見出し画像

クリエイティブ業界において「浪費」は何を指すのか。

こんにちは、LOUPE編集部の甲斐です。

「デザイナーの頭をのぞく虫眼鏡」LOUPE は SUPER SUPER で普段関わってくれている様々なつくり手が日頃から何を考えているのかを深堀りたいと思い発足したメディアです。

クリエイティブ業界の人にとっての「浪費」とは何なのか
まずはこの企画を考えるきっかけになった実体験からお伝えしたい。

フリーランス時代に先輩デザイナーから「デザイナーはどんなことも大体経費になるから覚えておきな」と教えてもらった。今思えばただの節税テクニックだったのかもしれないが、その時の感じ方は違った。

生きている時間すべてが刺激になる。意味のないこと、無駄に見えることも実はデザイナーの脳を刺激しているのかもしれない。

そう教えてもらえた気がして、デザイナーって最強の職種だなって思ったことを覚えている。そしてその時の感覚はやはり間違っていないのでは、という仮説を検証するために今回の企画を考えた。

本気で1万円を浪費してもらう


1万円の浪費がクリエイターにどのような影響を与えるのか、クリエイターはどんな刺激を求めているのか。クリエイティブ業界で生きる人たちが考える「1万円の使い道」がどうなるのかを甲斐は知りたい。

第一弾として、大学時代からの友人でもあるビデオディレクターの笠井嶺氏に1万円の使い道を考えてもらった。

画像20

笠井 嶺 (Rei Kasai)
Video Director
1989年生まれ。多摩美術大学卒業後、都内の制作会社に入社。
5年間の勤務の後、現在はフリーランスとして映像制作をメインに活動。
https://reikasai.studio.site/


画像21

企画の朝


甲斐:
本日は朝早くからありがとうございます。今日がどんな一日になるかと楽しみにしています。
── 早速ですが1万円は何に使うか決まりましたか?

笠井:
おはようございます、少し考えてきましたよ。
僕の普段の業務は、主にデジタルカメラを使って撮影したデータを基に写真や映像を制作するという形になるのですが、世の中には今もまだデジタルカメラではなくフィルムカメラを仕事に使っている映像作家や監督さんが多くいるんですよ。

でもどう考えてもそれ大変じゃない?って思ってまして。フィルムってすごくお金もかかるし、撮った画像の管理もすごく大変で。どう考えてもデジタルの方が便利だし、撮影後でも綺麗に編集出来るし、仕事をする上で失敗も少ないのに、なんでまだフィルムなんてメディアが残っているのか不思議でしょうがない。

きっと何か良い部分はあるんだろうとは思っているんですが、よほどこだわりが強い作家が使っているだけで、自分はまだそこまでの域に達していないだろうと距離を置いていたんです。でも最近なんですかね、フォトグラファーや映像作家がフィルムカメラを撮影現場に持ち込んでいるのを見る機会が多くなってきて、自分の近くにもその謎のメディアが侵食してきたなって感じがして、そんなに良いものなのかな...ってちょっと興味を持ち始めてしまって。ミーハーですね。

例えば、お世話になっているフォトグラファーの星川洋嗣さんは、撮影現場ではデジタルカメラを回しつつ、合間合間に小さなフィルムカメラを使ってモデルさんやスタッフのオフショットを撮ったりしていたんですよ。

それ以外にも、動画撮影として協力させてもらった日本花き振興協議会さんの動画で、スタッフの方がこっそり8mmフィルムカメラを回していて、それがポイントポイントで最終成果物にも使われていたり

デジタルデータをフィルムライクに加工する手法は結構前から流行ってるけど、本物のフィルムの画はなんとも言えない味があって、たしかにこれはデジタルでは出せないかもって思ってしまったんです。

とはいえ、やっぱりフィルムって難しそうだし、ランニングコストかかるし、きっかけがないとなかなか手を出しづらいなと思ってたんですよ。
でも今回1万円もらえるならやってみようかなと。業務で使える表現手段の一つになるかどうかというのは置いといて、好奇心を満たすために。

甲斐:
お、フィルムカメラですか、素敵ですね。
デジタルとアナログにどんな違いがあるのか興味がわきます。
── 具体的には1万円で何を用意しましょう?

