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英語詩の言葉遊び(4):ジャバウォック退治の歌

「鏡の国のアリス」には不思議な詩が含まれています。

Jabberwocky と題された奇妙な物語詩バラード

ジャバウォックという怪物を若者が退治する様子を描いた七聯の詩。

詩の理解は難しい。作者ルイス・キャロルが独自に作り出した英語の言葉で書かれているから。

でも英語話者にはなんとなく意味が理解できる。

詩は完璧な英語の韻律において書かれているから。

単語の意味は理解できなくとも、標準英文法に基づいて書かれているので英語の詩として立派な形式を整えているという奇妙な詩であるばかりか、英文学史上、最も人気のある詩の一つなのです。

英語のノンセンス詩(言葉遊び詩)という詩のジャンルにおいては最高傑作とみなされますが、きちんと深い意味が込められているのです!

カバン語で書かれた「ジャバウォック退治の歌」

この詩を一読して、または動画を聴いて一聴で理解できるとすれば、あなたは英語の大天才でしょう(その昔、初めて読んだ時、自分にはさっぱりなんのことだかわかりませんでした笑)

あえて英語の発音をカタカナにして横に付けておきます(英語の音は日本語で正確に書き表すことは不可能なので、あくまで音の面白さを視覚化するための補助です)。

「Jabberwocky」 ジャバウォキー
’Twas brillig, and the slithy toves トゥワズ・ブリッグ、アンド・ザ・スライジー・トーヴス
Did gyre and gimble in the wabe: ディド・ガイヤ アンド ギンブル イン ザ ウェイブ:
All mimsy were the borogoves, オール ムジー ウァー ザ ロゴーヴス
And the mome raths outgrabe. アンド ザ モーム スス アウトグレイ

“Beware the Jabberwock, my son! 「ビウェア ザ ジャバウォック、マイ サン!
The jaws that bite, the claws that catch! ザ ジョーズ ザット バイト、ザクロー、ザット キャッチ
Beware the Jubjub bird, and shun ウェア ザ ジャブジャブ バード、アンド シャ
The frumious Bandersnatch!” ザ フルーミアス バンダースナッチ!」

He took his vorpal sword in hand; ヒー トゥック ヒス ヴォープル ソード イン ヒス ハンド;
Long time the manxome foe he sought— ロング タイム ザ マンクソム フォー ヒー ソート
So rested he by the Tumtum tree ソウ レステッド ヒー バイ ザ タムタム トゥリー
And stood awhile in thought. アンド ストゥッド アホワイル イン ソート

And, as in uffish thought he stood, アーンド、アズ イン アフィッシュ ソート ヒー ストゥッド
The Jabberwock, with eyes of flame, ザジャバウォック、ウィズ アイズ  オブ フレイム
Came whiffling through the tulgey wood, ケイム ウィフリング スルー ザ タルジー ウッド
And burbled as it came! アンド バーブルド アズ イット ケイ

One, two! One, two! And through and through ワン、トゥー!ワン、トゥー!アンド ルー アンド ルー
The vorpal blade went snicker-snack! ザヴォープル ブレイド ウェント スニカー・スナッ
He left it dead, and with its head ヒー フト イット デッド、アンド ウィズ イッツ ヘッ
He went galumphing back. ヒー ウェント ガランフィン バック

“And hast thou slain the Jabberwock? 「ンド ハスト ザウ スレイン ザ ジャバウォック?
Come to my arms, my beamish boy! カム トゥー マイ アーム、マイ ビーミッシュ ボーイ!
O frabjous day! Callooh! Callay!” オー フラブジャス デイ!カルー!カレイ!
He chortled in his joy. ヒー チョートルド イン ヒス ジョイ

’Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe:
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.

