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これこそが本当に正しい生き方なのかもしれない 〜レイモンド・クーヴァー著「ユニバーサル野球協会」のこと

WBC大盛り上がりですね。御多分に洩れず、僕も4試合観てしまいました。優勝するかなあ。

それで今日は、ある意味で野球小説といえるものを紹介します。レイモンド・クーヴァーの「ユニバーサル野球協会」という小説です。

この本は元々新潮文庫から出ていたものの絶版になっていたのですが、2014年に白水uブックスから再刊されました。訳者が同じなので、内容はほとんど同じなのだと思うのだけれど、どうなんだろう。僕は新潮文庫で読みました。

この物語の主人公ヘンリーは、冴えない中年の会計士です。彼は、なんか、ちょっと変なんですね。人が当たり前に知ってるニュースも知らないし、恋愛にも興味がないし、どうも野球オタクっぽいのだけれど、人気の野球選手なんて何にも知らない。

悪いことをしているようには見えないのだけれど、何者なのか分からない謎の人。そして、毎日なんだかすごく楽しそうなんです。

なぜかというと、ヘンリーの趣味は、野球ゲームだからなんです。そのゲームのタイトルが、本書のタイトルでもある「ユニバーサル野球協会」なんですね。この「ユニバーサル野球協会」通称UBAというのは、リーグの名前です。だから、日本だったらセリーグとかパリーグみたいなものです。

で、このUBAというゲームは、実際には存在しません。実際にはというのは、僕らが生きている現実だけじゃなくて、この物語の中の現実にも存在しない。

なぜならこのゲームは、ヘンリーが自分で考えたゲームだからです。だから、このゲームのことは彼しか知らない。

「ユニバーサル野球協会」がどのようなゲームかというと、サイコロゲームです。選手のあらゆる行動を、サイコロの目で決めていくわけですね。

たとえば、簡単に言うと、ピッチャーがボールを投げる。サイコロの4の目が出る。じゃあ、バッターは、サイコロの5か6を出せばヒット、みたいな、そんな感じです。この物語ではサイコロを三つ振ってるのでもうちょっと複雑ですが。

で、ヘンリーはUBAに関するスコアブックというのを作っていて、このスコアブックには全選手のスコアが記録されているんです。しかも、何十年にもわたって。

彼は、いわばUBAの神なのですね。だから、すべてを知っている。というか、知らなければならない。ということは、彼はすべての試合をするわけです。UBAの所属チームが何チームなのかは忘れましたが、仮に6チームなら、彼は1日に3ゲームしなければなりません。

そして、サイコロによる采配は試合だけではありません。たとえば、練習中に選手が怪我をするかもしれない。何か家庭のトラブルに遭うかもしれない。そういうことも、すべてサイコロによって決まる。

なんてことをやっていると、ね、もうこのゲームをする以外の時間なんて、なくなってしまうわけですよ。だから彼は、生きていくために仕事はするけれども、それ以外の時間はすべて、このゲーム、自分自身で考えた、自分だけがハマっているオリジナルゲームに捧げているのです。

そしてこの小説は、ヘンリーの行動を描写しながら(まあ、それは大抵、ビールを飲みながらサイコロを振っているだけなのですが)彼の頭の中で何が起こっているのかが描写されます。「ピッチャーが投げた! カキーン! しかし、スタンドには届かない! センターが難なくキャッチ!」というような感じで。

なので、この小説はゲーム小説であると同時に、野球小説でもあります。もちろん、この小説に出てくる選手たちは現実には、この小説内の現実にさえ存在しないのだけれど。

つまりこの小説は、こういうことです。この小説で起きるドラマというのは、UBAというゲーム内で起こるドラマであり、主人公のヘンリーはハラハラしながらそれを観ている。という状況を、僕ら読者は観ている。

もしかしたらそれは、実況プレイ動画を観ている感覚に少し近いのかもしれません。でも、大きく違うのは、UBAなんてゲーム、この世界の誰も知らない、ということ。

誰も知らない自分だけが考えたゲームに一生を捧げている人。それがヘンリーなんですね。

ヘンリーはこのために、社会的な成功も、恋愛も、すべて捨てているわけですから、当然のことながら、その人生というのは客観的には悲惨なものです。ほんとに、どうしようもない中年のオッサンです。

でもね、本当にそうなんでしょうか。だって、ヘンリー自身は、本当にこのゲームが好きで、もう毎日生き生きと過ごしてるんですよ。

だったらそれでいいのかもしれません。というか、もしかしたら、彼みたいな生き方の方が、本当は正しいのかもしれない。そんな気までしてくるんです。

と、上手に紹介できたかどうか分からないけれど、まあとにかく、めちゃくちゃ面白い小説ですよ。野球が好きな人、ゲームが好きな人におすすめです。両方好きならめっちゃおすすめ。


ということで、最後に今日の140字。少し前に「放」という文字をテーマに書いた、僕の野球140字小説です。

また明日。

おやすみなさい。

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