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ワクチン会場の予約をミスした日

ワクチン会場の予約をミスした。
気づいたのは、予約時間の30分前だった。

一度は、家から近い会場の予約を取ったのだ。
数日前、今日の夕方からどうしても観たいゲーム大会の配信があることを知って、時間をずらすために予約を取り直した。
そのときに、時間を前倒しすることに気をとられて、会場の確認を怠ったのだ。完全にわたしのミスである。

家から自転車で、せいぜい10分くらいの距離の会場をとったつもりになっていたが、実際は、わたしの足では30分は自転車をこがなければたどり着けない場所にある会場を予約してしまっていた。
気づいた瞬間、家を出てすぐに自転車に跨がった。

大体の方向をマップアプリで確認して、進んで、わからなくなったら、一時停止して再度アプリを確認するを繰り返す。
ふだん到底通らないような裏道をぐんぐん進む。

幸運にも晴れていたが、風は冷たく、マフラーを巻いてこなかったことをすぐに後悔した。
だけど、後悔する暇があるなら、少しでも一生懸命ペダルを踏まなければならない。いまはそういう場面だ。そうやって自分を奮い立たせなければ、すぐにでも諦めてしまいそうだった。
マスクをしているから息苦しい。

週に一回とかそういうレベルだけど、ジムに通っていてよかった。
ジムでは、筋トレのあとの有酸素運動として、いつもエアロバイクを30分はこいでいる。
ジム通いを始める前の、在宅勤務で全然外出しない運動不足のわたしだったらこの局面を乗り切れなかったかも知れない。酸欠でくらくらになっていたかもしれない。
けれど、わたしの足は力強くペダルを踏んで車輪を回転させることができている!
運動は裏切らない。
ありがとう過去の自分。

なんとか、予約した時間ちょうどくらいで会場に滑り込んだ。
近くまで来たら、会場への案内看板が立っていたから、場所はすぐにわかった。助かる。

集団接種会場だったので、スタッフさんの言うとおり進んで、スムーズに接種を済ませることができた。こういう場所で働いている人にはほんとうに感謝しかない。
注射を刺されるときに、正面の金魚を観ててくださいね、とスタッフさんに言われて、「金魚?」と思いながらその方向をむくと、折り紙でできたカラフルな金魚が3匹ほど壁を泳いでて、微笑ましくて思わず「ふふっ」と声が漏れた。わたしが金魚に気をとられてる間に苦手な注射は一瞬でおわった。ありがとうスタッフさん、ありがとうお医者さん。
あんまり痛くなかった。回を増すごとに痛くなくなってきてる気がする。
わたしの慣れなのか、お医者さんの慣れなのか。

無事接種がおわり、安心して会場を出た。
予約ミスしてたどり着いた会場は、実家からほど近い場所にあった。
小学生のころお世話になった公民館がすぐ近くにあったので、休憩がてら中に入る。懐かしいな。
トイレを借りて、ついでに自販機で温かいお茶を買って飲む。ひといきついた。

公民館のロビーでは、大人から子供まで、いろんな人が席について粛々と書き物や勉強をしていた。
こういう場所だとより集中できる人も居るんだろうな。

公民館を出て、さて帰るかと自転車に跨がった。
帰り道の途中に、実家に住んでいた頃よく通っていたケーキ屋さんの跡地に新しく入った焼き菓子屋さんがあることを思い出した。

ケーキ屋さんだった頃は、お気に入りのケーキがたくさんあって、イートインも出来て、会社帰りに寄ることもあった。毎年夏に食べるケーキもあったし、季節ごとにトッピングが変わるショートケーキも楽しみにしていた。

ケーキ屋さんじゃなくなったことが悲しくて、あんまりその新しい焼き菓子屋さんを許せない気持ちもあったけど、好奇心で寄ってみることにした。

焼き菓子屋さんに入ると、当然だけど、内装は様変わりしていた。
ほんとにケーキ屋さんじゃなくなっちゃったんだな、と思ってすこしさみしい。
けれど、品数は少ないけれど、ショーケースに詰め込まれたマドレーヌやフィナンシェ、カヌレ、タルトには少なからず心が躍った。
悩んだが、カヌレとマロンマドレーヌとカスタードタルトをすべて2コずつ買った。

お会計をして、焼き菓子の詰まった紙箱を受け取ると、その重みになんだかワクワクした。

さて、これで本当に帰るだけだ、と思いながら、再び自転車に跨がってペダルを踏む。
観たい配信の時間までは余裕がある。安全運転でゆっくり帰ろう。

陽はすでに傾き始めていた。

来た道を戻る。
一回通った道だから、今度はマップアプリを頻繁に確認しなくても大丈夫だ。
太陽はまぶしい。空は青くて高い。街路樹が道路に長い影を落としている。
そういうことに気がつけるくらい、心に余裕が戻っていた。

きれいだ。

遅刻しないでワクチン接種できたし、おいしそうな焼き菓子を買えたし、ふだん通らない道の風景はなんか感動しちゃうくらいきれいだし、今日って実はいい日だったんじゃないかと感じ始めていた。

音楽も聴かず、動画も漫画も見ず、冷たい風にさらされながらも、ただ懸命に自転車をこぐことに集中する。

こういう日が必要なときもある。

脚本や小説を書きたいとき、いいアイデアが浮かぶのは、大抵こういう、普段はやらないことをやったときだしな。
ま、今は何も書く予定がなかったから、特にアイデアは浮かばなかったんだけど。

帰り道も、意識して普段は通らないような、狭い小道を通ったりする。
このときにはもう、ちょっとした冒険気分だった。
楽しいな。いい日だ、今日は。

家に帰って、配信を観ながら、買ってきた焼き菓子を夫と一緒に食べた。

左上から、マロンのマドレーヌと、カヌレと、カスタードのタルト

カヌレ、最近流行っているけど、昔パン屋さんで食べたカヌレがあんまりおいしくなかったから、あえて食べてなかったけど、焼き菓子屋さんのカヌレはおいしいのでは? と思って期待して買ってみた。
表面が思ってたよりもガリガリで、でもかじりつくと中身はとろっとしててクリームみたいでおいしかった。おいしいじゃんカヌレ。
表面がカリカリした甘いお菓子は大体好きだ。

カスタードのタルトは、値札に「パティシエの一番好きなお菓子」と書いてあったので買った。いろんなお菓子を食べて研究してきたであろうプロのお墨付きなら間違いなくおいしいだろうと思ったからだ。
表面は焼かれてるからパリパリで、けれどカスタードクリームはしっとりとろっとしていて、タルト生地はしっかりカリカリに焼かれていて、ちょっとびっくりするくらいおいしかった。

マロンのマドレーヌは、わたしも夫も栗が好きだから迷わず選んだ。
マドレーヌの中に、渋皮栗が一粒まるごと入っていて、やっぱりおいしかった。期待したとおりだった。

焼き菓子がどれもおいしかったので、ケーキ屋さんがなくなってしまったことをほんのり許せた気がした。そんなものだ。

きっと、明日は自転車をこいだことによる筋肉痛なのか、ワクチンの副反応による関節痛なのか、判別がつかないような痛みに苦しむことになるんだろうな。
もうすでに、接種部位は痛いし、身体は全体が重だるいけど。

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