英語パートの作者の造語をボールドにしたので、文法的な構文が良くわかりますよね。アクセントの部分はカタカナのボールド。

個々の単語は難しいけれども、Be動詞や代名詞や前置詞などの基本語はそのまま。時制のルールなど、英文法ももちろんそのまま。

作者によって創作された言葉は

  • 名詞9個(brillig, toves, wabe, borogoves, raths, Jabberwock, Jubjub,  Bandersnatch, Tumtum

  • 動詞6個(gyre, gimble, outgrabe, burbled, galumphing, chortled

  • 形容詞10個(slithy, mimsy, mome, frumious, vorpal, manxome, uffish, tulgey, beamish, frabjous

  • 副詞1個(snicker-snack)

  • 間投詞2個InterjectionCallooh! Callay)

最後の聯は最初と同じ。この部分を除いた全六聯で143字のうち、28字がルイスの創作語。つまり創作語比率は約20%。

五つの単語中、一つだけ分からないという程度。

Whffling やFoe など、死語みたいな言葉も紛れてて、古い英語に慣れていない方にはなんとも読みにくいかもしれませんが、わたしはシェイクスピアが大好きなので、これらはおなじみな言葉です。

これくらいの知らない言葉が混じっている割合だと英文法(構文構成)をきちんと理解している英語話者ならば、大意を理解するのもそれほど難しくないわけです。

おかげで、大体の意味は分かるけど、この謎めいた詩に魅せられた読者はわからない言葉の部分も理解したくなるという仕組み。

わたしもそうでした。

そして「鏡の国のアリス」の主人公アリス(7歳半の女の子。年の離れた大きなお姉さんがいるので、同年齢の子供より世間知に富んでいる)もまたそんな一人で、物語の登場人物のハンプティ・ダンプティに詩の意味を訊ねています。

だからハンプティのおかげで、作者の意図した意味は大体わかるわけです。

第一聯

’Twas brillig, and the slithy toves 
Did gyre and gimble in the wabe: 
All mimsy were the borogoves, 
And the mome raths outgrabe. 

ここは詩の世界を描写して読者を摩訶不思議なジャバウォックの世界へ引き込む部分
「昔々あるところに」みたいな感じ
いきなり意味のわからない造語の連発で読者を謎めいた世界に引き込むのです
  • ‘Twas は It was. 省略形を用いることで音節数が減り、詩の形を整えやすくなります。

  • Brillig は Brilliantを想起させる言葉ですが、ハンプティによると午後の四時ごろ、夕飯を作る時間。Broil 肉を炙るから派生した言葉。

  • Slithy は Slimy と Lithe を組み合わせたかばん語。Slimy はスライムのヌルヌル、Litheはしなやかな柔らかな。つまりヌルヌルしてて柔らかい。

  • Tove はアナグマみたいでトカゲみたいな生き物。コルク抜きのように細いくちばしがあるらしい。

  • Gyre はDidを伴っていることと、文構造から動詞だと分かります。Gyroscope 地球儀のような回転儀という角度を図る道具がありますが、そのジャイロ。回転するという意味。発音はジャイアでもガイヤでもどちらもありですが、作品の前書きで、作者はHard Gの発音で発音して下さいと書いているので、ガイヤが作者の意図した音です。

  • Gimbleも動詞。Gimblet (Gimlet) 穴を開けるための小さな錐から派生。動詞なので、錐で突き刺されたように苦しむ、嫌な顔をするという意味

  • Wabe は芝生の敷地の日時計が行ったり来たりする場所という意味。Way before, way behind から。広場と解釈されます。

  • Mimsy はflimsy「弱々しい」とMiserable「悲惨な」のかばん語。

  • Borogove はモップのようなみすぼらしい鳥。Boroは日本語のボロを思わせる笑。要するに、見かけの良くない弱々しい鳥。

  • Mome は From HomeをH音をフランス語のように発音しないとFromomeのように聞こえて、最初の弱い音の Fro(m)がなくなった形。家に帰る、家路に着くという意味。

  • Rathも生き物。緑色の肌をした豚とハンプティはアリスに教えます。

  • Outgrabeは動詞の過去形。原型はOutgribe。豚が花をブイブイ言わせていななく様子。古英語のGrikeやShrikeが起源で、その古英語から派生したのがShriekでさらに発展してSqueakに「チューチュー、キューキュー鳴く」。これらが混ざってできた言葉のようです。

以上から和訳すると

それは夕飯前のこと (肉の炙り時)、ぬらぬらしたトーヴ(アナグマみたいな生き物)が
広場において、躰をねじらせ、うめく頃
哀れでみすぼらしい怪鳥ボロコーヴや
帰巣する緑の肌のラース(豚みたいな生き物)がいななき泣き叫ぶ頃

肉食文化では肉を焼くのが夕飯なので、Brilligで陽が傾いている夕暮れ時
夜を前にして動物たちが騒いでいる様子を描写しているのです

という感じ。不気味な世界の導入部として素晴らしいイントロ。

第二聯

“Beware the Jabberwock, my son! 
The jaws that bite, the claws that catch!
Beware the Jubjub bird, and shun
The frumious Bandersnatch!”

