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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.5「黒き異薔薇の女は花を手向ける」

はじめに

 今回はリンネル村での惨劇前編です、戦いは次回、後編の予定です。
 そういえば、今までの話を読み返したら、結構誤字があったので、順次訂正していきます。すみません。
 では、どうぞ

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第1章 第2話
第5節「黒き異薔薇の女は花を手向ける」

 まず、遠目から見ても、村の様子は明らかにおかしいと分かった。
 見た事もない色とりどり花々がグロテスクなマーブル模様を描き、地面を、そして家を侵食している。

 外には、魔樹が徘徊し、村人を貪る。
 生きながらに喰らい、耐え難い絶叫が響く。
 時には魔物同士が喰らい合い、融合しさらに大きな魔樹へと成長する。
 声にならない呻き声と村人達の悲鳴や断末魔が重なり合い響きあい、おぞましい曲を奏でる。

 彼らは理解できない。いや、理解したくなかった。
 そして、アルフはあの日の出来事が脳裏をよぎる。
 突如として現れた魔物が瓦礫の雨を降らせたあの街で。

 踏みつけた人の感触はどうだ?
 粉塵に満ちたあの空気の味はどうだ?
 死臭に満ちた臭いはどうだ?
 頭に残り続けるあの悲鳴はどうだ?
 血や屍が折り重なるあの光景はどうだ?


 アルフの手が震える。頬から汗が滴り落ちる。
 すぐさま何かしなければと感覚が訴えるのに、思考は白く染まり空回りを続ける。


「お姉ちゃん!」

 思考を引き戻したのはそんなナナの叫びだった。
 気付いた時には、ナナはすでに走り出していた。
 家の様子をすぐにでも確かめたいと思ったのだろうが、それは危険な行動だ。
 何をやっているんだと自分を叱責する。
 一発自分の頭を殴り、目を覚ました所でナナを追いかけた。


「ナナ!」

「あ、君達!!」

 ハーヴも後に続く。

 途中、幾度も魔物が襲ってきたが、気にしてられない。
 軽くあしらって先に進む。
 力を制御し、一撃で倒さずとも怯ませてやり過ごす。
 ここ数日の薬草採取の際に魔物と戦った成果だった。
 とはいえ、さすがに倒すまでには至らないのが歯がゆかったが、魔物にてこずって、ナナを犠牲にするわけにはいかない。

 ナナに追いついた時には、すでにそこはナナの家の前だった。
 中で、強盗が暴れているのではないかと思うほどの物音が響いていた。
 アルフが扉を開け、中に入ろうとしたその瞬間、窓ガラスが割れ、人が飛び出してきた。

「イル!?」

 その人影はイルムガルトだった。
 肩を押さえ、片膝立ちになりながら自分が飛び出した割れた窓の先を睨み付けている。

「う、ぐ……」

 イルムガルトがよろよろと立ち上がる。

「お姉ちゃん!」

 ナナとハーヴが急いでイルムガルトの方へ駆け寄ろうとする。

「来ないで!」

 駆けて来ようとするナナを振り向かずに制した。

「さっさと離れなさい……!」

「おや、まだ『人』がいらっしゃるとは……」

 家の中から聞いた事のない声が発せられる。
 落ち着いた大人びた口調。しかし、声色は随分と高く、子供のようだった。
 変な違和感を感じる。

 そして、扉が開き、家から黒い服の女性が現れた。
 それは朝、アルフが見かけた女性だった。
 黒い喪服のような服を着た少女のような女性。
 ヴェールを深々とかぶり、露出している肌は口元だけ。
 頭や、首、腰に茨を巻く歪な衣装だった。

