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「ちょっと空を飛んできます」

「ちょっと空を飛んできます」

うららかな日差しのさしこむ心地よい午後の教室、授業は現代文。文豪の文章の美しさに酔いしれるまったりうたた寝ムードを台無しにしたのは、私の前の席に座る幼なじみであった。


トイレに行ってきます、とでも言うようにあたかも当然のような顔をして爆弾発言をかました彼は、フリーズした教室をさっさと出て行ってしまった。


「あ、えっ、あのちょっと、私も」


気が動転して妙な行動力を発揮した私は、立ち上がった勢いでそのまま後を追いかける。これで私も晴れて変人の仲間入りである…半分心配、半分好奇心のような心持ちで追いかける。


さて後を追いかけたはいいが彼は一体どこへ行くのだろう。迷いなく歩いていく背中を追いかけながら考える。廊下がすごく長く暗く感じる。

【廊下ハハシラナイヨウニシマショウ】

【元気ヨク挨拶ヲシマショウ】

空を飛ぶと言うのだから屋上か。いやうちの学校に屋上など存在しない。学校の屋上という青春スポットは本当に実在するのだろうか。

【ガッコウニ、マイニチ、ゲンキヨク⬜︎】

【⬜︎ニ、カンシャシマショウ】


彼は階段を降り、渡り廊下を通って別館のほうに歩いていく。音楽室とか家庭科室とか特別な教室があるところ。



彼はその中の一つの部屋に入った。


薄暗くてジメジメしてカビ臭い、物置と化した教室。

ごちゃごちゃ物が置かれた中の、壁に立てかけられた大きな絵の前に彼はいた。


吸い込まれそうな青に立ち尽くした。


「空を飛ぶ、ってこれのこと」

「いや別に教室から抜け出したかっただけだから、なんでもよかったんだ」

トイレに行きます、でもなんでも。と彼は言う。


全く、私の心配と好奇心と時間を返してほしい。


彼にあんな行動をさせたのがなんなのか、わかるようなわからないような。


少し気を抜くとふらっと向こう側に落ちて行ってしまいそうな彼を、見守っていよう。


私を拒みも受け入れもしていないような背中を見ながらそう思った。








最後まで読んでいただけたこと、本当に嬉しいです。 ありがとうございます。