笠井:
実はお話をいただいてから、写真用のカメラ本体とレンズは自分で買ってしまいました。カメラは ASAHI PENTAX SP 、レンズも同時期のものをいくつか用意しました。どれも中古で安く手に入ったし、最悪飽きてもフリマアプリなどを使って手放せるかなと(笑)

今回はこれらに使うフィルムを1万円分買っていただこうと思います。1万円で買った大量のフィルムを1日で贅沢に使って、まずは遊びながら対象のことを知ろうって魂胆です。

ちなみに、本体は本当にタダみたいな価格で手に入るので、今回同じカメラがもう1台手元にあります。甲斐くんにも撮ってもらおうと思うんだけどどうかな?

甲斐:
わ、、わかりました。甲斐もチャレンジしたいと思います。

画像17

フィルムを買うために「北村写真機店」へ


さっそくフィルムを買うために訪れたのは新宿駅にある「北村写真機店」。フィルムによって色味などの写りに大きな違いがでることを店員さんに教えてもらい、悩みながらフィルムを7本購入した。

画像17

・FUJIFILM SUPERIA PREMIUM 400
・Kodak PORTRA 400
・ILFORD XP2 SUPER 400
・Kodak UltraMAX 400
・LomoChrome Purple XR 100 35mm Film
・VIBE photo 400
・LomoChrome Metropolis 35mm Film

いずれも1000円〜2000円程度。店内でフィルムの装着方法をレクチャーしてもらい、さっそくスナップに出発。

画像2

ここからは東京の各地を移動しながら実際に笠井氏が撮影した写真をみてもらいたい。

まずは新宿の街を散策する


慣れないカメラを持ちアルタ前や思い出横丁、歌舞伎町を撮影。代々木にオフィスもあるので見慣れた街だと思っていたが、笠井氏の切り取る風景からみえる人の仕草や喧騒のコントラストに新鮮な面白さを感じた。

画像17

画像4

画像5

使用フィルム
・FUJIFILM SUPERIA PREMIUM 400

昼食を食べながら振り返る


甲斐:
普段見慣れた街も改めて散策すると面白いですね。
── フィルムカメラを実際に触ってみて、どうでしたか?

笠井:
正直第一印象は「とにかく不便」。最近のデジタルカメラの便利さに慣れすぎていて、操作のストレスがすごい。モニターもないから、ちょっと見下ろしたアングルは背伸びしないといけないし、見上げたアングルなんて地面に這いつくばらないといけなくって、いかに自分が普段機材に助けられているかを感じたね。露出計も一応ついているけど、ちゃんと撮れているかはちょっとわからないですね...。

でもなんか、「不便」だけど「楽しい」かな。

普段仕事でカメラを使っている時は、なるべく無駄な労力や不確定要素を省いて「失敗」を避けようとするんですよね。もちろんどんな画が撮れたかの確認もクライアントにしてもらうし。

それに対してフィルムカメラって、ただこの鉄の箱を信じて、撮れていることを祈るのみっていうギャップがなんか気持ちいい。カメラをお金を稼ぐための仕事道具としてだけではなく、違った意識で扱えられてる気がする。

── 失敗してもいい状況が逆に良いのでしょうか?

いや、失敗はしたくない。なぜなら1枚1枚にお金がかかっているから(笑)でもまだまだ操作が間に合わなくて、絞りを決めて、シャッタースピードを決めて、露出を調整して、フォーカス合わせて、そうやってモタモタしているうちに結局撮りたいものを逃してしまったり、、機械が手伝ってくれない分、自分がレベルアップしないと上手く撮れない難しさがある。

最近は本当に撮影機材や編集ソフトの高機能化が進んでて、カメラを回してると、自分の役目は生体三脚、というかシャッターボタンを押すだけの存在になっている気がしていて。押せばあとは構図も色味も機械が綺麗に補正してくれて、そこに人間の必要性がだんだんなくなっているように感じてまして。

