孕石狆兵

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古書は病を悪化させ新本は病を産み落とす

古いカメラを引っ張り出してきてデータを抽出してみると元彼女の写真が出てきてそれを私のいないところで見た妻が夫に女装の趣味があるとは知らなかったと思うほどに私と元彼女の顔は似ているらしい。だとするとかつて私は私自身と裸で抱き合い愛し合っていたわけでそれはとても幸福なことではないかと思う。妻は夫である私とは見た目は全く似ていない。本人も知らない双生児は至る所に居る。あらゆる場所。あらゆる空間。あらゆる辻。あらゆる角に。 思えばここ最近古書店で本を探すことをしていない。私は古書と

    • 惑星がめくれる

      犬が吼える 惑星がまわる 少女が女性になる 花がしぼむ しぼんで落ちる 眼鏡がずり落ちる 毬藻がくだけて泡になる エンジンが火をふく 小鳥が飛ぶ 安全弁が閉まる 皮がめくれる 虎が潜む 醤油がこぼれる 柱が腐る 残響音が反響する 半狂乱が扉を叩く 電気ショックで椅子から転げ落ちる 犬が閉まる 惑星がめくれる 少女が火をふく 花がまわる しぼんで吼える 眼鏡がこぼれる 毬藻が扉を叩く エンジンが椅子から転げ落ちる 小鳥がずり落ちる 安全弁がしぼむ 皮が飛ぶ 虎が落ちる 醤油が

      • 殺して欲しいよ

        (加山雄三のボツになった歌にこういうものがある) 『殺して欲しいよ』 僕のカツラの中には 素敵な街がある 人々は朗らかで優しく 鳥は歌っている 電気もガスも無限に供給され 争いも税金もない それでも僕はその街でも孤独だ 嘘がつけない世界の中じゃ 息もできない 僕はこの素晴らしい街をさえ 裏切って再び頭髪型の帽子を被る 僕は綺麗な街に唾を吐く 僕は綺麗な街にガソリンをかける フェンダーギターに火をつけて投げるのさ 殺して欲しいよ やがて君の笑顔が憎くなる未來から 永久にお

        • 髑髏

          蛸の夢を見た 恋人が大きな蛸に襲われて 犯されて殺される夢だ 私は楓の大木に手錠で括られて 冷たい焔を嘗めるが如く じっとその様子を観察しながら いつかこのことも思い出すだろうと 他人事に感じた 完全に 閉じられた 愛だった 蛸は髑髏を私の目の前にそっと置いて 会釈をして小田急電鉄に乗って行った 私は緩い手錠を自ら取って 髑髏を拾わずに京王線に飛び乗った 当然ながら 私は傍観罪で逮捕される 神は笑いながら罰をくだされる 腹を抱えて私のことを指差しながら 私は仕方なしに蒼ざ

        古書は病を悪化させ新本は病を産み落とす

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        • 花の愚行録
          9本
        • 泥濘紳士
          22本
        • 実験室
          3本
        • スーのパーのカー
          13本
        • 僕のお嫁さん
          3本
        • ask
          85本

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          ポイズンベリー

          実父は面白い男だった。しかし面白さにも種類があって身内には居てもらっては困るタイプの面白い男なのだった。崎陽軒のシュウマイ弁当に入っている杏とよく似ている実母となぜ一緒になったのかわからないほどの好男子で作家の町田康と見た目だけで言えば生き写しである。実父はお調子者というか剽軽者で美男子、実母はシウマイ弁当の杏の漬物では当然家庭は崩壊する運命である。実父は違法賭博に手を染めて多額の借金をこしらえてどこかの愛人宅へ飛んだ。私と母は借金取りから逃げるために貧乏長屋から出て安アパー

          ポイズンベリー

          想像ノ王國

          おそらくだが私のドッペルゲンガーがいる。しかも割と近所に住んでいる。そんな予感はずっとしていたのであるが、ある日近所のカフェで本を読み耽りながらラテを啜っていたところ、急に女性に話しかけられた。あの、すみません、この前もそこで漫画本を山積みにして読んでいらっしゃいましたよね?と女性は言う。お気を悪くしたらごめんなさい、古谷実、あたしも大好きなのでつい話しかけてしまいました。私はゆっくりと女性の方を向いて、貴女のようなスパークルな娘さんが古谷実を好きなことはあまり公言しない方が

          想像ノ王國

          四畳半奇想散策夢見式

          目が覚めると先程まで一緒に寝ていたはずの愛妾が大きな烏賊に喰われていた/僕はそれを眺めながら煙草に火を点けた/愛妾は烏賊に喰われながら足をバタバタさせている/何にそんなにというくらいに烏賊は怒っていた/愛妾はしぶとく抵抗している/宇宙の広さを想えば烏賊もがんばれだし愛妾もがんばれだった/砂粒のような男と女と烏賊/煙草を喫み終えた僕は愛妾の両足を掴んでからズルっと引っ張る/烏賊の墨毒の影響だろうか/愛妾の下半身は女で上半身は海老に成っていた/可哀想に愛妾が散々暴れたせいで烏賊は

          四畳半奇想散策夢見式

          バーリーゾーゴーン

          信じられないと彼女は言った。信じる信じないというそんな退屈なジャンルに分類できる話じゃないんだよこれは、と私は言った。逆上した彼女は部屋の物を投げてよこす。かわいいぬいぐるみが宙を舞ってガラス戸に当たってかわいくない音を出す。私は小学生の時にやったドッジボールを思い出す。私はすれすれでドッジボールを避けるのが得意な少年だった。私は大きな熊のぬいぐるみを投げようとする彼女の細い手首を掴んだ。物に当たるのはよせ。見苦しい。彼女は痛い、離して、穢らわしい、この獣が!と叫んだ。私は掴