「お前は……」

 女の薄っすら口紅をさした口が動く。

「おや、貴方は昼間、私を見つめていた方ですわね……」

「気色悪い言い方をするな」


 アルフはナナを後ろに下がらせ、槍を構える。
 警戒心が上がる。

 この女は普通じゃない。
 そして、嫌な予感がした。
 底知れぬ不気味さが込み上げる。

 彼の不安に答えるように一体の魔物が現れた。
 まるで、黒服の女に付き従うように。

 他の樹の魔物と違う。

 人の、女性の体。

 頭から異形の花を咲かせ、蔓が全身から伸び、巻きついている。

 その姿は、変わり果ててはいたが、彼らの良く知る人物の姿だった。
 見慣れた三つ編みが揺れる。

「お姉ちゃん!」

 ナナが叫ぶ。
 リンは壊れた人形のように軋む音を立てながらナナの方を振り向いた。
 彼女が啼く。その声は悲鳴のような金切り声だった。


「へぇ、お姉さん、ですの」

 黒服の女性はその口元をニヤリと歪ませる。
 アルフは手に持つ槍に力を入れる。


「お前、リンに何をした?」

「へぇ、この方、リンさんと申しますの。覚えておきますわ」

 そう言って、女はリンの方を眺める。

「どうです? 『種』を植え付けるのははじめてでしたけど、なかなかでしょう?」

 その言葉は彼女がそれを行った事を如実に示している。

「これは、お前か? お前がやったのか!?」

「うふふ、ですわ。何とも素晴らしい出来栄えでしょう?」

 突如、家の壁を壊し、もう一体の魔物が現れる。
 リンよりも樹の魔物に近いその形状。しかし、その魔物と比べ、樹には花が咲いている。そして、幹にへばり付いたその顔は良く見る、ミイラのようなゾンビ顔のソレでは無く、きちんと『人の顔』を残していた。顔は『二つ』そして、その表情はすでに死んでいた。


 その顔はやはり見知った――リンとナナの、両親の顔だ。

「……っ!?」

 ナナはその現実についには耐える事が出来なかったのか、糸が切れた人形のごとく倒れる。
 寸前でハーヴがナナを支え、転倒を防ぐ。

 アルフももはや耐えられなかった。
 我慢の限界だ。

 アルフは怒りのままに槍を持って突撃した。
 槍が黒服の女の頭を貫く直前で、リンがアルフの槍を掴んで止める。

「マズ……!!」

 リンはそのまま掴んだ槍を押し返し、アルフを遥か後方へと飛ばす。

「アルフ!」

「慌てないでくださいまし。まずは自己紹介ですわ。なに、ご安心ください。彼らはワタクシの制御下にあります。勝手に襲う事はございませんわ」

 黒服の女は姿勢をただし、恭しく礼をした。

「ワタクシ、ニザヴェリル『輝く災い《ブリーキンダ・ベル》』が一塔主。ローザ・リフィルと申します」

「ニザヴェリルのブリーキンダ・ベル……へぇ、魔王様の側近がこんな所まで一体何の用かしら?」

「魔王!?」

 ニザヴェリルとはナーストレンドにある知性を持った魔族達が集まって作られた社会《コロニー》の名前であり、人間側には『魔王軍』として認知されている。
 そして、ブリーキンダ・ベルとは魔王城を支える四柱の塔を指し、その塔主は魔王の側近で構成されるといわれている。

「いえね。ちょっと作戦行動中でございました。ただ、どうにも芳ばしい香りがするもので、ついつい立ち寄ってしまったしだいですわ。でも、おかげでよい拾い物をさせていただきましたわ」

 そう言ってリンの頬を撫でるローザ。

「私を前に、『作戦行動中』なんて、口を滑らせて良いの?」

「うふふ、もちろんですわよ。だって、あなた方『フォルナール教会』に発見された以上、この作戦は失敗ですもの」

 ローザと名乗る女性はさも何でもない事のように告げる。

「ワタクシどもといたしましても撤退するしかございませんの」

「そう簡単に逃がすと思うか?」

 アルフとしてもこの女を逃がす気はサラサラ無い。
 だが、アルフの予想に反し、ローザと名乗る女性はあっさりと認めた。

「いえいえ、そこにイルムガルト様がいらっしゃる以上、そうは思いませんわ」

「え?」

 何故知っているのかとアルフは疑問に思う。
 アルフ達はこの女に名乗ってはいない。
 家で暴れている時に名乗りでもしたのだろうか?

