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恋愛短編小説 「雨の帰り道」


高校の一日の授業終わり、高校の玄関から見える景色は、大粒の雨に覆われていた。わたしは下駄箱の隅に座り、ぼんやりと雨を眺めていた。傘を忘れてしまったので、雨が止むのを待っているしかなかった。

そんなとき、クラスメイトのケイタが鼻歌を歌いながらやって来た。なにを歌っているかすぐにわかった。ビートルズの「レット・イット・ビー」だ。彼が歌うのはビートルズかビリージョエルの「アップタウンガール」の二曲のみ。

彼はいつも戯けてて、ちょっとしたことでも笑って許してしまうタイプだった。

「傘を持ってないのか?」ケイタは靴に履き替えながら、背を向けたままわたしに言った。

「わたし天気予報見ないから」と、わたしは頬杖をつきながら答えた。

「俺も見ないよ。でも、ママに『持ってけ』って言われたんだ」とケイタはカバンからピンクの折りたたみ傘を取り出し、開いて見せた。

「ママだって」とわたしはつぶやいた。彼の無邪気な言葉に、心の中で笑ってしまった。ケイタが傘をさして学校を出るのを見て、何かを言いたくなった。わたしは勢いにまかせて外に飛び出した。打ちつける雨が冷たかった。一瞬、飛び出したことを後悔した。

「傘さすなんてダサい」と思いつつ、彼を追いかけて背中を強く叩いた。「雨に濡れる男が好き」と叫び、そのまま走り去った。

校門を抜けたころには制服はびしょ濡れだった。

近くのバス停まで走って、雨宿りを始めた。心臓がばくばくして、なんだか体が熱っていた。わたしの言葉がどう響いたのか、少し心配になっていた。

でも、そのときずぶ濡れのケイタがバス停にやって来た。

「ママが正しい」と彼は言った。その顔は雨でびしょびしょになっていたが、笑っていた。不意に彼の笑顔につられて、わたしも笑い返した。

「ごめんね、急にそんなこと言って」とわたしは言った。

「いいよ、驚いたけど、なんかうれしかった」とケイタは優しく言った。「雨、嫌いじゃないんだ」

その言葉に、わたしはほっとして、「じゃあ、一緒に帰ろうか」と誘った。

二人で雨の中を歩き始めた。雨はまだ降り続いていたけど、ケイタの傘の下で少し寄り添った。雨の音が周りを包み込んで、何とも言えない静けさがあった。わたしはケイタの顔を横目に見ながら、心の中で跳ねている自分の気持ちに気がついた。これ、恋かもしれないと思った。

「ケイタ、今日はありがとう。こんなに雨が好きだなんて、思わなかったよ」とわたしは正直に言った。

ケイタは笑って、「僕もだよ。ミナが隣にいたから、雨も悪くない」と答えた。

その日の帰り道、雨はわたしたちを近づけ、新しい何かが始まる予感をわたしに教えてくれた。

雨の日が、これからはもっと好きになりそう。







時間を割いてくれてありがとうございました。

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