          バーリーゾーゴーン

          デクノポリス

          ① 都市部に住んでいると不思議と人が何かの部品に見えるようになってくる。巨大な迷路に迷い込んだ部品人間たちの末路を目に痛いくらいのスピードで見てきた身としては不条理が不条理でなくなる瞬間さえ訪れがちだ。管理官は私をグレイと呼んだ。これはコードネームなのではない。私には管理官のオフィスに行くと必ず管理室のあるビルヂングの155階から粉塵で霞む地上を斜めに見下ろす癖がありその様子が大昔に活躍した愚霊というバンドのヴォーカルに似ているためグレイと呼び始めたのだという。しばしば管理

          デクノポリス

          雷魚

          大変不思議なことではあるが結婚したので義理の姉ができた。義理の姉の駒子はエキセントリックな人間で初めて会った時に特に何を話すでもなく、こ洒落たレストランで私と妹である妻の向かいに座りながらスマートフォンを一心不乱に弄り倒しこちらを見ずにどうぞ好きな話をしてくださいこちらは課金してゲームに忙しいのですが話はちゃんと聞いていますので大丈夫です、と言い放って本当にずっとガチャを回し続けていた。思えば駅で一目見た瞬間から、私は駒子が苦手だと察していた。駒子は背骨が半分ないみたいな人間

          悦びは2倍になり憎しみは4倍排泄物処理費用は6倍に跳ね上がる

          死にたいです、と彼女は言った。なら殺してあげます、と僕は言った。教えてもらった246沿いのやや古めかしい中層アパートメントに行くと酸素ボンベの残量が残り数分の潜水夫のような深刻な顔が扉の向こうに現れる。僕は買い物袋を見せて中に入れてくださいと頼む。彼女はちょっと考えてからどうぞと言って扉のチェーンを外して僕を中に引き入れる。2002年4月6日の世田谷は薄曇りの時折小雨の散らつく憂鬱な朝を迎えていた。僕がドンキホーテで買ってきた買い物袋の中身を彼女は漁る。Eメールで指定された化

          悦びは2倍になり憎しみは4倍排泄物処理費用は6倍に跳ね上がる

          熱海

          この世で最も美しいものは何か。読者はこれについて考察されたことはあるかと思う。黙っていても様々な情景が浮かぶ。火山。雪山。水色に輝く海。夜空に走る雷。戦争。火事。津波。暴力沙汰。墜落する飛行機。崩落するビル。首を括った独裁者の映像。眼球の捉え得るあらゆる美しいもの。私はそれら全てにいちいち「ごもっとも」と肯首する。美しいものに不足はない。ほぼあらゆるものが美しい。それは真理のひとつでさえある。教義と言い換えてもいい。人は美を尊ぶ。醜いものは、ない。なぜならば人間のフィルターを

          暗転ぼくのまち

          お盆である。私はドストエフスキー式無神論を信仰している立場上霊魂の不滅を信じていないので、当然ながら鎮魂の意識はない。だから盆の行事を側から見ていて滑稽だと感じるし不快でさえあるのだけど、私は私を尊ぶように他人のことも尊ぶことを至上命題としているから薄目で確認しいしいやり過ごしてきた。霊魂は存在しない。ただ肉体だけがある。前世もなければ来世もない。過去も未来も霧に包まれていて、確固たる今だけがある。間違っていたとしても私の人生だ。運転席には私が座る。私以外に誰にも座らせない。

          暗転ぼくのまち

          カーテン

          あれはある初秋の夜だった。僕は当時付き合っていた女性のマンションに合鍵を使って入って彼女の帰宅を待っていたのだった。土日が休みだった彼女に合わせていたから、金曜日だ。よくよく考えると金曜に彼女の家に行き、次の日は一緒に出掛けたりするのだけど、僕は自分の部屋にいたくないがために、彼女の家に避難していたのかもしれない。僕の家には魔なる物が住んでいた。僕はあの家にいるとギターを奏でたり踊ったりする。時々意味のわからない言葉の羅列を創作したりする。ソファはたゆみベッドは傾いていて、本

          作家の午後の詩の海

          第一部 作家の午後 昼にリクエストしておいたイカの刺身が幾分ネチョっとしており大作家椚澤悶土のテンションはダダ下がりであった。贔屓にしている魚屋が去年の暮れに脳卒中でポックリ逝ってから椚澤氏はしばらく新鮮な海の幸から遠ざかっていた。年寄りの癇癪持ちは手に負えないというが、椚澤氏の癇癪は常軌を逸して激しかった。お手伝いさんの桶川さんを内線電話で呼びつけて件の魚屋の「宇尾繁」に電話をしてください、と静かに命じる。桶川さんは土佐地方出身の烈女で、椚澤氏に輪をかけて激しい性格だった

          作家の午後の詩の海

          大鍋で煮た枝豆を心行くまで頬張るだけの話

          婆様が痴呆症に罹ったと母親から連絡が来たのは十数年前のことだ。信じられないことだけどうちの婆様は少なくとも十年以上呆けっ放しで健康に生きている。たまにうっかりして骨折もするが、必ず不死鳥の様に復活し、老人ホームに帰還する。婆様の事はよく知らない。母親の母親ってことくらいしかわかっていない。私は爺様と仲が良かったし、女性が苦手だから婆様を避けて生きてきた。婆様は品位に欠けた人物だった。いつもメロドラマをテレビで観て泣いていた。私はガキの頃、婆様たちの住む山形県に夏は疎開していた

          大鍋で煮た枝豆を心行くまで頬張るだけの話