だから今五感と全身使って、汗をかきながら、それでもうまく撮れているかわからないから必死に祈っているこの状況が結構楽しい。撮るという行為がとても主体的でフィジカルに感じられる。

画像17

銀座に移動


新宿とは建物も道も人の雰囲気も違う。歌舞伎座のある東銀座からゆっくりとスナップを撮りながら移動し日比谷を訪れる。「建物がかっこいいから」と黒白フィルムをセットする笠井氏、映像撮影では全く経験のない黒白撮影を楽しむ。長い散歩は気がつけば東京駅のある丸の内まで続いた。

画像7

画像8

画像9

画像17

使用フィルム
・Kodak PORTRA 400
・ILFORD XP2 SUPER 400
・LomoChrome Purple XR 100 35mm Film

上野に移動


タクシーで移動し訪れたのは上野のアメヤ横丁。ディープな世界、独特な匂い。店先で始まる宴会や地下に広がるマーケットはある意味、東京の古き良き姿なのかもしれない。そんな空気感を笠井氏の写真でも感じてほしい。

画像15

画像16

画像17

使用フィルム
・VIBE photo 400

一日の終わり


フィルムを現像に出し、後日改めて印刷した写真を見ながら振り返ることを約束し、笠井氏と解散した。

画像18


現像が終わり印刷した写真を見ながら振り返る


甲斐:
先日はお疲れさまでした。丸一日かけてあんなに東京を回ったのは久々でしたね(笑)
── フィルムカメラでの1Dayスナップ、どうでした?

笠井:
すごく面白かったです。最近はあまり仕事以外でカメラを使って写真を撮っていなかったので、光がきれいな場所を探したり、なにか面白い景色があるかもとウロウロ寄り道するようなことをしていなかった。今はデジタルカメラを使う人がそこらへんにものすごくたくさんいて、スマホのカメラでも補正ソフトが優秀だから誰でもある程度綺麗に撮れる。たぶん、何を撮ってもきっと誰かがもう撮った、見たことあるような写真になるんだろうなと思って、あまりやる気が出なかったんですよね。

その点、フィルムは撮って出しの補正なしだから、構図もタイミングもシビアで、そこに込めた自分の思惑が反映されてるのがすごく分かる。だから面白かった。

画像19

甲斐:
デジタルと大きく違う点ですね。せっかく写真も手元にあるので、
── その違いから実際に撮れた写真はどう変わるのかを教えて下さい。

シャッターを押すのに覚悟が必要


笠井:
パッとすぐ出すのは難しいけど、さっき言ったとおり、デジタルは補正、つまり後でデータを編集できるから、ついそれに甘えてしまう。それに対してフィルムは撮影者の思惑がすぐ分かるし、失敗したらそれもすぐ分かる。だからシャッターを押すのに覚悟が必要だし、一球入魂というか、1ショットに全力で臨まないといけない。もちろんお金もかかっているし。

例えばこの写真。これは結構粘って、歩行者の数や位置のリズムがちょうどよくなるタイミングを待った写真。デジタルで同じ意図を実現しようと思ったら、同じ位置で適当に10枚くらい連射して、歩行者の位置なんかを編集ソフトで調整してると思う。そういう気持ちだと緊張ある写真は撮れないですね。

画像17

使用フィルム
・ILFORD XP2 SUPER 400

── 印刷するまで見れなかった写真たちを見て感じることを教えて下さい。

何に興味をもっているのかを可視化するツール


笠井:
プロダクトデザイン学科卒業だからか、工業製品や鉄とかコンクリートの建物が多い。自分の好みを再認識できるのは面白いね。自分が何に興味をもっているのかを可視化するツールというか、一枚一枚が貴重な分、自分を客観視する機能がデジタルカメラより高いかもしれない。

自分が何にファインダーを向けて、何にシャッターを切るかで、自分の好きなものや普段考えていること、自分のセンス、自分の心の琴線に触れた部分を知るのはとても大切だと思う。

画像17

使用フィルム
・LomoChrome Purple XR 100 35mm Film

── なぜ笠井さんの周りにいる方がフィルムカメラを持ち歩くのか、見えてきましたか?

