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自然界に肥料をもらっている植物はいない


<自然界に肥料をもらっている植物はいない>土壌微生物たちと私たち
農家は口を揃えて「肥料をあげないと育たない」いう。しかし、雑草や森林の樹木など肥料をもらって育っている植物の方が圧倒的に多いのが事実だ。ではいったいどうやって自然界の植物たちは栄養分を獲得しているのだろうか。

~チッソ固定菌と硝化菌~
植物が体内に持つ栄養素のうちチッソはそのほとんどを占め、茎葉を作るための栄養素である。
チッソは空気中の約70%以上も占めるありふれた元素だが、私たち生物のほとんどが直接利用できず、呼吸で体内に入ってきたチッソガスはアンモニアとして尿から排出してしまう。

しかし、この空気中のチッソを直接利用できる微生物がいる。それがチッソ固定菌と呼ばれる細菌で、空気が含まれている土中内にはどこにでもいるありふれた微生物だ。この細菌はマメ科植物と共生関係を結ぶことが知られていて、大豆などの作物や雑草の根を観察すればそのチッソ固定菌をまじかに見ることができる。根に瘤のようなコロニーを形成し、そこで光合成で得た糖分をもらい、代わりに空気から得たチッソを植物に与えている。しかし、肥料でマメ科植物を栽培すると共生関係を結ぶ必要がなくなるので、この根瘤はほとんど見られない。またチッソ固定菌は酸素が必要なので、耕すことで土中内に酸素を入れることは有効だ。そのためダイズ農家はしょっちゅう耕す。

共生していないチッソ固定菌は空気中の窒素ガスを地中にアンモニア態チッソとして固定すると、それを硝化菌が硝酸態チッソに変換する。ここまで変化したチッソは多くの植物が吸収できるようになる。硝化菌はあまり話題に出てこないが、土壌中において重要な役割を担っているのだ。この硝化菌と共生関係を結んでいるのがサツマイモである。また実はこの硝化菌のおかげでアンモニア態の化成肥料も植物が吸収できるようになる。

ここまで固定とか変換という言葉を使ったが、微生物にとってそれはご飯を食べた後の食べ残しや排泄物である。自然界では、誰かのゴミが誰かの宝物となる。

他にもシアノバクテリアやアゾトバクターなどの微生物も固定するが、地球上のすべての生物が利用している窒素のうち約90%を微生物が固定している。

面白い研究報告がある。パプアニューギニアの高地民がタロイモだけで筋骨隆々の体格を維持できる要因を調査した結果、腸内にチッソ固定菌が棲んでいることが確認され、糖質をアミノ酸に変換していることが分かってきた。

~菌根菌~
日本の黒ボク土に代表される腐植質酸性土壌はアルミニウムとリンが結合してしまい、水に溶けにくくなっている。また赤土のような鉱質酸性土壌はアルミニウムと鉄がリンが結合してしまい、こちらも水に溶けにくくなっている。リンとは花や実、タネなどの主栄養素であり、遺伝子やエネルギーの源ATPに関わる。

そのため、日本の土は耕作地として扱いにくい土、作物に必要な養分が不足している土と呼ばれているのだが、それをカバーしている菌根菌の働きである。

菌根菌はカビなどの糸状菌の仲間でアブラナ科とヒユ科以外のほとんどの高等植物(約90%)の根に共生し、長い菌糸を土中に縦横に伸ばす。化石の記録から、陸上植物とほぼ同じ頃約4億年前に進化してきたことが確認されている。逆に植物から独立して生きる菌根菌はまだ発見されていない。

リンがアルミニウムや鉄の酸化物の中に閉じ込められていると植物はこのリンはほとんど吸収できない。しかし、菌糸から放出される有機酸はリンを含む岩石やリンと結合しているアルミニウムや鉄を溶かしてしまう。そして、解放されたリンは菌糸や根によって吸収される。これと同様に根の主栄養素であるカリやマグネシウムなどの微量元素(ミネラル)を菌糸を伸ばした範囲から集めてきて、植物に渡す。