「……」

「おや、ご存知ありませんか?あなた方人間側の『守護者の一人』ではございませんか」

 イルムガルトは黙ってローザに視線を向けている。

「ね、『イルムガルト・イェンナ・フォルナール』さん?」

 黙るイルムガルトに変わりローザが答える。

「フォルナール? お前が!?」

 アルフは驚いた。
 勇者『フォルナール』を祖にもつ教会の中心人物、その三姉妹の次女。
 それが彼女である。

「特に貴女ならこの程度の情報さえあれば、大体は理解するでしょう?ワタクシ達が帝都への侵攻作戦を始めた事はもう把握しておりますでしょうし」

 ローザは確認事項だといわんばかり、作戦の事を語りだす。

「そして、ここにワタクシがいる意味。それはワタクシがトロイアの砦を迂回し国内に侵入。内部から奇襲をかけるモノでございます」

 失敗した以上、漏れるのも構わないと思っているのだろうか。
 だが、ここまで仕出かした挙句、すぐに本命と思われる作戦を諦め撤退すると宣言したこの女性に対し、二人は底知れぬ不気味さを感じていた。

「うふふ、でも別に構いません。こんなのはただの余興ですから」

(余興。余興だと?これだけの事をしでかしておいて、余興で済ませるのか?)
 アルフは再び怒りに打ち震えた。

 ローザはリンの頬を撫でてアルフに笑いかける。
 その行動が、アルフにはリンを弄ばれているように見えた。
 今まで世話になった人達だ。
 ここ数日でアルフもイルムガルトも彼らを友人として接するようになっていた。

 だから、ローザの行動が余計にアルフの神経を逆なでした。
 槍を掴みなおし、無言でローザに突撃する。
 槍がローザの頭を貫く寸前、リンがアルフの槍を再び掴んだ。

「すまない!」

 すぐさま、右足を軸に槍を左に振り回す。
 リンは吹き飛ぶが、家の壁に着地し、跳躍。

「な!?」

 アルフにタックルをかます。
 すんでの所で回避するが、着地の瞬間、勢いを殺さずノーモーションで蹴りが飛んでくる。
 槍の柄でそれを防ぐ。

 その力、すでに人間のものでは無い。
 そのまま、アルフは吹き飛ばされ、イルムガルトを巻き込み、遥か後方でようやく止まった。

「ぐぅ……」

「あぐっ……」

 重い衝撃に肺から全て空気が搾り出され、呼吸困難に陥る。

「ああ、素敵ですわぁ、リンさん!もうここまで力を使いこなせるのですわね!!」

 惚れ惚れとした表情で、リンを眺める。
 そこで、何かを感じたのかローザはリンの様子をまじまじと見つめる。
 唇がわずかに動いているようだ。
 手や足も若干震えているようにも見える。
 ローザはその仕草から、何やら『人間じみた』ものを感じ取っていた。

「う~ん、そうですわね。このまま撤退しても、後々面倒な事になりそうですわ」

 少し考える仕草をするローザ。

「では、こうしましょう。皆様。ここにいる者達を殺してください」

「!?」

「ああ、もちろんその妹さんは例外ですわ。色々使い所がありそうですもの」

 その声に呼応するように、村の全ての魔樹が叫びだした。

「では、あとは存分に楽しんでくださいませ」

「くっ、待て!」

「では、ごきげんよう」

 そう言って優雅に立ち去るローザ。
 リンはローザに追従し、他の魔物はアルフ達の前に立ちふさがる。
 特に、彼らとローザの間にはセリアン夫妻を取り込んだ花の魔樹が立ちふさがっていた。

 立ち直ったアルフ達はハーヴとナナを背に魔物達を牽制している。
 彼らを守ってはローザ達を追えない。

 そうこうしている間に、ローザは村の東の橋を渡り終え、リンがその拳で橋を砕いた。
 魔物の力とは凄まじいものである。

「くそっ、何がどうなってやがる!」

「迷ってる暇はないわよ!!」

 アルフは思考を切り替える。
 今は目の前の魔物を殲滅し、安全を確保する事だ。

「イル、家の中はどうなってる」

「人はいないわ。でも物は散らばってるし、安全とはいえない。でも、私が使ってた客間なら……あそこは少しは頑丈だし持ち堪えられると思う」

「聞いたな。ハーヴ!ナナを連れて客間に! 俺達が帰ってくるまでそこで隠れてろ!!」

「あ、ああ、わかったよ!」

 ハーヴはナナを抱いてセリアン家に入っていく。

 花の魔樹は妨害しようと動き出すが、アルフ達が止めに入る。

「残念だが、お前の相手は俺達だ」

 アルフが槍を突きつけ、イルムガルトが背後を守りつつ他の魔物を牽制する。

 花の魔樹が鳴き声を上げ、他の魔物が動き出した。
 そして、リンネルの村での戦いが始まった。

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