ここで父親らしき老人が怪物退治に向かう息子に対して警告を与えます
  • 詩の題名の怪物 Jabberwockは、Jabber「訳のわからないことをぺちゃくちゃ喋る」という言葉から。おそらく、いつも音を立ててる騒々しい生き物。すごい顎と鉤爪を備えているようなので、西洋文化の悪魔の化身である竜のような怪物。ヨーロッパには聖ジョージの龍退治という伝説がよく知られていますが、つまり本作はそれのパロディなのです。

  • Jubjubは固有名詞なので、そのまま「ジャブジャブ鳥」。

  • Frumiousは、Fuming「煙を出す」とFurious「怒り狂う」を組み合わせた言葉。怒り狂ってものすごい息を吐いているという感じ。

  • Bandersnatch もまた動物の名前。Shun「避けよ」という言葉で導かれているので、これもまた恐ろしい怪物でしょう。作者ルイスは「鏡の国のアリス」から数年後に別の傑作ノンセンス詩「スナーク狩り」を発表しますが、この詩の中に Bandersnatch は再登場。その中で詳しく容貌が明らかになりますが、ここでは触れられていないので、恐ろしい怪物のことだと理解されれば十分です。

聖ジョージのドラゴンクエスト
竜に囚われのお姫様を救う出す物語
ファミコンのドラクエも当然ながら、この物語から作られたのです
特に中世の古い竜退治の絵のドラゴン(ここに引用した絵)は
イラストを描いたテニエルのジャバウォクに酷似
テニエルはこの絵を参考にしてジャバウォックの絵を描いたのです
元ネタがこうして見つかるのは面白い

まとめると、第二聯の鉤括弧付きの会話は次のように訳せます。

「油断してはならぬぞ、息子よ!
ジャバウォックの顎は全てを砕き、鉤爪は全てを掴み取る!
ジャバジャバ鳥にも注意を怠るな
湯気を吐いて怒り狂ったバンダースナッチに関わるな!」

上のイラストの騎士は女の子みたいなのだけれども(笑)

怪物退治に向かう若者は、こうして老人に厳しく戒められて送り出されるのです。黄昏れ時の動物たちの不気味な鳴き声が遠くの森から聞こえてくる頃のこと。

第三聯

He took his vorpal sword in hand; 
Long time the manxome foe he sought— 
So rested he by the Tumtum tree 
And stood awhile in thought. 

ここで戦いに赴く息子の様子が描写されます
  • Vorpalは固有名詞かもしれませんが、Fatalと同じ意味らしく、「恐るべき、鋭い」などという刀の凄みを表す形容詞。

  • Manxome。音節はManx-omeなので、マンクスにオームを足して、カタカナで「マンクソム」でしょう。Manxにはヴァイキングで知られる英領マン島という意味もあります。詩の中の意味は作者によると Fearsome、つまり「恐るべき」という意味。英語は漢字のように、視覚的に隠された意味を伝えてくれませんが、語源を辿るといろんな深い意味を読み取ることができます。

  • Foe は標準英語ですが古風な言葉。現代英語ではもちろん Enemy 「敵」。

  • Tumtum はタムタムの木。植物の名前ですが、なんだか南洋かアフリカ奥地か、遠いどこかの異国の木を思わせる名前。

この聯をまとめて訳すと

煌めきたる剣を手に取ると
彼は恐るべき敵を長い間、探し求めたー
ゆえにタムタムの木のそばで体を休め
そしてしばしの間、物思いに耽った

こうして父親か師匠に見送られた若者は、怪物を探して旅をしたのです。

「旅をした」とは書いていませんが、Long timeと文の終わりの長棒<ー>が探索の時間を物語っています。詩を音読する上では、ここでポーズを置くのがいいかも。時間の長さが表現されないと、

何日も探し回ったでしょうか。何年もでしょうか。

そうして疲れて身をタムタムの木に委ねて休息するのです。

第四聯

And, as in uffish thought he stood, 
The Jabberwock, with eyes of flame, 
Came whiffling through the tulgey wood, 
And burbled as it came! 

