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「わかりやすさとはなにか」:わかりやすさの正体

▶「わかる」とどう違う?

まず「わかりやすい」とは、「わかる」と違うだろう。
わかるとは「理解する」ということだが、それは受け取る側の問題だ。
例えばわかりやすい文章を書いたとしても、それを読んだ人が本当にわかる=理解するかどうかまで責任を負う必要はない。
それは「逃げ」というより、守備範囲の問題だ。
これがもし「理解させる」ことを仕事としている例えば塾講師のような人なら「わかりやすい受業」ではなく「わかる受業」をする必要がある。

▶理解させるなんて無理

しかし文章はそこまで求められない。
というか、それは越権行為だ。
その文章を読んで、どう感じるか、つまり「思考」は読み手の自由である。
自由どころか権利だ。
何人とたりとも、侵されてはらない基本的人権である。
それをしようとしたのが、戦前戦中のナチスドイツのプロパガンダや日本帝国の教育勅語だ。そうした行為が、どんな悲劇を生み出したのかは、誰もが知っている事実だろう。
だから、読み手を「わからせる」なんていうのことはおこがましいし、やろうとしてはいけないし、できるわけがない。

▶わかりそう、と思ってもらえればヨシ

では、文章における「わかりやすさ」とは、どんなことか。
率直に考えれば「理解の手助けになる」ということだろう。
例えば、三段論法だ。

A「動物は生物だ」
B「犬は動物だ」
だから
C「犬は生物だ」

わかりにくい文章は、「動物は生物だ」だから「犬は生物だ」となってしまう。
途中の「犬は動物だ」が抜けてしまうのだ。
もちろん、犬が動物であることは、現代教育を受けた多くの人にとってほとんど自明の理であるから、この例はまりにも安直すぎるのであるが、
つまるところ、この例で言いたいのは「論理の筋道が寸断されるとわかりにくくなる」ということである。

一方、わかりやすい文章は、「動物は生き物だ、犬は動物だ、だったら犬も生き物だよね」と、A→B→Cと、論理の筋道がつながっている。
つまり、途中で理解の邪魔をされないのである。

本当にそうかな?と疑問に思うのは自由。
回り道するのは自由。
だけど道はある。

実際の道をイメージしてみよう。
ある人が、一生懸命山を切り開いて、頂上に続く1本の登山道を作ったとししよう。
岩でゴツゴツして、ところどころ根がむき出しになり、アップダウンもあったりして、決して平坦ではないけれど、確実に頂上へと続いている。
しかし、そこをどう進むかどうかは歩く人の自由だ。
歩くのが速いひともいれば、遅い人もいる。
まっすぐ行く人もいれば、寄り道しながら行く人もいる。
休み休み行く人もいれば、引き返す人もいる。
あるいは、足が悪い、目が見えないなどの理由で、人の助けを借りないと進めないかもしれない。
進むこと自体を辞めてしまう人もいる。
だけど、道はそこにある。
そういう状態が、「わかりやすさ」ということではないだろうか。
歩きやすければ歩きやすいほど、より「わかりやすい」といえる。

▶わかりやす過ぎるのも問題だ

では、道は平坦であればあるほど歩きやすいのか。障害物がなければないほど歩きやすいのか。確かに歩きやすいのかもしれないが、山を登る醍醐味は失せてしまう。エスカレーターで頂上に直結では、それは登山とはいえない。

同じように、「わかりやす過ぎる」文章は、いかがなものかと思う。

例えば新聞記事は、わかりやすさを追求した文章の最たる例だと思うが、「文章を味わう」という点ではかなり劣る。なぜなら、論理の筋道を整えるために、道幅、道路の材料、標識、信号などのインフラが全て統一されているからだ。目的地は違うけれど、途中の景色や歩き心地はあまり違いがない。そうでないと新聞としては困る。記事によって文体や用語、一般事象に対するスタンスが違っていては、わかりづらくてしょうがないからだ。

一方、雑誌の記事や書籍は、新聞のように「事実」を知ることだけが目的ではない。「読む」という行為そのものを楽しむことも、一つの目的であろう。それは登山と同じである。登山は、途中の景色を楽しみながら、ときには辛いを思いをしながらも、ようやく頂上にたどり着くことで、その喜びは倍増する。

だから、わかりやすければ、よいというものではない。

例えば哲学書なら、それなりに難しさがないと読んだ気にならないだろうし、恋愛小説はまどろっこしさが無ければ恋愛の本質は表現できない。社会に警鐘を鳴らすようなルポルタージュなら、「え、これはどういうことなんだ?」と、あえて難問を突きつけて考えさせることも重要だろう。

しかし、道は寸断されていない。
険しくはあるけれど、地道に歩いていけば、いつかゴールにたどり着ける。
そんな安心感こそが、本当の「わかりやすさ」なのではないだろうか。

(つづく)


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