stories365

かつて書いたパソコンの中で埃を被っていた小説たちを、新たに加筆して発信しています。

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ごあいさつ

はじめまして。 stories365と申します。 少し本に絡めた自己紹介をさせていただきます。 私は幼少期から虚弱で、外で遊ぶよりも学校の図書館でコナン・ドイルやアガサ・クリスティを読んだり、家でひとり絵を描くのが好きな子供でした。 アイドルや歌謡曲には興味がなく、森瑤子や瀬戸内寂聴などから大人の女性の世界を垣間見たり、当時より少し古い時代の田辺聖子の描く大阪御堂筋あたりの風景や会社の様子に興味を持ったり、山村美紗や赤川次郎、林真理子、吉本ばなななどを読みながら(今振り返

    • 獣医

      この小さな街で、犬猫専門の動物クリニックを開業して5年。 わたしは喋るとやさしいし腕もいいのに、愛想がないのが残念な先生だと言われているらしい。それでも通ってくれる飼い主も年々増え、おかげで毎日忙しく過ごしている。 その仔犬に出会ったのは去年の暮れ、最後の診察日だった。 診察時間も過ぎスタッフたちと片付けをしていたら、近所のM夫人がクリニックのドアをノックした。 隣接する公園の茂みの中で野良犬が子どもを生んだようだと、近所の飼い主たちが数日前から噂していたのは知っていた。

      • 若い妻

        高校時代に両親が続けて亡くなり、兄弟も親類もいないR子にとって、夫は唯一の家族だ。 専門学校で同級生だった夫とは、夫がデザイン会社を辞めて独立する時に結婚した。 会社を辞めて一緒にならないかと言われた時、同じ科を卒業して同じ会社に就職していたR子が、はいと答えると、夫は、喜んでいるような緊張しているような、または安心したような、複雑な表情を浮かべていた。 そうして、夫の生まれ育った街に越してきてから、そろそろ1年が経つ。 郊外の山すそに造られたこのベッドタウンは緑も多く、ひ

        • カウンセラー

          こんばんは。ようこそいらっしゃいました。 ここは裏通りですし、こんな時間なのでわかりづらかったでしょう。 さぁどうぞ、こちらのソファへお座りください。 はじめまして。 私がカウンセラーのYです。まずは、当院についてご説明しましょう。 クリニックと言っても私一人ですし、ごらんの通りソファとテーブルとランプがあるだけの小さな院ですが、医師としてきちんと診察しますのでご安心ください。 また診察時間は深夜2時から5時まで、毎日おひとりしか診察を行いません。時間をかけてじっくりと、と

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        ごあいさつ

          愛犬家

          Lと毎日のように散歩していたその公園に足を向けたのは、3ヶ月ぶりだった。 今日で88日目。あの子がいなくなってから、わたしは毎日指折り数える。 夫がいい加減に止めたらと言うが、たかだか三月足らずで、自分の愛犬を忘れることができるだろうか。わたしにはできそうもない。 それでも、思い出の場所を訪れてみようという気にはようやくなれたと思いながら公園に入り歩いて行くと、一番大きな欅の樹の下のベンチに、E夫人が座っているのが見えた。 ベンチの横には、夫人がいつも押して歩く犬用のベビーカ

          蒐集家

          研究に欠かせない樹脂の品質が、昔に比べ飛躍的に向上した。喜ばしいことだ。かなりの大きさや厚みのあるものでも、泡抜けもよく隅々まできれいに固まる。透明度もさらに高くなり変色や劣化もない。 私はいろんなものを樹脂に閉じ込め集めてきた。大学院で資料として保存するものから、自分自身の趣味のものまで。それは院で当時専攻していた教授の助手だった頃から始まり、自分が教授になった今もまだ続けている。 学生の頃は、まず花や葉や昆虫のようなものから任された。花びらの開き具合や触覚や足の角度な

          映画女優

          国内最大手と言われる化粧品メーカーの再三のオファーを、彼女が丁重に断ったのは昨日のことだ。 80歳を過ぎてもぜひ広告モデルを、と依頼される彼女が女優になったのは、戦後すぐのこと。    美しい顔と儚げで上品な佇まいは、10代でデビューして以来、いまも驚くほど変わらない。 なにより肌が美しい彼女には、何度断っても、国内外問わず多くのメーカーから途切れることなくオファーがくる。 平成の頃からは、医薬品関連会社十数社からもアンチエイジングについて研究させてほしいとこれまた懇願され続

          小説家

          『そろそろ書かれてはいかがですか』 まただ。部屋の電気を消すといつもの声が聞こえてきた。 一人暮らしの部屋のどこからか、だが意外に近くから聞こえてくるこの声。 『昨日、隣のO夫人からお聞きした話などぴったりじゃないですか』 日にちが変わって数時間。ちょうど今頃の時刻になると、時々私に語りかけてくる。 いつからだろう。怖くはない。むしろ落ち着くような、聞き覚えのある低い静かな声。 「そうだなぁ・・・始めるとしようか」 私はキッチンで熱いお茶をカップに注ぎながらその声に答える。