  • Uffish は Huffish「無愛想」に似ている。これもフランス語流にHがなくなった言葉かも。意味は「不機嫌な」Grumpyでいいでしょう。

  • Whiffling は作者の造語ではないですが、現代ではあまり使われない言葉。辞書には「風がそよぐ、揺れる」と描いてありますが、古い俗語としては「タバコを吸う、酒を飲む」といった意味。

  • Tulgey は作者の造語。鬱蒼としているという意味。作者によるとDense, dark and thick という意味ですが、語源はなんでしょうね。

  • Burble は動詞で、Bleat「メェメェ泣く」Mur-mur「囁く音」Warble「さえずる」を組み合わせたと作者キャロルは言いますが、Bubble とBurstを組み合わせたようにも見えなくはない。ブクブクという泡が噴き出す音と鳥の囀りを合わせた音を出すみたいな感じ。

アニメでは「Tulgey」は固有名詞のような扱い
でも詩の文中では明らかに形容詞です

そして、(敵を見つけ出すことができずに)不愉快な思いに捉われてると
燃え盛る炎をたたえたような目をしたジャバウォックが
陰鬱な森の中から体を揺らしてやってきた
泡が弾けるような音を響かせながら

詩の中の言葉の多くは、OutgrabeやBurbledや後述のChortledなど
作者の造語を主にした音をあらわす言葉に溢れています
英語は日本語に比べると
オノマトペに乏しい言語なので(だから逆に音を重視した韻文が発達)
作者の作り出した言葉は音響的に優れています
視覚的な言葉よりも聴覚的な言葉が多いのがルイスキャロルの特徴
やはり作者の言葉遊びの始まりは音なのです

第五聯

One, two! One, two! And through and through
The vorpal blade went snicker-snack! 
He left it dead, and with its head 
He went galumphing back. 

  • この聯で戦闘開始!

  • Snickersnee という古英語があり、突き刺すための戦闘用の大きなナイフ。日本の武士の大小の刀の小刀か、現代のダガーのようなもの。スニッカー・スナックと二語がハイフンで繋がれて頭韻を踏んでいて、K音の反復も音的にいい。つまり特にこの言葉に特に意味はなく、オノマトペの一種。突き刺すための擬音語。

  • Galumphing もかばん語。Gallop「馬が走る音」とTriumph「勝ち誇る」が組み合わさったので、馬のようにギャロップしながら勝利を喜んでいる様子。

一の太刀、二の太刀これでどうだ、もう一撃!切り裂きまくれ!
鋭きヴォーパルの剣をズブズブズブと怪物に貫きとおした
首を落としてジャバウォックをついに死に至らしめた
彼は飛び跳ね勝ち誇って家路に着いた

完全勝利!

第六聯

“And hast thou slain the Jabberwock? 
Come to my arms, my beamish boy! 
O frabjous day! Callooh! Callay!” 
He chortled in his joy. 

  • Beamish はBeam「ビームを発する、つまり喜びの光が溢れる」という動詞を形容詞にしたもの。輝いていて喜んでる感じ。ハリーポッターのイギリス版にはBeamed「微笑んだ」が何度も出てきましたが、このBeamのキャロル流派生語です。

  • Frabjous はFabulousとFair, Joyousを引っ付けた言葉。ルイスキャロルの造語ですが、なんだか一般英語としても認知されてきているようです。映画では固有名詞扱いでした。

  • Callooh! Callay!は歓喜の掛け声。ヤッホーやフレーフレーと同意語。

  • Chortle はルイスの造語の中でも広く知られていて一般語化しています。辞書にも載っていることも。Chuckle「くすくす笑い」とSnort「鼻を鳴らして笑う」。ここから声を出して笑うという意味に。

「そうかお前がジャバウォックを倒したのか?
我が腕に飛び込め、輝かしき我が息子よ、
ああ、なんて嬉しくて素晴らしい日だ!カルー!カレー!」
老人は喜びのあまりに声を出して笑ったのだった

最後のHeは文脈的に父親の方ですね
ジャバウォックに苦しめられてきて長い間笑わなかったのでは、と思うと
最後のChortledという言葉が伝える喜びはひとしおです
この短い詩の中にこれほどのドラマが詰め込まれているのです

第七聯

’Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe:
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.

