南相馬市小高の「暫」

Sさんの言葉が、印象的であった。

東日本大震災直後から5年間、老夫婦で避難生活を行っていたSさんが、ようやく故郷に帰還できる避難解除の日の数週間前に聞いた言葉。

「その日の午前0時に、境界線のラインを踏み超えたい。帰還するんだ。」

不遜ながらも、この思いは純度何%なのだろうかと、僕のあたまと気持ちをかすめた。

たしかに、震災直後は悲惨で大変であった。多くの人が亡くなった。住む場所が不確定であった。ライフライン・物資が不足した。未知の体験もあった。一方で、その後の、過剰とも思える至れり尽くせりを見聞きすると、そんな思いが一瞬浮かんでしまった。

故郷への帰還ができるようになってからは、本当の意味での復興のプロジェクトが、行政主体、民間主体、そこここにはじまった。その一部に、Sさんの集落の集会所の改修プロジェクトもあった。

その改修プロジェクトのために、建築士さんと一緒にSさんの集落の集会所に入れてもらえる機会があった。
畳の部屋の長押に飾ってある白黒の写真には、この地域での花見か何かの宴会や行事など、にぎやかなものがたくさん写っていた。
かつての楽しそうな、幸せそうな暮らしを取り戻したいと強く願う気持ちを汲むには、充分な体験だったように感じた。

たぶんSさんは、震災も、原発も、そんなのもこんなのも振り切って。やっと、やっと。
「やぁ、暫!」と、帰宅したのだと思う。

そんなSさんを思い、集落コミュニティ再生に尽力している建築士さんの気持ちもなんとなくわかるような気がした。

古い集会所が新しくなれば、機能も更新され外部交流なども含めた、新たなコミュニティの拠点となる可能性が広がるであろう。

#やさしさにふれて #建築の価値 #震災復興

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