見出し画像

武田俊インタビュー「憧れと没入のあいだで
」後編

あの人に聞いてみたい、「書く」ことの話。
今回は、インディペンデントエディターとして、媒体にとらわれない活躍を続ける武田俊さんにお話を伺いました。
※この記事は、2017年12月12日にstoneのWebサイトで公開されたものです。内容・プロフィールは取材当時のものです。

Photographs by Riko Okaniwa
Text by Rui Maruyama

武田俊
1986年、名古屋市生まれ。大学在学中に、編集者・ライターとして活動を始める。2011年、代表としてメディアプロダクション・KAI-YOU,LLC.を設立。「KAI-YOU.net」の立ち上げ・運営を手がける。2014年シティカルチャーガイド『TOmagazine』のweb版となる「TOweb」を立ち上げる。現在ライフスタイルメディア「ROOMIE」と、Instagram Storiesメディア「lute」の編集長を兼任中。右投右打。
Twitter

前編はこちら


自分の日記も、他人の日記も、面白い

 最近は、寝る前に「3年日記」をつけています。レイアウトがまたよくて、1ページが1日の3年分。つまり、2017年・18年・19年の8月3日がひとつのページに並ぶ。だから、「去年はこの日が“冷やし中華はじめました”だったんだ」とか、「この時めちゃくちゃ落ち込んでたな。でも翌年はいいことあるよ」とかが、ぱっとわかる。日記をつけはじめて気づいたのは、一週間前の出来事でも感情までは意外と覚えていないということ。例えば、あるパーティに行ったことを、後日「たくさんの人に会えてすごく楽しかった」と話してたようなんですが、家に帰ってその日の記述を見ると「名刺交換ばっかりで、パーティはもうイヤ!」とあって愕然としたり(笑)。人にはポジティブな情報を伝えたいから「楽しかった」話に自然となるけど、日記には自分の本音が書いてある。そういうのが面白いですね。

 人の日記を読むのも大好きです。最近読んだ中でのおすすめは、西村賢太さんの日記エッセイ。5冊くらい出てるんですけど、基本的には内容があまり変わらない(笑)。担当編集者を呼び出して焼肉をおごってもらい、風俗に行って、家で宝焼酎を飲んで、カップヌードルカレー味を食べて寝る…それが短い時は1日数行分くらいずつ書いてあるだけなんですが、読むとなぜかものすごく元気がでる。嫌いな人のことはボロカスに書くけど、好きな人に会えた感動も無邪気に表現しているのが、とてもいいんです。あ、これが生活だな、と。

いつだって最適化に憧れている

 今の「書く」ツールは、もっぱら、Amazon Basicsのイエローです。これに、ばーっと書いて、ぴって切って、スマホで撮ってクラウドに同期しておく。学生の頃からいろんなノートを試してきて、「雑に使える紙は大事」って結論に達したんです。いいノートだときれいに書きたくなるし、丁寧につくられているから雑なフラッシュアイデアを書けなくなっちゃう。でも、それだと本末転倒なので。企画書をつくるときも、これにざっくりラフを書いて、スタッフにスライドに起こしてもらいます。けど、また最近少し変わってきていて、なんでもすぐメモがとれる点を重視して、コクヨの測量野帳もポケットに入れています。1959年に測量士のために開発された商品で、表紙が厚手なのでどこでもメモがとれるんです。

 ペンは、ジェットストリームからLAMYまでいろいろ使ってるんですけど、まだ決定版がありません。本当は、合理性に欠けても、このブランドのデザインや思想が好きだからって基準で選べればいいんですけど、「はやく書けたほうがいいじゃん」とか思ってしまって。今のお気に入りは、友達のバンドがツアーをしたときのグッズのボールペン。原価50円もしないと思うんだけど、すごく書きやすい。ちょっと滑るような書き味が好きなんです。あと、ステッドラーの油性クレヨンみたいなマーカーは、質感が好きで持っています。

