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つくってみた、やってみた、和菓子の木型で日本画制作

和菓子の木型を利用した日本画を制作してみた

和菓子の木型

 干菓子や和三盆、落雁といった和菓子をつくるときに使う木型をヤフーオークションで手に入れた。ニュースなどでもよく取り上げられるように、和菓子屋さんは、今、材料の高騰で採算が取れなかったり、後継者不在などの問題があって、次々と廃業に追い込まれている。和菓子の製造に使われていた道具類は廃品回収業者やリサイクル業者を介して骨董屋さんの手に渡り、ヤフーオークションに出品されて、運よく廃棄の危機を免れることがある。道具としての役目は終えても、骨董品として珍重され、かろうじて命をつなぐというわけだ。
 そうしてヤフオクで入手した和菓子の木型に、細かくちぎった和紙を何層も貼り重ねたり、あるいは紙粘土を押し込んだりして型を取ってみた。取った型を、和紙を張ったパネルに接着して、日本画材の岩絵具や金泥、銀泥などを使って彩色をしたら、手前味噌ながら、いい感じのものが仕上がったように思う。

取った型をパネルに貼って日本画の画材で彩色
斜めからの眺め。鯛が反立体のレリーフ状になっている
上の作品で使用した和菓子の木型
和紙を貼り重ねて取った型

張り子をつくり始めたきっかけは、アド街の前田美波里さん

 これを始めた発端は2018年に放送されたテレビ東京の街紹介番組『出没!アド街ック天国』に遡る。その回のテーマは、「鎌倉二階堂エリア」で、ゲストで出演した女優の前田美波里さんが、鎌倉出身でしかも鎌倉高校の卒業生だと語っていたのだ。鎌倉高校は今も昔も神奈川を代表する難関校である。「へぇー前田美波里って鎌倉高校だったんだ」と、なんとなくネットで検索したところから全てが始まった。前田美波里さんはドラマやミュージカルで活躍する女優で、端正な顔立ちとスタイルで以前から私の憧れの的であった。

前田美波里さんは1966年(昭和41年)、18歳のときに資生堂のキャンペーンガールとして出演したCM で人気を博した。リアルタイムで見てはいないが、CM史に燦然と輝きを刻む有名なCMとして知っていた。

 “まえだびばり”と入力して初めに出てくるのは当然のことながら前田美波里さんだ。そしてカーソルを下の方に進めていくと、「前田ビバリー」が出てきた。誰? 誤表記?と思ってクリックすると張り子作家の前田ビバリーさんという方だった。その方のホームページに飛んだら、張り子作品があまりにもユニークで、すぐに著書の『おもしろ張り子』をAmazonで購入してしまった。その本には張り子の作り方も載っていて、私は張り子を作るようになった。

前田ビバリー著『おもしろ張り子』( グラフィック社)。申し訳ないことに私は、「前田美波里」で検索して「前田ビバリー」さんがヒットするまで存じ上げなかった。調べてみると、今注目の張り子作家さんだという

凹型での張り子づくりが性分に合っていた

 ご存知のように、張り子は粘土で原型をつくって、その上にちぎった和紙を貼っていく。いうなれば凸形の型取りスタイルなわけだが、これを反対に凹形の型で内側に和紙を貼った方法で型を取るとどうなるのだろうと閃いて、家にあった駅弁のだるま弁当の容器を使って、外側ではなく内側に和紙を貼って型を取ってみた。するとどうだろう、自分でもびっくりするぐらいに見事にだるま型が取れた。

だるま弁当容器
だるま弁当の蓋の裏側。ここにちぎった和紙を貼り重ねた

 凸の外側に和紙を貼り重ねていく張り子は、紙を重なれば重ねるほどに仕上がりの形はシャープではなくなる。そのシャープではない緩さにこそ温かさが宿り、それが張り子の魅力となっている。反対にだるま弁当の容器のように凹型の内側に和紙を重ねていけば、どれだけ和紙を貼り重ねても、もともとの凹型の形はそのままくっきりと生かされる。柑橘類でもミカンやオレンジ、グレープフルーツや伊予柑ではなくて、粒々が行儀よくきちんと並んだハッサクが一番好きという私は、シュッとした型が取れる凹形の張り子の方に魅せられた。しかも、できあがっただるま型にアクリル絵の具で彩色してみたら、これまたなんともイイ感じのキリッとした張り子に仕上がったのである。
 ちなみに一般的な張り子のように3Dではなく、平面に貼り付けてレリーフ状の反立体にして彩色しているのは、その方が塗りやすいからだ。当初は前田ビバリーさんの『おもしろ張り子』にあるように立体に色を塗っていたのだが、筆を持つ手がブルブル震えてきて思うように描けなかったり、絵の具が垂れてきたり、乾いていない部分に触れてしまって絵の具が手についたりして、うまい具合に色が塗れなかった。

ダルマ弁当の蓋を凹型にして型取りしてものをアクリル絵の具で着彩
斜めからの眺め
だるま弁当の張り子に、海岸の砂浜で採取した砂で彩色。近年、海岸の砂浜侵食が環境問題となっているので、その砂浜の砂を使ったらメッセージ性が生まれるのではないかと思ったが、作品としてはイマイチ。コンセプチャルな方向性が重視されがちな昨今のクリエイティブの在り方へのアンチテーゼのようでもある

