見出し画像

これだからインターネットはやめられない

長年インターネットをやっていると「もうネットから得られる刺激は味わい尽くしたな」と達観する時がやってきます。もちろん、ネット社会はおそろしいスピードで情報が流れ、日々加速度的に変化しつ続けています。しかし、何事も「やり始め〜少し慣れてきたあたり」にもっとも感性を刺激され、夢中になるもの。僕はもうネットが提供してくる刺激に慣れきってしまったのだ。かといって「今のネットはゴミだ、昔が最強だったんだ」などと典型的な老害発言をするつもりはない。そもそも今と十数年前のネットとでは、楽しみ方が根本的に違う。かつてのインターネットが「何が飛び出てくるか分からない混沌としたパンドラの箱」だとすれば、今は「一定の品質が保たれた、あらゆるエンタメを無限に提供してくれるおもちゃ箱」でしょう。なかには”怪しいオモチャ”も紛れ込んでいるでしょうけれども。

さて、すっかりインターネットに触れる機会が減ってしまった僕ですが、最近ネットで新たな刺激を得られることを発見した。しかも、長年インターネットをやっている老輩だからこそ感じられる貴重なものだ。

数年前、YouTubeにて「絶望ライン工」というチャンネルに出会いました。工場で非正規労働者として勤務するアラフォー男性が、諦観とも哀愁ともとれぬものがなしい雰囲気のなか、丁寧な生活を送るさまを独特のワードセンス、イカした音楽、妙に癖になる世界観で表現した愉快極まりないチャンネルである。毎週月曜日に動画を更新されているのですが、これがつい観ちまうんだ。

話はまったく変わるのですが、みなさまニコニコ動画という動画サイトをご存じでしょうか。閉ざされた巨大な島、インターネット黎明期の遺構、平成最後の電子版ガラパゴス九龍城。何と形容したってかまわない。ありとあらゆるChaosを詰め込んだごった煮、それがニコニコ動画なのである。

そのニコニコ動画で一世を風靡していたのがVOCALOIDだ。すべてはここから始まった。初音ミクが発売されたばかりの頃は、既存曲を歌わせてみた系の動画が「スゲー!」ともてはやされていた。しかし、初音ミクオリジナル楽曲が登場するまでに時間はかからなかった。メルトショックと呼ばれる衝撃以降、かつてのDTMブームで作曲をかじっていた大人たちが次々とオリジナルの曲を投稿し始めたのである。そして、有志による「週刊VOCALOIDランキング」通称”ボカラン”という動画まで誕生した。テレビでいうCDTVみたいなものかな。楽曲動画の再生数、コメント数、マイリスト数などのデータをもとに「今週はこの曲がバズっていたぜ」と週1でトレンドを紹介してくれる。”ボカロ廃”の少年少女たちは、この動画をもって流行りのボカロ曲を知ったり、あるいは自分の推し曲がランキング入りするかどうかを心待ちにしたりしていた。

ところが、ある時このボカラン文化に問題が生じる。毎週、というか毎日のように新たな楽曲が投稿されるものの、大人気の曲は投稿から時間が経っても一定のペースで伸び続ける。するとどうなるか?毎週ランキングに残り続ける楽曲が出てくるのだ。メルトをはじめとしたsupercell曲、みくみくにしてあげる、炉心融解など。そうした楽曲はしばしば”門番”と呼ばれた。ランキングに門番曲が登場すると「門番強すぎだろwww」というコメントがある一方「門番ばっかでつまらんわ」と冷めた声も。門番がランキングの半分近くを占めることもあったり。炉心融解が再投稿されたのは、ボカランに炉心融解が登場するたびに「門番つまらん」「工作員乙」などの否定的な意見が多く、それに作者が辟易したからという説がある。再投稿する際に、ボカランにエントリーされないようタグ設定等を行ったのである。

何が言いたいかというと、そのくらいボカランは影響力を持っていたのだ。さて、そんな状況に一石を投じるかのごとく投稿された1本の動画がある。それが『ボカラン詐欺』だ。

『ボカラン詐欺』

一見物々しいタイトルですが、ざっくり言うと「動画を観ているみんなでコメントやマイリストをしまくって、このフザけた曲をボカランにランクインさせちゃおうぜ!」という”悪ノリ動画”だ。人気ポケモンランキングでコイルを1位にしたり、イナズマイレブンの人気投票で五条勝を1位にしたり、ネット民が一致団結して組織票をぶち込む一種のお祭りである。

そして、『ボカラン詐欺』は思惑通り見事にボカランでランクインを果たした。何だかんだ言って門番につまらなさを感じていた大衆のルサンチマンが実体化したのだ。その光景をリアルタイムで目の当たりにしていた僕はひどく興奮した…。

さて。あれからずいぶんと時が流れた。どういうわけかYouTubeでたまたま発見した絶望ライン工チャンネルの動画を、いつものように日課の一環として再生する。もう2〜3年は見続けているなあ、なんてぼんやりと考える。すると、動画の投稿主から驚きの告白があった。なんと、彼はあの『ボカラン詐欺』を投稿したボカロPだったのだ!こんなサプライズ、現実世界ではまず起こり得ない。「顔も名前も知らぬどこかの誰か」に笑わせてもらう、そんな文化があるインターネットならではの珍事。それも、長年ネットをやっているからこそ、この感動は大きなものとなる。時を超えて点と点が繋がったよ。時間も経っているし作品の形も違うけれど、同じ人の創作物に惹かれてしまうという運命感もなかなか面白い。これだから、インターネットはやめられないんだよなあ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?