながら、最短距離で道を作る。
 やがて、視界が開けると。
 目の前には見上げるほどの崖が滝を纏ってそびえ立っている。
 滝はまるで川が天空から落ちてくる程に巨大で見事だった。
 アルフ達は吹きすさぶ横殴りの雨のような水しぶきを受け、その大きさを痛感する。
 足元には濃い水煙が、まるでそこだけに雲を作って、滝つぼを隠している。

 所々、雲が不自然に揺れる。
 目を凝らせば白い世界に複数の影。
 どうやら、人が魔物の集団に襲われているように見える。

「とりあえず下に下りよう」

「……ええ。ナナはそこで隠れてて。魔物が来たらコレを投げなさい」

 イルムガルトはナナに袋を渡した。退魔用の毒薬である。

「あと、これも持っておけ」

 アルフがナナに渡したのは、いわゆる閃光弾と呼ばれるやつだ。
 ピンチになったら、これで知らせろという事らしい。

「あ、うん」

 ナナが受け取った事を確認すると、二人は崖の下に降りる。


 道の途中でイルムガルトは止まり、アルフは振り返る。

「どうした?」

「アルフ。こっちに」

 イルムガルトが鎖を持っている。
 鎖を使って崖を降りるつもりのようだ。
 アルフもその意図を察し、イルムガルトに掴まる。


「おっ、とと……」

 アルフ達が降りた時、そこは川で足を付ける場所がなかった。
 川の流れは意外と速い。
 足を取られながらでは、魔物相手に戦うのは難しいだろう。

 滝つぼに近い所では未だ魔物を相手に人が戦っている。
 次から次へと沸いてきているようだ。

「アイツ、どうやって戦ってるんだ?」

 見れば、人影は『普通に』魔物と戦っている。飛び掛る魔物を殴り、蹴り、切りつける。手に持つのは剣なのか刀なのか。そして、その影はまるで陸で戦っている時と遜色がない動きをしていた。水深が浅いのか、そこだけ陸地なのか、水煙のせいでアルフ達には分からなかった。

 アルフは水深を確かめる。槍の半分以上が水に浸かってしまった。

「このまま行っても、足手まといになるわね」

「槍の雷撃も巻き込んじまいそうだしな」

「……まあ、でもその必要もなさそうよ」

「ん?」

 イルムガルトが黙って指差す。
 見れば、魔物の数が激減していた。
 あと、二、三体も倒せば、終わるだろう。
 一体、蹴り飛ばして切り付ける。
 二体、滝つぼに沈める。
 三体、頭と思われる部分を突き刺す。
 あっという間に人影は魔物を一体残らず倒しきったらしい。

 ゆらりと人影が動く。
 アルフ達の存在を視認したらしい。

 人影は突如としてアルフ達に襲い掛かった。

 その軌跡はイルムガルトを狙っている。
 意図的なのか、目に入ったのがイルムガルトだったのか。
 容赦は無かった。不意打ちだった。それがその人影の放った斬撃だった。

 イルムガルトにその『刀』は流れるように吸い込まれ――

 届く前にイルムガルトは鎖で斬撃を防いだ。
 まるで踊りでリボンが舞うように鎖は鮮やかに流れ、『刀』はそれに弾かれた。

 影は近付いた事でその姿を明確に現した。
 その人物は女性だった。見た目は若い。イルムガルトくらいの少女。
 髪は白く長く、その髪の隙間から伸びる耳は長くそして尖っていた。
 いわゆるエルフという種族だろう。
 そのエルフの女はズタボロのコートを羽織り、手には刀の形をした青く透き通った剣が握られていた。

 
 エルフの少女がイルムガルトを狙った。
 そう認識したアルフは容赦なくエルフの少女の頭に槍を突き出した。
 確実に脳を破壊する一閃。

 容赦は無かった。不意打ちだった。それがアルフの放った殺意の一撃だった。

 エルフの少女は弾かれた『刀』を軌道修正し、でアルフの槍の軌道をずらす。
 しかし、アルフは弾かれた槍を力技で振り回す。突きの為の前進の動きを横殴りの動きへと変換する。
 棍棒を振り回すがごとく、彼女の首を刈り取るがごとく。
 その金色の鈍器を首へ叩きつけ、その体を吹き飛ばした。
 確実に骨を折る一撃。
 しかし、アルフは槍から伝わる手の感触から、攻撃が防がれた事を悟る。

 飛ばされた少女は空中で体をひねり回転。
 着水と同時に彼女の体積より明らかに大きな水しぶきが上がった。

 水の壁が視界をさえぎる。


 そこから大小無数の氷柱つららが飛び出してきた。
 その氷柱、所狭しとアルフを穿ちに襲い掛かる。

 アルフは槍を水面に突き立て、魔力を放出。
 水面は瞬間的に膨れ上がり爆発。水蒸気の爆風が吹き荒れ、辺りの水煙ごと氷柱の一角を崩す。崩れた氷柱は他の氷柱にぶつかり、連鎖的に弾かれ辺りに飛び散る。

 安心するのもつかの間、突如アルフの目の前に水の壁を破ってエルフの少女が現れる。
 氷柱に混じっての突撃してきたのだ。
 その一閃、狙うは首筋。致命の一撃。

 アルフは咄嗟に槍を上げ、石突で『刀』を弾く。

 『刀』の軌跡はアルフの頭をかすり、文字通り空を切る。 
 ここで弾かれる事は予想していなかったのか、少女の顔が驚きに変わる。
 アルフは即座に槍の向きを転換。間髪いれずに突き出す。
 その一閃、狙うは心臓。必殺の一撃。

 その表情が変わる。恐怖ではない。焦燥でもない。

 ――その表情、『歓喜』!

 その体勢のまま『刀』の一撃。とても楽しそうに振るう。
 しかし、彼女の攻撃はどう考えても間に合わない。
 アルフの槍の方が彼女の体を突き抜け終わる頃には、その切っ先は首の皮にすら届いていないだろう。

 それほどまでに絶対的な時間の差。

 なのに、何を考えている?
 何故、嬉しそうに笑う?

 そんな疑問が頭をよぎるが、止まりはしない、止めはしない。
 勢いは激しさを増し、その切っ先が女の胸を貫くその瞬間――


 両者の刃はその場で動きを止めた。


 イルムガルトが割って入ったのだ。
 片手でアルフの槍を掴み、もう片方の手で鎖の刃を女の喉下に突きつけていた。

「い、イル」

 イルムガルトが無言でアルフを睨み付ける。

「うっ……」

 アルフはしぶしぶ武器を下ろす。

「で、アナタはまだやる気?」

「う~ん、どうしようかな?」

 イルムガルトの目つきがさらに鋭くなる。

「はいはい、悪かったよ。仕方ない。参った。参った」

 エルフの少女は『刀』を放り投げ、両手を挙げて降参のポーズをとった。
 すると、放り投げられた『刀』は形が崩れ、霧散し、水煙に混じるように消えていった。

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