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【小説】ラヴァーズロック2世 #42「ホスピタル」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


ホスピタル


平凡な日。報道番組をにぎわすような目立ったニュースもなく、あわただしい朝から、全てが静止する平日の午後へと時間はゆっくりと流れていった。

ストライプさんからメモをもらったあの日から、半年以上は経ったろうか。その時から、ロックは女たちと一度も会っていなかった。不思議とそんな気分になれなかったのだ。

2階からウェス・モンゴメリーのくぐもったギターが微かに聞こえてくる。続いて人の気配。トイレの水が流れる音に続いて、ドアがバタンと閉まる。それらの音は全て頼りないほどに小さく、腿裏の皮膚がソファを擦る音に簡単に負けてしまう。

家には自分ひとりしかいないはずなのに……でも、その気配を不思議に思えるような、まともな感覚もどうやらないみたいだ。

背中を押すようなきっかけもなく、かれは決心する。そう、〈退屈〉以上に若者に決断を即すものが他にあるだろうか。

あんなに拒絶していたにもかかわらず、かれはあっさりと受け入れてしまったのだ。そう、ホスピタルに行こうと思えば行けるという思いが、心の片隅に常にあったといえばあった。それがいずれ自分でも抱えきれないほどの大きさに成長し、結局は後悔に変態するだろうことを、ロックは心の奥底で悟ったのかもしれない。

普通に会いに行くなんて、何だか当たり前すぎる。それにしても、つくづく自分の一貫性のなさに笑いがこみ上げてくる。



田園の中の敷地につながる長い連絡道路は舗装されたばかりで、真っ黒なアスファルトが食欲をそそられるくらいに美しい。

田んぼの水は生ぬるく、ビーズのように輝くカエルの卵が浮かんでいて、その遥か上空を銀色の戦闘機がジェット音を降りそそぎながら通り過ぎていった。

畔には芽吹いたばかりの柔らかな雑草が点々としていて、その青い匂いは鼻孔の奥にまで入り込み、冬の緊張から緩み切っていない若い身体を苦しめる。

陽が傾く前に、ロックは目的地の前に立つことができた。

巨大なホスピタルは広い田園のど真ん中に建っていて、駐車場には数台の車がまばらに停められていた。

診察時間はとうに終了し、広い玄関ロビーは閑散としている。

正面の総合受付に、女がひとり座っていることに気づく。女は笑顔でこちらを見ていた。

ロックはためらわずカウンターへ向かって歩き出した。

スニーカーが光沢の良い床の上でキュッキュッと鳴る。待合椅子で寝転んでいる太った男が大きないびきをかいている。

「L/R 2.0様ですね、お待ちしておりました」

女の口から出た予想外の言葉に、かれは驚き、顔を赤らめた。

女は病室の部屋番号が書かれたメモをロックにわたすと、早く行ってあげてください、といって微笑んだ。

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