満を持して、いよいよ和菓子の木型と出会う

 もっと凹形の型で張り子を作る方法がないだろうかと、日々検索しまくっていたら、和菓子の木型で革を型取りしている人を見つけ、ここで初めて世の中に和菓子の木型というものがあることを知った。さらに検索をすると、皮ではなく一枚の和紙で型取りをしている作家がいること、そしてその作家は骨董屋やオークションで和菓子屋さんが手放した木型を入手していることを知った。そうして私もヤフオクに初参戦することにした。
 しばらくの間はヤフオクに馴染めず全く落札できなかったが、数ヶ月してオークションのコツがつかめて、ようやく最初の和菓子の木型を入に入れることができた。それがこの跳ねたような鯛の木型だ。

ヤフオクで初めて手に入れた和菓子の木型

 和菓子の木型を凹型の原型にして張り子を作ってみると想像以上に楽しい。型から外すと当然ながら型通りに形が出来上がる。“型通り”とは対外の場合はネガティブな意味合いとして使われる言葉だが、型通りに型が抜けた瞬間は、なんともいえない爽快感と達成感が身体を突き抜ける。

型取りした鯛

 だるま弁当を使った張り子の場合は、アクリル絵の具で着彩してみたが、この和菓子の木型の鯛は岩絵具で着彩してみた。すると思いのほか相性がいい。日本画の岩絵具特有のザラっとした感じや、天然の鉱物に由来する色自体が持つ品格、なによりもしっかり発色しながらもどこかマットな質感が和菓子の型の上品なフォルムとあいまって、キッチュでありながら趣のある仕上がりになっているように思う。おそらくは、和の菓子の形と、和の画材はどこか共鳴し合う部分があるのだろう。

日本画の画材で着彩
斜めからの眺め
鯛の次に手にれた鶴の木型
アクリル絵の具で着彩してみたが、日本画材で着彩した鯛に比べると色が軽くて若干チープな印象

チョコレートやおにぎりのモールド、陶器の鋳型でもつくってみた

 和菓子の木型の張り子が気に入ったとはいえ、型取りそのものの面白さにもハマってしまった私は、チョコレート用のモールドや、ゼリー型、おにぎり型、陶芸用の石膏型など、和菓子の木型以外の型でも型取りをしてみることにした。

ヤフオクで落札した陶器用の石膏型
本来の張り子に近い立体型にしてみたが、レリーフ状のものに比べてかなり塗りにくい
斜めからの眺め
チョコレート用モールド
着色前の型取りまでの段階
節分の豆についていたミニお面
着色前の型取りまでの段階。これは紙粘土で型を取った
レンジ用のたい焼き型
岩絵具ではなく、京都彩雲堂の水干絵具で彩色。岩絵具よりも軽い発色で、泥絵の具で仕上げる昔ながらの張り子に近い色の質感に仕上がった
斜めからの眺め
浅草かっぱ橋道具街まで行って購入したゼリー型
ゼリー形の凹側。何が何だかわからない型が出来上がって、この型での型取りは失敗に終わった
100均で購入したライス型
水干で着彩
斜めからの眺め。他の人が見たら、ヨレヨレして下手くそな仕上がりで失敗作と思われるかもしれないが、我が家の愛犬は11歳のシーズー犬で、実際かなりこれに近い感じではある
福助。結局、和菓子の型が一番しっくりくるのかもしれない
福助
試しにニスを塗ってみたが、テカテカしてよくない。マットであってこその張り子、マットであってこその和菓子の木型、なのかもしれない
斜めからの眺め

持続可能なあり方を問うエシカルなアート…なんちゃって

 いろいろな型や絵の具を使ってみてはじめて分かったのだが、やはり和菓子の木型と日本画材の相性が最強なように思う。今後も実験程度の感覚で型を入手するだろうが、メインはやはり「和菓子の木型×日本画材」でいくつもりだ。
 この先、誰かにコンセプトなどについて質問されたりすることはよもやないだろうが、万一青天の霹靂がおこって尋ねられた場合は、こう答えると決めている。
「長年和菓子を作ってきた職人と、和菓子の木型を彫ってきた職人の思いが詰まった和菓子の木型を再利用してアート作品として表現することで、その思いや伝統を後世に伝えたいと思ったのです。また、和菓子の世界と同様に日本の伝統的な画材である岩絵具や和紙膠といった日本画の画材も存続の危機に瀕しています。和菓子の木型、日本画の材料を組み合わせて作品を表現するのはエシカルな試みであり、表現活動において持続可能性をテーマとすることは、アーティストとしての社会的な責任でもあるように思います」…なーんて耳障りのいいコメントを一度でいいから言ってみたい。実際にそんなことは全然考えてなくって、ただひたすらに型を取って、色を塗って、張り子をつくるのが楽しくて仕方ないのだけれども。

#創作大賞2023 #エッセイ部門


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