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ニーチェと一般相対論

ニーチェの哲学は極めて物理的である。

ところが彼が自身の哲学の根本原理に据えた「権力への意志」という概念は著しく誤解されてきた。

この度、アインシュタインの発想による特殊相対論と一般相対論の本質を考えることを通じて、彼の哲学の真髄に新たな切り口から迫ることができた気がするので、皆様と意見を共有してみたい。

素人の私なりに相対性理論の本質を要約してみると、それは「モノサシの変容」の一言で表現できるのではないか、と思う。特殊相対論においては、「光速」と「物理法則」の二つを不変にする代償として「時空を測るモノサシ」が変容する、という観の展開がなされた。そして、この「時空を測るモノサシ」が「計量テンソル」として一般化され、時空の各点に連続的に配置された上で、その「モノサシ空間」を背後で操る「重力」が導入されたのが一般相対論である。(ここでいう「モノサシ」は、位相幾何学の「空間」概念に導入される「計量」の概念を理解するとわかりやすい。)

さて、この観点からニーチェの「権力への意志」論を見直してみると、極めて面白い洞察が浮かび上がってくる。

ニーチェは絶対的真理の不在を高らかに訴えたが、彼の哲学は弱気な「相対主義」とは一線を画している。彼は、「絶対的な善悪など存在しない。善悪を定めるのは『権力への意志』だ。善悪の彼岸にいて自ら善悪の基準を作り上げていく『超人』こそが人類の理想なのだ」と言った。

そもそも名前からして「相対性理論」は「相対主義」を連想させる。

ところが私がここで言いたいのは、以下の対応関係である。

特殊相対論:一般的な「相対主義」

一般相対論:ニーチェの「権力への意志」論

さて、まず前者について考察しよう。特殊相対論はニュートンが仮定した「絶対空間」を否定するところから始まった。これは完全に「絶対的真理の否定」と対応している。しかし、ただ単に「真理など存在しない」と言っただけでは、一体どうやって生きていけばいいのか。それぞれの人間が個々別々に信じる真理がどれも正しいとするならば、この世界は無秩序の極みである。

ここで導入されるのが「重力」、すなわち「権力への意志」である。興味深いことに、ニーチェは人間の倫理観を空間的にイメージしているように思える。すなわち、与えられた善悪のモノサシに従って、人間は独自の「価値空間」を作り上げ、この中で生きている。ニーチェの哲学の「空間化」をさらに推し進めたミシェル・フーコーが「エピステーメー」と呼んだのは、まさにこのような「価値空間」を構成する位相のことを指していたのである。科学史的に言うならば、「パラダイム」と呼んでもいい、そのような暗黙の「思考の枠組み」が人々を拘束しているのだ。ニーチェはこの「価値空間」の外に出よ、と言った。彼は、この「価値空間の基底をなす善悪のモノサシ」が、目に見えない力によって捻じ曲げられている現実を見抜いた。この「力」こそが、「権力への意志」である。

ニーチェの「権力への意志」をただ単に「支配欲」と置き換えて単純化するのは間違っている。ヒトラー的な支配欲というものは、「人から認められたい」という承認欲求に基盤を置いている。すなわち、既存の「価値空間」の中における自己実現を目指している点において、本当の「超人」とは言えない。ニーチェの言った超人とは、その「価値空間」ならびにその基底を成す善悪のモノサシ自体を自らの意志によって作り出していく存在のことである。

さて、このような彼の哲学は、つまり「精神世界における一般相対性理論」だと言える。

『権力への意志』をスピリチュアルに言い換えるなら、「念力」あるいはスター・ウォーズ的な「フォース」という言葉がふさわしかろう。強力な「念力」を持つ人間は、善悪の基準をも捻じ曲げていく力を持っている。

しかし、フォースの世界にも、「ライトサイド」と「ダークサイド」がある。これはすなわち、「善悪の彼岸」にもまた超越的次元における「善悪」が存在するということだ。これは一体どういうことだろうか。

物理に戻って考えてみると、そこには「重力」「光」「時空間」以外にもう一つの要素が存在していることがわかる。それは「物理法則」である。この目に見えない「ルール」がすべてを包み込んで存在するのだ。

実は映画『スター・ウォーズ』においても、フォースの奥にある「宇宙の理法」のようなものが暗に提示されている。この「宇宙の理法」に従う者が「ライトサイド」に属し、逆らう者が「ダークサイド」に堕ちるのである。

さて、以上の考察を踏まえると、ニーチェの「権力への意志」論にはすべてを包含する「宇宙の理法」の存在、そこから決定される「善悪の彼岸における善悪」が欠けていると言えよう。しかし一方では、この「念力の世界の法則」を樹立した功績は賞賛に値すると言えるのではないか。

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