最後の聯は最初の聯の繰り返し。

締めくくりに一番最初に情景を描き出した言葉を再現することで、ジャバウォック退治の行われた世界がどんなものだったのかを再び言い表すことで、「昔々あるところでこんなことがありました」という雰囲気を醸し出すのです。

更なるうんちくですが、調べてみたところ、実はこのジャバウォックの詩はアリス出版よりも20年も前の作者が若者だった23歳の頃の1755年に書かれた作品でしたが、後年、「鏡の国のアリス」に改めて採用して、世界中に読まれるようになったのです。

当時の出版物に作者は造語の解説をつけていて、その言葉は「鏡の国のアリス」本文で語られるハンプティの言葉と微妙に異なるのが面白い。

例えば、20代の作者の解釈では、

  • Rath は豚ではなく、陸ガメ。

  • Wabe はSwab「モップで拭く」とSoak「びしょ濡れ」のかばん語。これが名詞化して、side of the hill, soaked by the rainなのだとか。

  • Borogove は絶滅したインコ

という具合に、1855年の作者の言葉と1871年の作者の解釈は異なります。

いずれにせよ、言葉から想起されるイメージが大事で、作者の解釈が絶対ではないのです。字面からこんな感じなのだろうなと読者が自由に空想を膨らませられるのがノンセンス詩の面白さです。YouTubeの解説でいろんな英語ネイティブさんがこの言葉からこんなイメージが浮かぶな、といって作者の解釈と全く別の意味を与えていたのは印象的でした。

「ジャバウォック退治の詩」の名訳

ジャバウォックの詩は19世紀後半の英国の学校で非常にもてはやされて、おかげで英国では最も知られた詩のひとつにさえなったのでした。

そして難解な言葉の数々にも関わらずというか、それゆえか、19世紀の終わりまでに、フランス語訳、ドイツ語訳、スペイン語訳などが出揃い、果てにはラテン語訳さえ複数作られたのだとか。

文法構造と単語の語源を共有するヨーロッパ言語に英語詩を訳つのは確かにそれほど難しくはないはずですが、しかし我が日本語となると、全く別のお話です。

でも「鏡の国のアリス」は二十種類を超えて日本語で出版されるほどの人気作。

わたしがここまでやってみたように、根気よく頑張れば、どんな言葉にでも訳せますが、原文は詩なので、正しい翻訳は韻文にしないといけません。

だから何十種類もの異訳がうまれたのです。

このサイトに比較分析がなされています。本当に驚くべき数のたくさんの日本語の訳があります。

原作らしさを出すには文語体が最も相応しいのですが、それぞれ味わい深い。

この訳は子供の本にふさわしい。

ジャバーウォックの歌
そはゆうとろどき ぬらやかなるトーヴたち
まんまにて ぐるてんしつつ ぎりねんす
げにも よわれなる ボロームのむれ
うなくさめくは えをなれたるラースか
             (高橋康也訳)

片仮名と平仮名の混合体

言葉の音にこだわったのはこの訳。

邪罵惑鬼(ジャバーワッキー)
ぶりりのこくに やわなめとおぶら
ずずとのさとにぞ てんぐりどるる
あはれかすけき ぼろどりみどら
もうまいらあとん あヽひゅれぶうる
             (佐藤良明訳)
*ジョン・チアーディ「ぐろき森にて ふーぶく申す」(『ユリイカ1978年12月号 特集*ルイス・キャロル』所収)より

