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第94話・2015年 『前代未聞のセンバツ決勝中止、両校優勝』

伝来100年を1年1話で振り返る企画も残り10話を切りました。記憶に新しい身近な話題が続きます。引き続きご愛読ください。取材と執筆は本誌編集部。(文中敬称略。国名、機関・組織名、チーム名、会場名などは当時)

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この年の3月に行なわれた第38回全国高校選抜大会の男子決勝で、前代未聞の出来事が起きた。
 
北陸高校(福井)-浦和学院高校(埼玉)の決勝戦は、立ち上がりから拮抗し、前半は13-12とわずかに北陸がリードしていたが、後半30分でどちらに転んでもおかしくはない内容だった。
 
しかし、後半開始の笛はならなかった。そして突如、高体連専門部から「試合の中止」が会場にアナウンスされたのだ。高校の大会に限らず、国内の全国規模の大会で決勝戦が試合途中で中止になったのは初めてだった。一体なにが起こったのかと状況を飲み込めない観客たち。会場は一時騒然となったが、決勝を戦った両校の選手はすぐに引き上げ、閉会式にも参加しなかった。
 
中止の発端は、決勝戦2日前の4回戦。1点差で決着がついたゲームで、敗れたチームのスコアが1点少ないという公式記録の記入ミスが見つかった。

該当チームから抗議を受けた高体連は非を認めたが、結果を覆すことなく大会を進行。連絡を受けていた主催の日本協会もそのまま大会を進めようとしていたが、決勝当日に状況を耳にした日本協会・渡邊佳英会長(当時)が「試合が成立したからといって、明らかに間違っているものを押し通すのは許されるものではない」と、該当試合のやり直しを指示したのだ。

この時、すでに男子の決勝戦が始まっていたため、ハーフタイムで中止という異例の決定につながった。
 
各チームへの確認などもあり、閉会式から約3時間後に、北陸、浦和学院の両校優勝で決着がついたものの、ともに納得した、というよりもこれ以外に選択肢がないと提案を受け入れたような形だった。決定後に両チームの選手がいっしょに円陣を組んで喜び、笑顔で写真を撮ったのが唯一の救いだった。
 
これを機に、異議申し立て方法の明文化などルールの整備、周知徹底が行なわれ、それまで国内大会ではほとんど見ることがなかったレフェリーの通信機器(インカム)の使用が一気に進むなど、大会運営方法が大きく改善され、夏のインターハイでは円滑な試合運営がなされた。
 
明るい話題もあった。7月に第20回世界男子ジュニア選手権がブラジルで開催され、日本代表(U−21)が30年ぶりに出場。18位(24チーム中)という結果だったが、未来の日本を担う若手の有力選手が貴重な経験を積んだ。
 
秋にはリオデジャネイロ(リオ)・オリンピックのアジア予選が行なわれ、男子(11月、カタール)はカタールが、女子(10月、日本・愛知)は韓国がリオ行きを決めた。
 
ロンドン・オリンピック後から監督交代を繰り返していた男子代表は、大会直前、岩本真典(大崎電気監督、当時)に指揮を託したが、5位でIHF世界最終予選(OQT)の切符もつかめずリオへの道が途絶えた。
 
栗山雅倫監督が率いた女子代表は、ノルウェーで生まれ育ち、日本国籍を持つGK亀谷さくらをサプライズ招集し、地元(愛知)で悲願のオリンピック復活を狙って予選を招致したものの、韓国の牙城は崩せず2位。夢の実現はOQTへ持ち越しとなった。
 
7月、韓国・光州市で開かれた国際大学スポーツ連盟(FISU)による第28回夏季ユニバーシアード(ワールドユニバーシティ・ゲームズ)で史上初めてハンドボールが行なわれた。日本は男女とも選手の参加資格「大会の前年に大学または大学院を卒業した者も認める」との規定を活かし「社会人選手」を主軸に据える編成で現役の大学生は男子2、女子7人となった。成績は男女とも11位(男子13ヵ国、女子12ヵ国)。
 
国内では、小学生に向けた新ルール「Jクイック」が導入された。

第95回は10月26日公開です。


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