笠井:
なんとなくわかった気がする。すごく乱暴に言うと、「いいね!(I like it)」なのかな。

誰か人を撮るのは「俺は君が素敵だと思うよ」
撮影現場のオフショットを撮るのは「良い仕事が出来て嬉しい」

フィルム使う人はそんなようなことを思っていて、それを表明するための手段として、手間を掛けて身銭を切って覚悟を決めて、自分の気持ちが誠実だと人に伝えるっていう、そんなラブレターに近いような存在なのかもって思う。

──「浪費」がお題でしたが、笠井さんにとって浪費とは?

「人が何かを感じるためにすること」


笠井:
「人が何かを感じるためにすること」全般を指すんじゃないかな。物質的な見返りとか何かに役立つ知識を得るためじゃなくて、何のためになるかわからないけど何かを感じたいという欲求はおそらく誰しもあって、それを実現するのが浪費。

変な話、僕はクリエイターって立派な人物じゃなくてもいいと思ってるんですよ。ギャンブル中毒で借金が1000万円ありますとか、浮気癖がひどくて八股してますとか。そういう状況下にいて、いろいろ悩んだり考えたり人にしか生み出せない世界観や物語があって、その作品を見た誰かの価値観を揺さぶる事って大いにあると思うので。

そういう立派じゃない人たちの行動原理には「打算」があったわけではなく「衝動」で動いているはずで、その衝動の根本って言い換えれば「熱」とか「スリル」とか、とにかく「何かを感じる」ってことだし、その衝動の在り様は必ずアウトプットに出てくると思うので、それを自覚できたなら、どうすれば良いのかわからなくなった時にそれをとことんやってみてもいいかも。

カメラを使って何かを撮るのってすごく分かりやすくて、、まさに何かを感じたときに人はシャッターをきるので、自分が何を感じているかを自身に問いかけながらできる行為だと思うんです。

──フィルムカメラはまさに浪費にうってつけですね。

笠井:
アウトプットが写真や映像じゃないクリエイターにも是非やってもらえたらと思います。家でも都市でも自然の中でも、自分が何かを感じるまで探し歩いて、その瞬間に立ち会ったときに体が動くって重要なスキルだと思う。
もはや上手く撮れているかとかはどうでもいいので。

── 笠井さんは今後もフィルムカメラを続けたいですか?

絶対続けますね。今はデジタルよりやる気がでてる(笑)
今回写真があがってきて思ったけど、思った以上に良く撮れてるんですよね。スタジオ組んでプロダクト撮影なんかもしてみたい。デジタルはアウトプットイメージが想像できちゃうけど、フィルムは予想を超えるものを出してくれそうで期待してしまう。そうなると中判カメラも買わなきゃかな。

ともかく、なにより自分がもともとカメラを好きでこの仕事をしていたことを思い出せたし、今後もフィルムを使ってなにか撮り続けたいと思います。

甲斐:
ありがとうございました。笠井さんの作品の可能性を広げる良いきっかけになれたようでよかったです。また新作が撮れたら見せてくださいね。

企画を終えて


今回は実際に甲斐もフィルムカメラを持たせてもらい一日を過ごしてみたが、笠井氏の「フィルムカメラは自分が何に興味をもっているかを可視化するツール」という言葉には共感しました。街を歩きながら興味を惹かれるものを探す体験はたまにするが、それらを改めて見比べたり分析できる点はフィルムカメラの面白い部分だと知れました。

自分に「浪費」という自由行動をさせることで、自分自身の意思を見つめ直すことができた笠井氏の1万円の使い方は、日々ものをつくり出している人たちにとっても真似したくなるものだったのではないでしょうか。

この企画では今後も様々なクリエイターの「浪費」に同行していきたいと思います。

追記

今回紹介しきれなかった笠井氏の写真はオフィシャルサイトからご覧いただけます。
ぜひこちらもチェックしてください。


画像19

INTERVIEW, TEXT:KENT KAI(SUPER SUPER Inc.)
ARTICLE PHOTO:SAE OSAWA(SUPER SUPER Inc.)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?