雪解けの前に

最初から一緒に入らないのは、直ぐに湯船に入って甘えたいから。

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「ご主人さま、ご主人さま、お背中を流してよいですか?」

風呂場と脱衣所を隔てる引き戸から少しだけ顔を出して様子を伺ってくる。

「さくら……いつも言うけど、聞くならせめて服を脱ぐ前に聞いてね?」
「ダメ、なのですか?」
「ダメって言えないよね……ほら、体が冷えちゃうから早くおいで」
「にゃぁん♪ はい、なのです♪」

するりと引き戸から飛び出してかけ湯をして湯船に入ってくる。。

「ふぅ……えへへ、あったかいのです」

脱衣所とお風呂場の戸はすりガラスなので、脱衣所に入ってきた時も、
服を脱いでいる時も見えている。
でも毎回さくらは入る前に必ず聞いてくる。
何も言わずに入って来ない所は少しだけ奥ゆかしいのか?
ふと湯船に浸かっている髪の毛が目に入る。

「髪を結わないとダメじゃないか」
「あにゃにゃ……ごめんなさいなのです♪」

さほど申し訳なさそうでもなければ、結おうともせず頭を揺らしている。

「……。
 しょうがないなぁ、さくらは。 少しそのままでね」
「えへへっ、はい、です♪」

ふわふわとした髪の毛をまとめながらお湯につからないように結い上げる。

「んっ……にゃぁ……ん……。
 ご主人さまに……んっ、髪……触ってもらうの、大好きなのです」
「ひとりで入っている時は自分でやっているのに」
「それとこれとは別にゃのですよ?」
「さくらのほうが上手いだろうに」
「それも、それとこれとは別にゃぁのですよ♪」
「はい、できたよ」
「えへへ、ご主人さま♪ ありがとうなのですよ♪」

髪を上げると、透き通るような肌がほんのりさくら色に染まっている
細く奇麗な首筋に見惚れてしまう。

「ご主人さま?」
「ん?」
「ぎゅってしてもいいのですよ?」
「そうだね」

これはぎゅっとしろという甘えかた。
後ろから腕に軽く触れる程度に抱きしめる。

「それじゃダメなのですよぉ?」

回した腕を自分の方に引き寄せて
しっかりと抱きかかえるように引き寄せる。
髪を結ってもらう為に少し空けていた背中もぴったりと寄りかかってくる。
腕にやわらかい感触と重みががふにょんとかかって来るのは……
正直気持ちがいいから困る。
暫くは滴る水滴の音と、時折チャプチャプと水音を立てながら遊ぶ音、
少しだけ艶のあるさくらの吐息だけが聞こえる。

「さくらはお風呂入ったんじゃないのかな」
「はい? 入ったのですよ?
 でもでも、ご主人さまとも入りたいのですよ」
「ふたりで入るには少し狭いと思うんだけど」
「ご主人さまとぴったりくっつけるので、さくらは嬉しいですよ?
 ……ご主人さまは、さくらと入るの……嫌、なのですか……?」

チャプっと少し顔をお湯に沈めながら
チラリと見てきたので何も言わずに頭を撫でる。

「まぁ、ゆったりと入るなら温泉とかの方がいいよね」
「温泉……ですかぁ……ふふっ」
「さくら?」
「やよいちゃんのお家の露天風呂、気持ちよかったのです」

 お家というか旅館だけど、確かにお家だなぁ。

「今の時期は雪が積もっているんだろうね」
「あ! やよいちゃんから雪ウサギさんの写真もらったのですよ♪」
「雪の中の露天風呂かぁ……風情があるね」
「……にゃぁん、雪景色を見ながら、温泉……ふふっ、入ってみたいのです♪
 ……雪景色を見ながらぁ、ご主人さまと露天風呂に入ってぇ……
 それでそれでぇ……ぴったりと寄り添って、にゃぁ……♪」
「さくら?」

「温泉に入りながら雪見酒もぉ、いいにゃのです……
 そしたら、ですにゃね……?
 ごじゅじんさまぁ? さくらぁ、ちょっと酔ってしまったのですよぉ……
 にゃんてぇ、にゃんてぇ……♪」

「それでそれでぇ……身体がぽかぽかしているうちにぃ、
 お布団に入ってぇ……にゃぁん♪
 えへへ……ふぁぁ……ごしゅじんさまぁ……
 もっとあっためてぇ……にゃんてぇ、にゃんてぇ……ふぁ……」
「お、おい、さくら?」

どうも途中からふわふわと話していると思ったらのぼせているようだ。
「ぁう……ご主人さまぁ」

急いで湯船からさくらを抱え出し、
洗い場で膝の上にのせてタオルをかける。

「ふぁ、えへへ……ごしゅじんさまぁのおひざぁ」
「いいから、少し落ち着いたら出なさい」
「にゃう……はい、なのです……」
「……」
「ごめんなさいなのです……色々な事を考えていたら、えへへ……」

「温泉、行こうか」
「……ふぇ?」
「温泉。 お風呂から上がったら、女将さんに連絡してみよう。
 それで、部屋が空いている日に行こう」
「温泉なのですか?」
「さくらと温泉の話をしていたら入りたくなった。
 それともお風呂でのぼせたさくらはもういいのかな?」
「やぁだ! ご主人さまと温泉、温泉行きたいのですよ!」
「よかった」
「えへへ、はい、なのですよ♪
 じゃあじゃあ、さくら、やよいちゃんに連絡するのですよ♪」

そう言って立とうとするさくらを抱きとめる。

「にゃ……? んっ。
 ご主人さまぁ……にゃぁんなのです、よぉ♪
 もっと、もっと、ぎゅってしてぇ♪」
「ほら、もう少し。 ちゃんと立てるまで。
 まだフラフラしているから」

「はぁい、ご主人さま♪
 ご主人様にぎゅってされるのも、お膝の上も嬉しいのですよ♪
 それに……それにですね……?
 しばらくの間……さくら、フラフラするかもなので
 お風呂から出る時もお姫様だっこしてほしいのですよ?」
「……いいよ」

「えへへ、ご主人さまぁ、大好きなのですよ♪」

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結果……ちょうど露天風呂付きの部屋が、
たまたま偶然空いているとの事だった。
「連絡が来ると思ってました」
と、女将さんに言われたのはなぜなんだろうか……?

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