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映画「The Fly」レビュー

ひょんなことからハエの姿をしたキャラクターが推しになった私は、オタク特有の「推しを知るべく調べる」行動を取っていた。
不潔な場や不吉の暗示としての登場はままあるが、主役としてハエが扱われる映画は少ない。本記事はそのとき出会った映画のレビューである。

「The Fly」(ザ・フライ)1986年公開

英語でチョウは「butterfly」、トンボは「dragonfly」、そしてハエは「fly」。飛ぶ虫の覇者であることが伺える。

ストーリー
科学者セス・ブランドルは物質転送装置「テレポッド」を開発中であった。
2つのポッドの一方に収めた物質をもう一方へ転送するものであり、無機物、そして、ヒヒの転送は成功。
セスは自らの身体を用いて転送実験を行なったが、セスが入ったポッドの中には1匹のハエが紛れ込んでいた。
転送は成功に思われたが、セスに少しずつ異常が表れる。
砂糖が好きになる、力が強くなる、硬い毛が生える………セスとハエの遺伝子が融合したのだ。
爪が剥がれ、耳が剥がれ、肉体的にも精神的にも80kgの昆虫にならんとするセスに、それでも恋人ベロニカは彼の身を案じるが、妊娠が発覚し―――

自分のホラー耐性がどの程度のものか把握できてなかったため、amazonレビューの「"THE FRY"で画像検索して怖くなかったら大丈夫かも!」という投稿を参考にどきどきしながらググったら、大量のから揚げ画像が出現した。
怖くなかったのでおそらく大丈夫だろう。

以下ネタバレ

登場人物は真面目に実験に勤しむ天才科学者セス、取材に熱心なベロニカ、部下兼元恋人のベロニカをストーカーする編集長ステイシス………は少し難があるが皆まともな人間である。元来が狂人でなくとも、誰もが些細なきっかけでとんでもない恐怖に陥る可能性を孕んでいる、と考えると怖い。

1回目の転送を終えたセスは、異様な甘党になった。
ハエは甘党というよりは腐食性なのであまりしっくりこないが、日常のカフェやバーという場で異常性を魅せる演出のためだろうか?腐ったリンゴよりも、チョコを齧りながらバーに行ったほうが演出上の効果は高いように思える。

人体の分子的解体と再構成は清浄化、偉大化だとセスは言っている。
もし、自身の転送実験が1回きりだったら「超人」のままヒトの範疇に留まれていたのではないか?2回目の転送実験による効果が「更に遺伝子を馴染ませる」だとしたら、重なる転送によって、ハエ化が加速されたのではないだろうか。

中世初期、ハエが天井を歩くのは悪魔によるトリックだと考えられていたらしい。実際は、ハエの脚の先端は五節からなる跗節であり、五節の最後の部分が小さな爪で、硬い毛で覆われている。この毛に粘着性の分泌物が付着しており、どんな物質の表面でもとまることが可能になっている。
セスの剥がれた爪から噴き出した液体は、この分泌物なのかもしれない。

コンピュータに生物のことを教え込ませるのは、昨今話題のディープラーニングのことであろうが、映画が公開された年代は研究は盛んではなかった。
本作のコンピュータは、想定外のインプットに対し「融合」というアウトプットで回答する。
現在のコンピュータは性能もネット環境の普及によるデータ収集量も格段に向上しており、ディープラーニングの研究も進んでいる。
セスが現在の環境下で実験をしていたらどうなっただろう。

編集長は、「とにかく化け物を倒さなければ!」の意識が働いてセスバエを撃つも、超人ならぬ超ハエと化したセスには歯がたたず返り討ちに…とはならなかった。
セスバエがポッドに入った後に、破壊できるか分からないポッドではなく、ケーブル、それもベロニカが入ったポッド側のものを狙ったのである。タイミングと狙った場所が冷静すぎる。しかも左手と右足を溶かされた状態で。
ステイシスは嫌な奴だったが編集長とは時に善とは言い難い手段を用いて駆け引きをしなければならない立場の人間であり、ストーカーは…まぁ…シャワー使ったり尾行したり、あって欲しくはないが現実にあり得るレベルの難であり、少なくとも手足を溶かされるほどの悪人では無かった。序盤のマイナス面が完全に差し引きプラス、ジャイアン理論となっている。

自分のホラー耐性度把握のため、ある程度ストーリーを把握してから視聴に挑んだのだが、ラストのセスバエの行動については映像が初見であり、ここに一番の衝撃を受けた。
ハエの身体になっても、機械と一体になっても、まだ「殺してほしい」と願えるほどに人の心が残っていたこと。もはや自分では自分をどうすることもできないので、動かない腕で優しく自分の額に銃口を当てること。ベロニカが想いに応えてきちんと撃ったこと。震えた。

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過去、現在、未来

過去をいくら振り返っても変えることはできない。(これは、件のハエの推しが登場する作品群のアニメ冒頭モノローグの引用である)
もしハエがポッドに入らなければ、
ポッドの性能がもう少し低ければ、
セスが酒を飲まなければ、
セスがベロニカに惹かれなかったら、
ベロニカとステイシスの仲が良好であれば、
ベロニカがパーティに取材に行かなかったら、、、
少しの掛け違えが悲劇を招く結果となった。

これらのトリガは他人事ではない。
冷蔵庫からジュースを取り出して飲むこと、ストライプ柄のYシャツを着ること、7:30発の電車に乗って会社へ行くこと、上司に命じられて新技術の公開イベントへ参加すること…いつでも私たちは選択を迫られ、時間の流れと共に分岐していく。分岐した結果がどうなるか、確定した未来が分かるはずもない。

ある朝目覚めたら自分が巨大な虫になっていた、グレーゴル・ザムザのような経験はそうないかもしれない。
しかし、もし自分が、あるいは近しい間柄の人間が、
認知症になったら、
病気で性格や容姿が変わってしまったら、
受け入れることができるだろうか?
ベロニカのように献身的に支えることができるだろうか?

ポケットモンスターの世界における転送マシンはテレポッドと似ている。
転送システムを作ったマサキは、実験に失敗してポケモンと融合してしまった過去を持つ。注目の技術であることは間違いない。
大きな事件も無く、転送装置としてのテレポッドが完成していたらどうだろう?
"旅行や運送において国境や時間を無意味にした男"―――瞬時に物体を転送できる技術は革命を引き起こすだろう。更に、この完成されたテレポッドは、瞬間移動の他に「遺伝子融合」という機能を有している。遺伝子の融合によって新しい生物を誕生させることが可能となるのだ。現にセスは転送実験によって強靭な狂人と化した。

遺伝子の融合やキメラは悪ではない。
ロバの父とウマの母を持つラバ、ライオンの父とトラの母を持つライガー、ヒトの臓器を持つドナー用のブタなどは一般的に存在し、科学の発展と共に、老化を食い止める、病気を治療する、死を先延ばしにするという名目で遺伝子の実験は今日も行われている。

外見と内面の変容は、特別なことがなくとも誰もが経験する事柄である。
「老化」という事象によって。
ホラー、SF、恋愛と共に生命倫理について考えさせられる作品だった。

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