小説妄想 空港編2

 椎名は素知らぬような顔で平気で冗談を言う。本人には言ってやるつもりはないが、柚にとって椎名は頼れて面白くて。
「お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな…」
 そう言ってチラッと椎名の顔を見るが、聞こえてはいないらしい。全く本人に言ってやる気はない。柚は失望混じりの息を軽く吐いた。

 保安検査場は柚にとっても初めてではない。ただ、昔虫除けスプレーが柚の手荷物に入っていて、よく分からないまま係員に回収されていってしまった。それが記憶によく残っていて、やけに空港の持ち物検査に対して敏感になっている。
「柚ちゃん、係員さんの言う通りにするのよ」
「もう子供扱いしないで」
そう言って椎名は先に保安検査を受けていく。
 椎名が柚に1人で物事をさせる時は、柚に期待をしている時。そして柚にとって、それは一番心が熱くなる応援。
 柚の番になって、柚は航空券を係員に差し出そうとする。
「まずそちらのカゴに荷物をお入れ下さい〜!」
「あ、はい!」
 まずい、出鼻をくじかれた。でも、柚はそんなことではへこたれない。柚はカゴに手取り良く手荷物を入れ、今度こそ航空券を係員に差し出した。
「凶器になる物は入っていませんか?」
「ありません!」
自信満々に答える。なぜなら椎名と一緒に確認したばかりだから。
「液体等は入っていませんか?」
「入ってます!」
「ペットボトルですか?」
「いえ、水筒です!」
「それではこちらのカゴにお出し下さい」
 ちょっとしたイレギュラー。でも柚は焦らない。
「上着もこちらのカゴにお願いします。ポケットに何か物は入っていませんか?」
「あ、はい、入ってます!」
「こちらに」
柚は言われるがままに荷物をカゴに出していく。そのまま係員に誘導されて金属探知機を通過し、手荷物を受け取る。
「水筒1口飲んでいただけますか?」
「はい!」
なんで、と考える余裕すらなく言われるがままに水筒のカルピスをあおる。
 係員は頷いて、荷物が入ったカゴを差し出した。ずっと言われるがままに忙しなく動いていた柚は、突然指示が無くなってカゴの前で一瞬立ちぼうけになった。
 係員の人が柚をチラチラ見ている。
「…あ、これで終わりですか?」
「はい、荷物の回収をお願いします」
 また変なことをしてしまったと思い、柚はまた手取り良く荷物を掴み抱え、椎名を見つけると縋り付くようにそそくさと向かっていった。


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