 文房具にかぎらず、いつまでも「もっと自分に適したものがあるんじゃないか」って、気持ちが消えない。たぶん、最適化に憧れているんです。友達のTo Do管理の方法とかにも、すぐに影響されちゃう。それは、ひとつの組織に属さない働き方を続けているからかもしれないし、単純にアップデートが好きだからかもしれないです。

没入できるエディタを探して

 実は、Wordがあまり好きじゃないんです。たぶん、できることが多すぎるんでしょうね。ただ、編集者という仕事柄、校閲機能をかならず使うのと、互換性の関係もあって使っています。チーム内でのやりとりは基本的に、Google Driveのドキュメント・スプレッドシート・スライドの3点セット。あとは、その時々のプロジェクトに応じてですね。とにかく世の中にはアプリケーションの数が多すぎるので、どんどん試します。自分たちに最適なものはどれかなって。

 一貫して言えるのは、思考の流れを遮断せずに文字に起こせる「没入のエディタ」を探しているということ。フルスクリーンで音楽も流れて…とかになると、「壮大な叙事詩を書くわけでもないし」って僕の場合は興ざめしちゃう。そういう点では、ミニマルで余計な情報がないstoneは、書き手としての自分にはうってつけです。あくまで今の時点では、ですけど。

 少しずつ書く仕事にも復帰したいと思っていて、まもなくはじまる新連載の第1回目も、まさにstoneで書き上げました。しいて希望を言うなら、僕はまずタイトルを大きく書いて原稿の「よーい、どん」を切るので、見出し機能があるとうれしいですね。

 タイトルから考えるのは、たぶん短歌をやっていたときの癖です。「この575、超決まってる!」「77はこれが完璧!」みたいな感じで、上句と下句をEvernoteにストックしていたんです。本当は一連でつくるのがいいんですけど、出会わないはずのものが出会う、いわゆる二物衝撃のテスト用でした。あとは、個人的な思いつきをGoogle keepでカテゴリごとにメモしたり、好きな本のタイトルをまとめて、たまに見返したりもしています。

「書く」ことを楽しもう、草野球みたいに

 僕は、20歳くらいの頃に、商業誌でのインタビュー取材などのいわゆるライター仕事からキャリアをスタートさせました。商業原稿、なんて言い方もありますが、それはもうある種の技術で、知的操作と言ってもいいと思います。でもある時、仕事をくれていた編集者の先輩に「君は自分の文章を書いた方がいいから、もうインタビューの仕事をふるのはやめるね」って言われたんです。とても信頼している先輩から自分の文章を書けと言われて、戸惑いつつもうれしかったのを覚えています。

 たぶん、僕が憧れているのは、小説しかり、短歌しかり、技術だけで高度化しきれないジャンルなんでしょう。生き様がすべて出てしまうような。書き手の国籍や性別、ジャンルに関わりなく、一貫して惹かれるものが確かにあって。それをたぐりよせて、その軸の最突端の書き手になりたいという気持ちが、どこかにあります。ただ、自分にとってのその最適な表現形式がなにかというと、まだ定まっていない。文房具やエディタと同様、ずっと探し続けている感じです。

 ありがたいことに「小説を書きなさい」と言ってくれる方もいるんですが、僕にとっては一番恐れ多いジャンルです。リスペクトが強すぎるのかもしれない。ただ、べつに新人賞を狙う人だけが小説を書く必要はないとも思っています。それこそ草野球をするみたいに楽しんだっていい。だって“草カメラマン”はいくらでもいて、そのひとつがインスタグラマーだったりするじゃないですか。考えをかたちにしたり、知り合いと見せ合っておもしろがったり、楽しみで文章を書くことがもっと増えてもいいのになって感じています。

stone 公式Webサイトでは、武田俊さんのブックセレクションを公開中。
こちらもぜひご覧ください。

書く気分を高めるテキストエディタ「stone」Mac App Storeで販売中


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?