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モンスーン・サバンナ文化とスリーシスターズ


<モンスーン・サバンナ文化とスリーシスターズ>

ホモ・サピエンスが森林から旅立つと森林の周縁にはサバンナが広がっていた。地球の寒冷化にともなって森林は縮小し、代わりに広がっていたのが乾燥した大地、サバンナだった。そこにいち早く適応し、進出したのがイネ科植物で、それを追いかけるように微生物と協力関係を発達させた草食動物が進出する。イネ科はそれに対抗するかのように茎葉は岩石の主成分であるケイ素を身に纏い、種子には硬い殻でコーティングし、種子内部に豊富な栄養分と自然毒を溜め込むことにした。おかげで草食動物とはいえども、茎葉を食べつくすことはできず、種子に関しては全く食べられなかった。

しかし、ヒトだけは例外であらゆるイネ科の種子を集めて、好んで食べてしまう。それも火を使えるようになったからだ。イネ科はどれでも種子を集めて加工すれば全部ヒトの食料になる。現在でも一部の獣や昆虫で食べるものもいるが、好んで大量に食べることはない。彼らはいまだに種子の毒を十分に消化することができていない。

イネ科の食糧といえば、ムギ類、コメ、トウモロコシが有名だが、雑穀を主食としている民族や国は人口でいえば数億人いるが、発展途上国なことが多いため目立たない。しかし、雑穀といえばモンスーン地帯の農業の穀類であり、日本も少し前まで雑穀こそが主食だった。その証に今でも五穀豊穣を願う祭礼が行われている。

イネ科はヒゲ根深根型の植物で、広く深く耕す。太くて大きい単子葉の茎葉で密集し、風を和らげ、生き物たちの住処となる。枯れれば炭素分の多さから微生物や昆虫類の餌となり、豊かな土を育む。土中内からたくさんのリンやミネラルを吸い上げ、豊富な種子に変えて大地にばらまく。基本的に乾燥地が好きだが、コメなどのように湿地帯にも進出した種が多く、水質浄化の役割を担う。

世界的に農業で栽培される草本類はほぼ間違いなく一年草であるが、モンスーン気候帯では一年草は多年にわたって安定した群落が作れない洪水の後に露出した土地に一年草の大群落が自然にできる。しかし、そのままだと多年草に取って代わってしまう。つまり、ヒトは耕すことで常に一年草が育ちやすい環境を整えているのだ。

またサバンナ地帯では草原を焼いても、火に強い多年草の植物だけが生き残ってしまい、一年草の作物が栽培できない。逆に一年草の植物が消え、多年草だけの群落が生まれてしまうから、定期的に耕す必要があった。北米サバンナ原産のキクイモとアピオスは地面を焼き払うことで繁栄する。

この地域では雑草と呼ばれる植物は非常に強いので、作物のために除草する必要があった。鍬という農具は耕すためだけではなく除草の道具でもあある。条播きは機械の都合から生まれたものではなく、除草を容易にするための工夫だった。

マメ科は主根深根型の植物で、広く深く耕し、チッソ固定菌と共生し、種子に豊富なタンパク質を溜め込む。また大きな葉をたくさん出す種が多く、茎葉にも豊富なチッソ分を貯める。枯れて大地に還ることで微生物も昆虫も多く恩恵を受ける。マメ科の多くはツル性で背の高い植物に巻きついて倒してしまうこともあるが、それによってギャップが生まれて多様性が増す。

「マメを植えておけば間違いない」という格言は、常にチッソ供給をしてくれるため土が痩せる心配がないことと、荒地や天候不良でも構わず育ち、雑草に囲まれても平気だから。しかし養分過多になれば、ツルボケし実をつけなくなるし、虫にも食べられてしまう。また、基本的に水のない環境を好むが、花が咲いたタイミングで水がないと実にならない。

イネ科とマメ科は協力して、乾燥した貧弱な大地を豊かな肥沃な大地へと遷移を進めてくれる。また肥沃になりすぎた畑でも緑肥を栽培することで過多となった養分を積極的に吸い込み、それを虫たちが食べ尽くして、広範囲に分配し、栄養分の偏りを整えてくれる。

イネ科やマメ科は根から有機酸を分泌し、植物が直接吸収できない難容性のリン酸を分解して、種子を多くつけることができる。これはカヤツリグサ科、イグサ科、ウリ科、グミ科、クワ科、ヤマモモ科など貧相な土壌でよく育つ植物に共通している。これらの一般的な植物で見られるよりはるかに高い密度で根毛や側根を形成し,極めて特徴的な形状の根を「房状の根」という。この根には効率的に光合成で獲得した糖分が供給されるため、土壌微生物が高密度に密着する。

イネ科とマメ科が主食を代表的な植物であり、発酵食品の元でもあり、種子の保存が効くおかげで富ともなり文明を生み出した。エジプト・メソポタニアではコムギ、中国黄河ではダイズ、インダスではコメ、マヤ・アステカではトウモロコシ。その地域にその気候に合った種があるように、穀物植物は場所の選り好みが激しい。在来種や伝統種を尊重して栽培することは無理なく収量の維持につながる。