植物の根毛は細いものでも直径が20~30マイクロメートル(腕の毛の太さくらい)だが、菌糸は細いものだと1~2マイクロメートルほどしかない。こうして植物の根が入り込めない隙間に入り込むことができる。そこで土中内の有機物質を消化し、素早くそれを宿主に送る。植物の根域から百倍以上の広さから養水分を集めることができる。代わりに植物からは光合成で得た糖分をもらうのだ。

若者に人気ののタピオカの原料となるキャッサバは菌根菌と共生することで水分も養分も少ない荒地のようなところでも育つ。自然の野山には当たり前に存在するためわざわざ投入する必要はないが、農薬に弱く慣行栽培の畑にはほとんどいない。有機でも多肥の畑ではいなくなってしまう。その場合、多孔質の炭を鋤きこむと増やすことができる。

菌根菌は窒素固定菌のように共生する植物が限定されていない。ときに別の植物ともつながり、養分のやり取りをしている。また、寄生した植物を病原菌から守る役割も果たしてくれている。カビ菌もまた糸状菌だが、寄生種に侵入するのを特殊な化学物質を出して、払いのけてくれている。また植物自身も健康であれば共生菌と病原菌を区別して扱うことができる。

まだ自己防衛機能ができあがっていない若い根の周りにも菌根菌がすぐに菌鞘で覆うことで保護する。それでも病原菌が侵入することがあるが、菌糸が植物の細胞の中にまで菌糸を伸ばして作り出す化学物質によって増殖を抑制することもできる。

つまり自然農は農薬を使う代わりに、菌根菌で病気を予防する農法である。

菌根菌も空気があるところを好むため、水はけの良い畑にする必要がある。土が締まっている場合は耕すことは有効だが、団粒構造の土ができ、土中生物が住み着いていればその必要はない。

草類と共生する菌根菌は植物の根の中に樹枝状体と呼ばれる特殊器官を作るためにアーバスキュラー菌根菌、V.A菌根菌、または内生菌根菌と呼ぶ。菌根菌はキノコなどの腐朽菌とは違い、生きた植物内に寄生する。

それとは別に外生菌根菌は約1億6千年前に進化してきた。多年生の樹木と共生関係を結んでいるものがほとんどだ。内生菌根菌ほど多くはないが世界中に広く分布している。また、同一植物にどちらも共生していることもある。

さて、日本人の誰もが知っている菌根菌(外生)といえばマツタケだ。マツタケは赤松の根と共生する菌根菌の子実体である。マツタケ名人はマツタケが生えているところがわかるという。それはマツタケがシロと呼ばれる根圏(根元から同心円状の範囲)に生え、毎年少しずつ外へ広がるため、それを追っているのである。酸性土壌では有害なアルミニウムイオンが溶け出してしまうが、菌糸の放出する有機酸にはそれをパッキングし解毒する機能が備わっている。そのため貧相な酸性土壌でもアカマツだけはよく育ち、マツタケも採れる。

ほかにも日本で見られるハツタケやショウロ、本シメジ、海外で有名なトリュフなどのキノコも同じ外生菌根菌だ。いずれも特定の樹木とだけ共生関係を結ぶため栽培が難しい。

菌根菌の菌糸ネットワークでは植物同士で病害虫や病原菌の情報を交換し合っていることが分かっている。そのためか自然界では植物が全滅するような病虫害は発生しづらい。さらに花を咲かしたり、実やタネをつけるタイミングといった季節の移り変わりも共有してるようだ。

その菌糸ネットワークは3~30kmほどにも伸び、樹木では50m2を超る範囲まで形成されるという。そのため、集落全体で無農薬栽培が広がることは非常にありがたい。逆に四方をコンクリートで固められた都会の中の市民農園や農薬と肥料を用いた慣行栽培の畑に囲まれているところでは自然農は難しくなってしまう。


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