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仁義なき冬麗戦 第二幕

あの激戦から一夜が明けた。 俺は昨日と全く同じ道筋を、昨日とは全く異なる心持ちで歩いていく。大きな都市公園の側にある集合場所へ向かう途中、昨日はたくさんの野鳥が目についた。しかし、今朝は違う。 俺の両目に備えられたバードスカウターは、その対象をたった一種類のみに絞っていた。 そう、俺は今、カラスのみを探しているのだ。当たり前だが、カラスは大抵の場所で簡単に見られる鳥だ。道中、遠く近くにその声や姿は多く散見された。しかし、違う。俺のスカウターは、どのカラスにも反応しない。

    • 仁義なき冬麗戦 第一幕

      俺の仕事は、警備員だ。 一口に警備員と言っても色々あるが、大雑把に言えば、屋内と屋外に分けられる。俺はといえば、専ら屋外の方だ。寒いとか暑いとか、身体の負担の事を心配される事も多い仕事だが、本人は至って平然とこなしている。こなしているどころか、むしろ全力で楽しんでいると言って良いだろう。何故なら、この仕事をしながらにして、スキマ時間に堂々と趣味に耽る事ができるからだ。しかも自分は多趣味な人間なので、二つの趣味を同時に楽しむ術を持っているのだ。 一つ目は、俳句だ。昨今、俳

      • 祝☆岩波俳句 親子三人同時入賞記念

        どないなっとんねーん! いやね、今年一年振り返ってみますとですね、どうしても『お〜いお茶』の初入賞が燦然と輝いているわけなんですが。 本当のビッグニュースは、その後にやって来たわけです。それではご覧あれ! すすすす澄子さまぁぁぁ!! すみません、取り乱しました(汗)。 岩波は載るだけでラッキーなのに、まさか親子三人が同刊に同時に掲載されるとは… 奇跡としか言いようがない。 というか、こんな事は二度と起きないので、こうして形にしておく事にしませう。 ①ひぐらしや老

        • 恵勇2023年自選10句『会話』

          いや、選ぶほどの作品は世に残してないんだよなぁ…などと思いつつも、ヒマラヤさんに上手いこと唆されて、しかもここまでカッコよく仕上げてもらったら、悪い気はしないですよ(爆)。 まあ、せっかくやるなら、+αがあった方がいいんじゃないですか、という事で。 とりあえず、まとめてもらったこれを見てみるとしましょう。 雀の雛かなぁ… いや、そこじゃないですね。 今日は俳句の話でした。。。 ①左官屋の蛇めく手首二月尽 お〜いお茶新俳句大賞 佳作特別賞 はい、これは専門職ですね

        仁義なき冬麗戦 第二幕

          返り花

          あの時もここに、桜が咲いていた。 私の家の近くには湖がある。湖畔に面した公園にはボート乗り場があり、土日は家族連れやカップルで賑わう人気スポットとなっている。いわゆるスワンボートという白鳥の形を模したものが特に人気で、行列が出来る事もしばしばであった。だが、私は独身だし、このボートを利用する機会はなく、興味もそれほど湧かなかった。むしろ、本物の白鳥を見る方がずっと好きだった。 本来白鳥といえば、冬の鳥である。しかしこの湖にいる白鳥は人間に馴れていて、渡りをせずに、ずっとこ

          返り花

          名句全集中鑑賞∶夜長の主砲編

          長き夜や「こゝろ」を閉じた手を洗う 常幸龍BCAD 「こゝろ」は小説である。それを閉じたのだから、その本を閉じたのだ。 選評にある通り、それを読み終えたのか、途中なのかは、読み手に委ねられている。しかし、どちらの読みでも、この句の素晴らしさか損なわれる事はない。 自分が言及したいのは、閉じた本が「こゝろ」だったのは、果たして偶然だろうか、という点だ。 作者は恐らく、色んな本を読んできたと推察する。もしかしたら、秋の夜長を共に過ごした本の数は、膨大なものになるかもしれ

          名句全集中鑑賞∶夜長の主砲編

          一句一遊劇場 最終話 灼然たる生命篇

          俺は刑事として、数々の事件に挑んできた。その内容は多岐に渡り、詳細に覚えていないものも多いが、その中の一つの事例は、俺にとって生涯忘れ難いものとなった。 とある企業から内部告発があり、新しい商品開発に違法薬物を使用しているという情報が入った。自生している植物を集めて、成分を抽出しているらしいのだが、その原料となる植物はその企業が直接手配しているのではなく、元締めとなる人物が横流しをしているらしいという疑いがあった。 違法薬物を扱う事例で最も危険なのは、ターゲット自身が薬物

          一句一遊劇場 最終話 灼然たる生命篇

          一句一遊劇場 二十二の夏色篇

          まだ幼い頃、絵を描くのが好きだった私に、母は24色入りのクーピーを買ってくれた。3つ上の兄がサッカー好きだった事もあって、サッカーボールの絵ばかりを描いていたそうだ。しかしそのせいで、私のクーピーは白と黒ばかりが減ってしまい、実質22色入りみたいだったと、母はよく笑っていたものである。 当時の事を思い返し、母は趣味の俳句を使って、こんな句を詠んでいる。 『モノクロや二十二色を足して夏』 私の眼に色盲の症状が出てきたのは、恐らく絵を描き始めた頃だったと思う。色彩の感覚が明

