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多国籍ママたちとのコーヒー雑談とSATC

先日、息子が通うインターナショナルスクールでの保護者会が開催されました。その後、コーヒーでも飲みましょうということになり、学校内のカフェへ。ヨーロッパとアジアの国々が揃う"国際的”な顔ぶれで、「おお!インターっぽい!」と内心ドキドキワクワクです。

共通の話題はもちろん「子ども」。まずはおなじみの勉強について。

「とにかくずーっとiPadを見てるのよ。学校の宿題をやってるのかゲームをやってるのかわからないから注意しても「勉強してた」と言うし」

「そうなの!うちも家にいる間もずっとiPad見てる」

「夜遅くまでYouTube見てて困っちゃう」

と、どこかで聞いた愚痴が次々と。

「母国語をちゃんとやらせたいのに、学校の授業が少なくて今のままじゃダメだわ」

「わかる!もっと授業を選択できると思っていたのに、少ないわよね。英語だけじゃなくて、ちゃんと自分の国の言葉のレベルも上げないと」

と、母国語のレベルをどうするかという悩みも。
これも日本でもよく聞くやつです。英語ばかりやってると、日本語がおろそかになるんじゃないか、というアレです。

多国籍ママたちのガールズトーク


そして、話は変わり、思春期目前の子どもを持つ親ならではの話題に。

同じクラスの女の子のフランス人のママが、今の学校に決めた経緯を話してくれました。

「他にもいいなと思った学校があったんだけど、実際に見に行ったら、学校内でイチャイチャしてる子達がたくさんいたのよ!ヨーロッパの子たちが多いから、そういう雰囲気になりやすいのよ。イギリスやフランスなんて本当にすごいの。でもそんなのダメ。この学校はそんな感じじゃないし健全でいいわね」

「え。うちの学校でも校内でキスしてる子たち見かけたわよ」

「えっ!!嘘でしょ!?」(明らかに動揺している)

「ほんとよ。そんなにたくさんいないけど」

「そうよね、私見たことないもの!」

(フランス人なのにコンサバ!)と私は内心驚いていましたが、恋愛に夢中になる人をたくさん見てきたからこそ、自分の娘には用心深くなるのかも。

「上の娘が同級生とデートみたいなことしたけど、すごくやさしくて紳士だったって言ってたわよ」

と別のママが言っても

「ティーンの男の子なんて、考えてることはひとつよ!」

と、中高生になってもデートすら許したくないという勢いです。


この女子たちの悩みや愚痴、さまざまなテーマでいろんな意見が飛び交うこの感じ、どこかで見覚えがある…。


あのドラマが好きだった理由


それで思い出したのがSATCです。

言わずと知れたアメリカドラマ「Sex & The City」。NYを舞台に、ライターのキャリー、PR会社社長のサマンサ、弁護士のミランダ、ギャラリー勤務のシャーロットの独身女性4人が繰り広げる物語については説明不要でしょう。
アメリカで放送されたのが1998年から2004年まで。もう20年以上も前なんて、衝撃ですがSATCに夢中になっていた頃、私はアラサー。


copyright  HBO/SKY Atlantic



「30すぎて独身って、肩身が狭い」
「いい大学を出て仕事もできるって、女としてダメなの?」
「いつまで結婚相手を探し続けなきゃいけないの?」
「男は恋愛経験豊富だと自慢できるのに、女は尻軽って言われるのはなんで?」


などなど、彼女たちが発する言葉の数々はリアルで生々しく、そしてすごく身近なものでした。それらは私自身や周りの女友達がいつもボヤいていることと同じだったから。

アメリカのそれもニューヨークという大都会で、キラキラした生活を送っている彼女たちと自分の悩みや愚痴が一緒、というのがあのドラマの魅力であり、人気の理由だったのではないでしょうか。
ニューヨーカーでも、経済的に恵まれてても、ハーバード卒でも、みんな自分達と似たり寄ったりの悩みを抱え、ウジウジしながら生きている。そしてそれを女友達とのおしゃべりの中で分かち合い、一緒に怒ったり悩んだりして前に進んでいく4人の姿に、私を含めて世界中の女性が共感したのです。

あれから時を経て、アジアのインターナショナルスクールのカフェのやり取りはまさにあれを想起させるものでした。

「国や人種が違っても、悩んだり愚痴ったりすることはみんな一緒」

そう言ってしまうと、なんだか平べったいですが、そうやって、抱えているものをおしゃべりで分かち合い、助け合ったりするのが女性の生きる知恵であり、強さであり、したたかさなのだと思います。

以前、取材をした人類学者の長谷川眞理子さんはこのようなことをおっしゃっていました。
「昔から女性は、女性同士でおしゃべりをすることが大好きなんです。人間は共同体の中で子供を育ててきました。おしゃべりを通して、情報交換したり、仲間と共感しあってコミュニケーションを円滑にすることで、子供たちを一緒に育てていけるよう、必要なことだったんです」(お話いただいた内容を要約しています。興味のある方はこちらに長谷川先生の記事があります。私が担当したものではありません)

たしかに、このコーヒータイムでの会話を通して、国境を越えても仲間がいる気がしてちょっと心強さを感じることができました。

そして、どこの世界も「母は強し」。
その強さの源はおしゃべりにあるのかもしれません。






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