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小説:「迫りあがり東京」(先行公開版)

 バーチャル観光案内「Uprising TOKYO」へようこそ。
 明治に江戸から生まれ変わった東京は、以降大正、昭和、平成、令和と四つの時代、四度の災難に遭いながらも、その度に新しく生まれ変わり続けて今日に至ります。この動画では、そんな二〇二〇年の東京の観光名所をご案内します。
 東京府の中心、東京市は、積層構造をもつ世界唯一の超都市として、広く世界に知られています。東京市は、立方構造をもつ世界唯一の超都市、北京とともに、アジア地域の経済・文化の中核を担っています。

 東京市の発展の歴史と都市構造についてご紹介します。
 東京市は、大きく分けて三層から構成されます。
 最上層となる第一新東京市は、大正関東大震災で甚大な被害を被った旧東京市の復興によって形成された都市です。明治から大正にかけての建築物は、そのほとんどが煉瓦造りの建物ばかりであり、地震に弱いという短所がありました。その象徴として語られるのが、「浅草十二階」として市民に親しまれていた凌雲閣の倒壊です。ご覧の通り、震災によって凌雲閣は八階部分から上の構造物を失い、途中からぼっきりと折れてしまうかたちで全壊しました。明治のわが国は、西洋の先進的な技術を取り込もうとするあまり伝統的な禅の精神を喪い、「柔よく剛を制す」という茶道の極意すら忘れてしまったのです。
 この反省を活かし、第一新東京市は茶室を最小構成単位とする人工都市として設計されました。この最小単位である茶室を基本単位茶室といい、基本単位茶室を複数組み合わせることで、建物の堅牢性を維持したまま、幅広い用途の建物の建設が可能になりました。これは当時味覚の研究を行っていた研究者が、甘みの研究で扱っていた蜂の巣の構造からヒントを得たものでした。工学的に堅牢で、文化的にも堅実な茶室構造は、西洋技術と東洋精神の折衷として国内外で高く評価されました。当時のフランス政府特使団の調査報告書にある「日本人の住居は兎小屋のようだ」という文言は、茶室構造への高い評価の同時代における証言として今日でも広く知られています。また、古来よりシルクロードの末端として異文化を吸収するに留まっていた日本の文化が、はじめて他の文化へ影響を与えた実例として、人工茶室都市である第一新東京市は文化史的にも重要な都市として位置づけられています。
 この第一新東京市は、のちの東京大空襲で甚大な被害を受けたものの、日本人の心の都、わが国の文化を象徴する都市として国の景観保護区に指定されています。そのため、二〇二〇年の今日でも、戦前からの由緒正しい基本単位茶室や、戦中の零式国民茶室、終戦直後の府営集団茶室など、わが国の歩んだ歴史を反映した貴重な茶室群が当時のままの姿で保存・公開されています。
 中間層となる第二新東京市は、戦後の経済成長による旧市街の過密化問題の解決のために建設された都市です。
 第一新東京市を構成する基本単位茶室は、そのすべてが可燃性素材からつくられており、火災に弱いことが指摘されていました。東京大空襲によって市街地の九十七%を焼失した東京市は、戦前同様の茶室構造都市を復興させながらも、次世代の設計思想・建築素材を求めていました。この問題を解決するべく、伝統的な禅の精神にのっとって選定されたのが、強化セラミック素材、すなわち瀬戸物でした。
 「土さえあれば国が立つ」とも言われた技術革新によって、東京市の発展は新たな段階に至りました。第二新東京市は、地中で周囲の土から建物をつくり、上へと伸ばしていくかたちで建設されたのです。第二新東京市の発展を早回しで見てみると、いまご覧いただいているように、第一新東京市をそのままそっくり押し上げるかたちで、地面から第二新東京市が生えてきたかのように見えます。この建築思想は歌舞伎の「セリ」にヒントを得たものであり、今日でも、第二新東京市は年に十二階ずつ成長を続けています。
 また、第二新東京市の外壁には漆が塗られていて、風雨や日光、空気による劣化の影響を完全に防いでいます。一方で、平成のはじめごろからは黒い漆の色が災いして、第二新東京市の高温問題が発生しました。現在では、全東京市の小学生が栽培する遺伝子組み換え朝顔「江戸の華」を第二新東京市の側面に設置し、夏場の強烈な日差しを遮断するとともに、視覚的にも涼しい光景を第二新東京市民に提供しています。
 しかしながら、天井の見えない経済発展の結果、第二新東京市の地下には広大な空間が生じ、地盤の崩壊が懸念されました。
 この第二新東京市の生んだ地下空間を利用する形で建設されたのが、第三新東京市です。
 第三新東京市も第二新東京市とおなじ強化セラミック製の都市ですが、第一新東京市とおなじ茶室構造に立ち返った点が第二新東京市とはことなります。
 第二新東京市では、都市の成長速度と引き換えに、画一的な都市建設が行われました。その結果、多様性が失われ、観光都市としての魅力を減じる結果となりました。これとあわせて問題になったのが、二〇二〇年の東京オリンピックの開催場所についてでした。過密化の極限にある第一新東京市、酷暑が懸念される第二新東京市での開催は非常に困難であり、東京市の地盤改良も兼ねる形で、第三の地下新都市の建設がはじめられたのでした。
 第三新東京市の建設にあたっては、多様性を重視したダイバーシティ構想、安全性を重視したセーフシティ構想、高度情報化社会に対応したスマートシティ構想のすべてに合致する都市設計が求められました。
 第三新東京市の建設においては、茶室思想の柔軟な応用が行われ、建築だけでなく、茶道にも偉大な革新が起こりました。東京オリンピックのメインスタジアムである国立競技場は世界最大の茶室として知られるほか、開放的なオープン茶室、AI制御によるスマート茶室など、先進的な技術・思想を取り込んだ、多様性に富む最先端の茶室群が建設されています。また、時間や場所に寄らずどこでも茶室を楽しめるようなVR茶室技術の発展にも期待が寄せられています。

 第一新東京市では、奥ゆかしき東京を。
 第二新東京市では、奥深き東京を。
 第三新東京市では、底知れぬ東京を。

 バーチャル観光案内「Uprising TOKYO」をご視聴いただきありがとうございました。
 おもてなしの精神とともに、みなさまのお越しをお待ちしております。



 本作は2019年末のコミケで頒布する東北大SF・推理研機関誌『九龍』第3号に収録予定のSF短篇「迫りあがり東京」の先行公開版。
 『九龍』第3号では、本作の改稿版のほか、創作をもう1編、中国SFの翻訳を1編掲載する予定。

(壁石九龍) #SF #小説

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