平仮名だけ!
謎めいて呪文じみていますが、アリスの作中ではこんな謎めいた感じが素晴らしい

文語体で格調高いのはこの訳。

ジャバウォックの詩
あぶりの刻、粘滑ねばらかなるトーヴ
遥場はるばにありて回儀まわりふるま錐穿きりうがつ。
総て弱ぼらしくはボロゴーヴ、
かくて郷遠さととおしラースのうずめき叫ばん
           (シカ・マッケンジー訳)
*『Sound Design 映画を響かせる「音」のつくり方』(デイヴィッド・ゾンネンシャイン、フィルムアート社)より

詩の本質は翻訳すると失われてしまうと言われますが、わたしが試みた字余りな意訳よりも、翻訳は日本語の詩として立派に訳すのが正道です。

原詩から遠くなってしまいますが、翻訳は解釈。

ヨーロッパ語の英語と、アジア太平洋語の日本語という言語の違いの隔たりの大きさに愕然とするほかないのです。

ティム・バートンの映画 「Alice in Wonderland」

2010年にルイスキャロルの原作を元にして、成人したアリスが「不思議の国」へと再び訪れる、という映画が製作されました。

原作と同じ登場人物たちが登場するのですが、それぞれに独自の解釈が与えられていて、ハートの女王役のヘレナ・ボナム・カーター、帽子屋役のジョニー・デップなどと、名優たちの名演技が見ものです。

気の狂った帽子屋に大きな役割が与えられていて、この点が趣が違いますが、暴君のハートの女王の支配から不思議の国を取り戻すという内容で、女王は怪物ジャバウォックを飼いならしているという設定。

映画の中でジャバウォックを倒す役割は、詩の中の少年ではなく、大人になったアリスなのです(自由な解釈ですが、原作へとリスペクトの上で作られていて、見事な二次創作だと思います)。

アリスは女性なので、詩との整合性が少しおかしいのですが。

しかし初版のイラストを担当したテニエルの描いたジャバウォック退治の騎士は、長髪で胸に膨らみがあり(それともお腹がへこんであばら骨が強調されたのでしょうか)、体も丸くて女性的でスカートを履いている。

アリスを主人公に置き換えた想像図でしょうか。

この人物は明らかに子供だし。

映画の中の恐ろしいジャバウォック!

ジョニー・デップのジャバウォキー朗読

ジャバウォックの詩を朗読するデップはまことに素晴らしい。

デップはこの役作りのために、わざわざスコットランド英語のアクセント(グラスゴー風)を学んで、準主役の帽子屋の役に臨んだのでした。

この朗読は完璧なスコットランド式で朗読しています。

  • Wabe を「ウェェブ」

  • Outgrabe を「アウトグレェェブ」

と母音をやたら伸ばして方言を表現(笑)。

Galumphing Backを「ゴロンフィン バァック」(笑)。

ジョニー・デップは、元妻との裁判事件で大事なキャリアを10年近く棒に振りましたが、わたしは彼が映画で名演技を披露してくれるかぎり、彼の私生活に興味はないので、ぜひともまた映画活動を再開してほしいと願っています。

でもさらに素晴らしい朗読をYouTubeで見つけました。

クリストファー・リーのジャバウォキー朗読

名優クリストファー・リー(「ロード・オブ・ザ・リング」の白の魔術師サルマン、「スターウォーズ」のドゥークー伯爵など)による老獪な朗読!

聞き惚れてしまいます。

88歳の頃の記録。2015年に93歳の長寿を全うしましたが、この朗読は1922年生まれの彼が2010年に行ったもの。

もちろんバートン監督の映画のプロモーションとして読んだもの。彼は実はジャバウォックの役として、アリスとの戦闘中にセリフをほんの少しだけ喋っています。

さてくだんの朗読ですが、名悪役の声による最高の名演技!

英語のバラード詩とは、こんな風に読まれるべきなのです。

デップと違って、彼の英語は完璧なイギリス英語!

今回、ジャバウォックのことを書いていて、この朗読に出会えたことが最大の収穫でした。

何度聞いても素晴らしいと思います。声の中にドラマがあるのです!

いつの日か、彼のように朗読できるようになりたいですね。

暗記するにふさわしい、ユーモアいっぱいで、それでいて格調高い、英語の、英語による、英語のための名詩なのでした。


参考文献:


ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。