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第85話・2006年 『代表は男女とも外国人監督に』 

日本にハンドボールが伝来して100年になるのを記念した1話1年、連続100日間にわたってお送りする企画も終盤です。21世紀に入っての20年間は“あすの課題”でもあります。大会の足跡やチームの栄光ストーリーは少なくなります。ご了承ください。取材と執筆は本誌編集部。
(文中敬称略。国名、機関・組織名、チーム名、会場名などは当時)

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前年の第19回世界男子選手権に4大会ぶりに出場を果たした日本男子(第84話参照)。8年間のブランクの大きさを痛感させられただけに、連続出場を至上命題に、2月、第12回アジア男子選手権(タイ・バンコク)に挑んだ。

予選リーグB組の日本は、25-28とイランを相手に黒星発進。中国には38-20と快勝して望みをつないだが、カタールに30-34と敗れてB組3位。準決勝進出を逃がし、この時点で第20回世界選手権(2007年、ドイツ)への出場権を失った。最後は5位決定戦でバーレーンを37-32で下し、最終順位は5位。

5月、イヴィツァ・リマニッチ(クロアチア・ノルウェー)が新監督に就任した。これで日本代表は男女ともに外国人監督、という時代を迎えた。

日本代表は12月のドーハ(カタール)・アジア大会に挑む。男子は1次リーグ(C組)でウズベキスタン56-30、サウジアラビア25-26、アラブ首長国連邦34-20の2勝1敗、C組2位でメインラウンドに進出。メインラウンド(B組)はクウェートに24-35のあと、韓国に引き分け(26-26)、バーレーンに勝利(25-24)と、1勝1分1敗で韓国と並んだが、得失点差で及ばずB組3位。5位決定戦でもシリアに惜敗(31-34)し、6位とアジア選手権からさらにランクを落とした。

女子は大会直前に主力選手をケガで欠き苦しい状況だったが、予選リーグB組を台湾(31-20)、タイ(40-13)に連勝。韓国には21-28で屈したものの、2位で準決勝へ。準決勝は28-32とカザフスタンに押し切られたが、3位決定戦で中国に競り勝ち(25-22)、1998年のバンコク大会以来の銅メダルを手にした。

(前年6月の)第1回アジアユース女子選手権で韓国に次いで2位となり、出場権を手にしていた第1回世界女子ユース選手権(8月、カナダ)で、日本女子ユース代表は1次リーグ(A組)でスロベニア(21-31)、フランス(20-35)とヨーロッパ勢に力負けのあと、ブラジルに29-28、チュニジアに34-22と連勝して踏みとどまったが、リーグ最終戦でルーマニアに突き放され(29-38)、A組4位。タイとの7位決定戦を46-16で制し、初の世界ユース選手権を7位で戦い終えた。

この日本女子ユース代表チームを、各カテゴリー代表チームで史上初の女性監督として繁田順子(大阪・四天王寺高監督、日本体育大学出)が采配をふるった。

前年のアジアとこの世界の両ユース選手権、そしてアジア大会でのタイ女子代表チーム監督を日本の岡本大(茨城大学卒、現・桐蔭横浜大学監督)が務めたのも注目された。08年の第2回世界女子ユース選手権(スロバキア)の日本代表の監督は繁田、コーチは岡本となる。

国内では、第31回日本リーグ男子、10月18日の豊田合成戦で、大崎電気・岩本真典が通算1000ゴールを達成。三陽商会(東京)に加入から14シーズン目での金字塔を打ち立てた。 男女を通じリーグ初。

第86回は10月17日公開です。


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