          一句一遊劇場 二十二の夏色篇

          一句一遊劇場 饗しの平鰤篇

          あの日は、取引先の社長から昼食のお誘いを受け、入った事もない高級な割烹料理店に来ていた。取引先とは言ったが、会社同士の関係ではなくて、ちょっと訳アリというか、会社という傘こそあるものの、個人と個人の契約というか、まあ、あまり人には言わない方が良い類いの関係である。 俺は馬鹿だから、難しい事はよく分からないのだが、我が家の裏手にあるものが、先方の会社にとって貴重な資源らしく、少量でも信じられない高値で引き取ってくれるのだ。それはこの会社にとって、よほど価値のあるものなのだろ

          一句一遊劇場 饗しの平鰤篇

          一句一遊劇場 運命のミサンガ篇

          『逆境のシュート炎帝穿ち抜く』 娘は、どうだと言わんばかりに一句詠んでみせた。私はそれを、ノートに書き留める。 「ねえ、お母さん、どう?これ、なかなかじゃない?」 「そうね、良いと思うわ。」 終盤に差し掛かっていたサッカーの試合は、息子のシュートで同点に追いつき、俄に盛り上がりを見せたところだ。 息子の対外試合がある日は、3つ下の娘を連れて応援しに行くことにしている。娘はお兄ちゃんの一番のファンを自認していて、私が教えた俳句を使って、まるで日記のように思いを紡いでい

          一句一遊劇場 運命のミサンガ篇

          一句一遊劇場 哀傷のやませ篇

          我が家は貧乏である。しかし、貧乏には貧乏なりの、幸福がある。 例えば我が家では、家の裏手で筍が採れる。その筍を使った炊き込みご飯は、何よりのご馳走なのだ。今夜も母はその仕込みに追われている。 父はどの仕事にも馴染めず、職を転々としてきたが、家計の足しになればと、数年前に家のそばで家庭菜園のようなものを始めた。その裏手に竹林があり、筍は今年もたくさん採れたのだが、家庭菜園の方はめっぽう不作であった。 筍のアク抜きをしながら、母はいつもと同じ事を呟く。 「お父さんったら、

          一句一遊劇場 哀傷のやませ篇

          一句一遊劇場 戦慄の筍飯篇

          この街は、まだ寒い。ぽつぽつと灯が灯って、どの家もそろそろ夕食の時間だ。 俺は新米の刑事。まだまだ独り立ちとはいかないので、先輩について回っている。 どの家庭にも、それぞれの幸せがある。このドアの向こうにも、恐らく一家団欒の光景があるだろう。しかし、今回のターゲットはこのドアの向こうにいる。彼らは、往々にして日常に溶け込むように潜んでいるのだ。 心強い先輩がいるからといって、安全が確約されるわけではない。むしろ、死と隣り合わせと言ってもいいくらいだ。彼らの手の届く範囲に

          一句一遊劇場 戦慄の筍飯篇

          句養物語リプライズ『蝶』

          俺は、自由気ままに生きてきた。それは孤独を愛する故であると思うが、同時に器用な男でもあると思う。この世がどんなに生き辛くても、工夫次第で上手く乗り切っていくスキルがあると自負している。 元々は、自分の内に秘めた才能に任せて生きるタイプだったのだが、世間というものは、常に飽きっぽいものである。一世を風靡したトレンドですら、瞬く間に廃れていくのが世の常というものだ。 『Swallowtail Butterfly』という音楽ユニットを立ち上げ、アルバムまで発売したのが、遠い過去

          句養物語リプライズ『蝶』

          句養物語リプライズ『詩』

          君は迷ってなんかいない 迷ってなんかないよ 星が笑いかけるように 迷いの霧を抜けよう 星は笑っているんだよ 君の言葉を照らしたいから 君が選んだ答えは きっと誰かの心に灯る 深海の果てへ行こう 星の真ん中を灯すため この星が光れば あの星も光り輝く 君は迷ってなんかない 迷ってなんかないよ さあ何か話してごらん 存えて 存えて ナガラエテ シトミチワカツコトナカレ 『星月夜迷路の果のここにいて』 (ヒマラヤで平謝り) そんなに探そうと

          句養物語リプライズ『詩』

          句養物語リプライズ『星』

          星は、何もかもお見通しである。 どんなに大きな企みも、どんなに小さな綻びも、星は逃さず、その全てを見ているのだ。 ヒトは、あらゆる生物の中で最も賢く、最も愚かであると言える。利己的な理由で互いに殺し合ったかと思えば、他の生物に手を差し伸べたりする。人口が爆発的に増えて、この星の資源で賄い切れないことが分かると、人間ばかりが増えてしまってはバランスが崩れる…などと言って、勝手に人口を整え始めたではないか。 最初は、出生率を下げる試みをしたようだが、年齢層のバランスが偏った

          句養物語リプライズ『星』

          句養物語リプライズ『葉』

          早いもので、私の娘も先日三歳になった。二歳の頃までは、いわゆる喃語の域を脱せないでいたのだが、最近ではハッキリとした言葉を使うようになり、母親である私を安心させてくれている。 私が休みの日には近くの公園へ行き、池の周りで遊ぶのが二人の日課である。たくさんの木々や花に囲まれた池は、まるで宝石箱のように、毎日違う表情を持って我々を迎え入れてくれていた。 この公園には滑り台やブランコなどもあったが、娘は遊具よりも、生き物に対する関心が高かった。彼女の好奇心を満たすため、一緒にな

          句養物語リプライズ『葉』