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4月の生き物 ミツバチ


<4月の生き物 ミツバチ>
春が深まり、桜が満開になる頃にウズウズし始める人たちがいる。
ニホンミツバチの分峰を狙う人たちだ。

ニホンミツバチは明治以降導入されたセイヨウミツバチと違い
家畜化されておらず、野生のミツバチだ。
その野生のミツバチを自前の箱で飼う人たちが近年増えている。

ニホンミツバチはもともと木の洞と呼ばれるところに巣を作る。
この洞は大木の枝が台風などで折れたり、虫などによって食べられてできる空洞だ。

日本は度重なる戦争によって森林は伐採されてきた。
さらに戦後の拡大造林、高度経済下の建材や紙パルプの需要によって
大木と、その一歩手前の樹木たちはどんどん伐採され、
代わりにスギやヒノキ、松などが植林されてきた。

ニホンミツバチは、夏は涼しく冬は暖かい環境を好む。
つまり夏は木陰を作り、冬は太陽光が当たる広葉樹林体を好む。
日本の原風景である里山は最高の環境である。
しかし、それが失われてしまったのが現代日本の里山だとも言える。

世界重要農業遺産の一つである
和歌山県のみなべ・田辺地区の梅林のように
おそらくは日本全国の里山はニホンミツバチありきの生態系だったに違いない。
日本人とニホンミツバチの関係は今よりもずっと関係が深いものだっただろう。

昔、ニホンミツバチをこよなく愛し、何年も飼っている人に聞いた興味深い話がある。
ある日、出かけようと思って車に乗ったとき、
ニホンミツバチが車の窓になんども体当たりをしてきたのだという。
そんな体験は初めてのことであり、何か胸騒ぎがした彼は出かけるのをやめて
自身が世話をしているニホンミツバチの箱を見に行った。

するとそこには、日本ミツバチの巣を襲うスズメバチが来ていたのだと。
ニホンミツバチは天敵であるスズメバチに巣を襲われるとまさに命がけで戦う。
自身が死ぬほどの高温になるまで羽根を羽ばたかせて、撃退するのだ。
駆けつけた彼もスズメバチに刺される覚悟で、追い払ったという。

この話は、ニホンミツバチと日本人が昔から深く繋がった共生関係の生き物であることを語りかけてくれる。日本書紀にも蜂蜜の記述があることから、古くから日本人はミツバチとともに生きていたのだろう。

世界的にもミツバチを食する文化は紀元前2500年ごろには確認されている。人間にとって甘みというのは強い刺激であり、快楽のためだろう。
アインシュタインはミツバチがいなくなれば、人間は生きていけない
とい語ったという。
それほどにミツバチは人間の栽培する野菜や果樹にとって欠かせない生き物だ。約8割の植物の花の受粉に役立っているという。しかし、生きていけないというのは大袈裟だろう。ミツバチがいなくなっても代わりに受粉する昆虫は多いし、生物多様性の世界では何かしらの理由で開いた隙間は必ず誰かが埋めるのだから。

現に日本の野菜農家や果樹農家では養蜂家に依頼して、受粉を手助けしてもらおう方もいる。
ときには農家自身が畑で身をかがめたり、木に登ったりして、ミツバチのように受粉を行うこともある。

失われてしまったミツバチが当たり前にいる里山を取り戻そう。
その活動が自前の箱を作り、野生のミツバチの分峰を誘う人たちの狙いだ。

近年、樹皮を食べる鹿やクマが確認されている。
もしかしたら、彼らはミツバチのための洞作りに関与しているのかもしれない。

実際には野生のミツバチなので、分峰を誘うことも、そのあとの生育も必ずうまくいくわけではないが、
ニホンミツバチの可愛らしさとおとなしさ、そして貰える生蜂蜜と蜜蝋もあってニホンミツバチを飼う人は増え続けている。

人間が自身で受粉作業をする手間も減り、野菜か果物が増えること。
さらに他の植物たちの受粉率も高まり、里山全体が豊かになり、森林の食べ物が減って困っている獣たちも豊かになるだろう。
ミツバチにとっても単一種の蜜源植物だけでは栄養の偏りがあるため、多種多様な蜜源植物が共存する地域を好むようだ。百花蜜という名で販売されている蜜がそれである。季節に応じてさまざまな花が咲いている環境はヒトもミツバチも好むというわけだ。

ニホンミツバチが巣を作る上で都合の良い大木は簡単には蘇られない。
生態系は壊すのはあっという間だが、再生するには時間がかかる。
それまでの間、昔の里山とは少し違うがニホンミツバチと日本人の関係は再び築かれていくだろう。

ニホンミツバチは一般的に家畜ではなく「野生」と考えられている。
実際、日本の法律では野生なのでニホンミツバチを生育する場合、届け出がいらない。

しかし、家畜の常識とは違う点がある。
それは「おとなしさ」だ。
野生は凶暴で、家畜化することで「従順さ」「おとなしさ」を身につけていくというのが家畜界の定説だ。

だが、ミツバチの世界ではそれが逆なのだ。
家畜されたセイヨウミツバチは凶暴で、人間を刺すこともよくある。
しかし、ニホンミツバチは相手を刺すことは自身の死を意味するため、
刺すことは滅多になく、非常に大人しい性格をしている。

セイヨウミツバチは野生では生きていけない。
ニホンミツバチは野生でも、人間の作った箱でも生きていける。

ニホンミツバチは里山という日本人が作り出した環境で
共生関係を結んでいる仲間のようなものなのかもしれない。
家族ほど近くなく赤の他人ほど遠くない、親戚のような友人のような。
持ちつ持たれつのような、お互い様のような。
日本人らしいミツバチなのかもしれない。

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