大地の基本であり、食文化の基本であり、文明の基本でもある。「人間がコムギを家畜化したのではなく、コムギが人間を家畜化した」とノア・ハラリが語るように、サバンナにいち早く進出した穀物たちは「貯蔵と輸送に便利な食糧」という売り文句でヒトを利用して、世界中に種子を広げ続けている。彼らが追い出された森林すらもヒトに破壊させて。ヒト同士を殺し合いをさせてまで。

この地帯ではさまざまな材料で臼と杵が開発されてきた。アジアでは杵が大型で長いものが多く、アフリカでは短いものが多いといったくらいで形にはほとんど差異がない。この二つの道具だけで様々な加工法ができ、多様な食が生まれている。粒のままだべたり、粉にして食べる。

イネ科・マメ科は乾燥地帯にも湿地帯にも、もともとたくさん野生種がいるがそれを食文化に取り入れた地域は限られている。
おそらくどちらには毒があるものが多く、毒抜きはイモよりも難しいものが多いからだろう。さらにコメやダイズでも分かるように煮るのに大量の水と時間が必要で、そのために鍋が必要。つまり土器の発明によって食用が可能になり、豊富な水が手に入る地域で食文化が発達した。代わりにヨーロッパなど水が貴重な地域では、パンなど水が少なくても食べられる料理が開発された。

また固い種子を砕くための石臼の誕生によって、加工法が増え、料理も増えた。日本でいうきな粉が良い例で、インドやネパールなどで一般的なひよこ豆などのダルは現在でもまずある程度砕いてから、水に浸し、時間をかけて煮る。

ウリ科は遅れて姿を現す。主根深根型の植物だが、種によっては側根は浅い(キュウリなど)。乾燥地に生息するウリ科は根を地下深く深くへと伸ばしていく。十分に水分を獲得できると側根を伸ばして、脇芽を多く伸ばして実をつけようとする。イネ科の草原に遅れて現れたウリ科はツルでイネ科を掴み、なぎ倒すようにして光を得る。また芽生えのときはイネ科を風除け代わりにしたことから農家の行灯という工夫には納得がいく。

四方八方に広範囲にツルを伸ばすことで、大地の乾燥を防ぎ、微生物や虫たちを強い陽射しから守る。そして水分豊富な実をつけ、獣たちの喉を潤すことで、糞と共に種子を散布してもらう。そのため、ウリ科は動物性堆肥で栽培するとよく育つが養分過多はツルボケの原因となる。種子散布に失敗しても実そのものが腐ることで、種子の栄養分となりよく育つ。そのため、動物性にしろ植物性にしろ未熟な堆肥があると喜ぶ。

サバンナ・乾燥地で生まれたウリ科は湿気が苦手なものが多く、日本で栽培するとうどん粉病などにかかりやすい。にも関わらず、実をつけるためには豊富な水分が必要とする。なので、鞍つき畝や高畝にすることで水はけを良くし根を深く伸ばす工夫をし、さらにユリ科の抗菌作用を利用したい。ネギとカンピョウの混植は日本の伝統的な農法のひとつである。またイネ科を近くに栽培しておくと、深く耕してくれて水はけが良くなり、カボチャの実がイネ科の葉のおかげで土に直接触れることを防いでくれるので、実が腐る心配が減る。

ウリ科もまた人間と共に世界中に広がったことで、多種多様な生態を持つようになった。水が豊富な地域に適応したゴーヤやトウガンがいる一方、極端に雨を嫌うメロンや砂漠出身のスイカ。カボチャに関しては高温多湿を好む日本カボチャ、冷涼乾燥を好む西洋カボチャ、姿形がユニークなペポかぼちゃなどに分かれる。キュウリは山間地出身のため、夏野菜のくせに高温が苦手。ひとつひとつの種の好みに合わせた環境を整えることを大切にしたい。

スリーシスターズはアメリカ先住民族たちの伝統的な農法だ。現地ではトウモロコシ・つるありインゲン・カボチャの組み合わせ。トウモロコシは垂直に背を高くし、それを支柱にしてインゲン豆が伸びていく。カボチャは畝の表面をカバーしてくれる。イネ科とマメ科の共生関係、イネ科とウリ科の共生関係をそれぞれの特性と才能をうまく組み合わせた例だ。これに日本伝統のユリ科の混植と、近くにマリーゴールドなどのキク科のハーブを栽培することで害虫避けと益虫寄せの効果を合わせたい。

こうしてイネ科の後にマメ科の栽培が加わり、さらにウリ科を含む果菜類が副食として開発されたことで、栄養バランスの良い食卓となり、山菜や野草を取り入れなくても雑食動物であるヒトはサバンナでも生きていけるようになったのだ。


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