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「できるできない」は抜きにして、「やりたくないことをやってる暇はない」生き方は本当にカッコいい

「やりたくないことをやってる暇はない」

それができたらみんなやってる、とてもカッコいい生き方。
そんなふうに言ってたかつての起業師匠を見て
尊崇の念が絶えませんでした。

ずっと「あの人みたいに自由になりたい」って思ってましたから。

大坂なおみ選手が「やりたくないことをやってる暇はない」といっていたな。
多くのサラリーマンがそれを言いたいと思うんですね。

会社という悪魔の世界で、それが通じないからこそ。

会社という「土星」

会社というのはビジネスで結果を出さなければならない、束縛の世界。
占星術で言えば「ビジネス」や「束縛」を意味する
「土星」を具現化したような存在です。

会社自体が土星なので、会社で働いている限り、
土日祝日だろうが、どこに逃げたって
会社にいる限りは束縛されっぱなしになる。

会社の携帯を持たされて、何かあったときは緊急至急の電話がかかってくる。

労働者の足を引っ張ってくるクソヤロウどもは
「結果」を叩きつけないと納得しないから
従事者はまるで十字軍の兵士のように従順に、
あるいは奴隷の如く心を殺して働く。

ブラック企業にいたときは人生に「光」すら見えませんでした。

「やりたくないことをやってる暇はない」って普通はそう思うが、
多くのサラリーマンがそう思っていても
わざわざ「やりたくないことを自ら進んでやっている」もの。

それというのも貨幣社会が作り上げた仕組みの結果によるもので
生活に必要だという金を餌に「やりたくないことをやらせる」

実によくできた仕組みだと思います。

師匠は「束縛」の世界から逃れ「自由」を手にして
自分で仕事も選べていたし、一緒に仕事をする相手も選べていて
振る舞いも自由人そのもの。

「束縛」過多な世界にいたから、私は起業師匠に憧れていて
ずっと師匠の真似をしていました。

「高み」の世界に「やりたくないこと」は存在しないのか?

「やりたくないことを、やってる暇はない」

師匠はそういっていたが、そういったところでどうにもならず困るのが事実。
多くのサラリーマンがため息をついていることでしょう。

ただ、「やりたいこと」であるはずの
「起業」におけるイベント運営をやっていても
結局雑用のようなポジションはあるし、設営作業の大変さもある。

中には全部一人でやらなきゃいけない立場の人だっている。

私が知っているセミナーでも、無償のボランティアで
お手伝いをやっている研修生の話を聞いたことがあります。

だから、「ただイベントだけやってればいい」なんてことにはならない。

誰かは進んで「誰かがやりたくないと思っていること」を
変わりにやっているわけ。

結局は「高み」側の世界でも似たようなことはあるんだ。

私は「やりたくないことをやってる暇はない」と会社で、
SNSで嘆き叫び続けてきたのだが
それは甘えでしかなかったのかもしれない。

「起業」しても「やりたくないこと」って、結局あるもの。

終わりに

「いやよいやよすきのうち」というように、会社でもどこでも、

「やりたくないこと」は嫌だと言っても、
仮に「嫌だ」という要望が通ったとしても、

結局何処かで叩きつけられるもの。
結局は対峙するしかない、ということ。

「やりたくないこと」が、この世界に必ず一定数存在するとしたら。

だから「やりたくないことをやってる暇はない」
という生き方が、本当にカッコ良く感じるのでしょう。

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