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映画の中の街、東京という街

大手町・丸の内・有楽町エリアの街づくりを担う三菱地所と、同社が開発を手がける有楽町エリアに仕事場を構える映画・映像企画会社のSTORY inc.が、2022年夏にスタートさせた共同プロジェクト「STORY STUDY」。
有楽町──映画館、演劇の劇場、コンサートホールやギャラリーをはじめ無数の娯“楽”が“有”る“町”──の魅力を再認識する、クリエイター発信型のイベントを定期的に実施し、「物語のある街」「街に集う歓び」を提案していくという。
2023年6月26日に開催された第4回STORY STUDYは、映画監督の是枝裕和監督をトークゲストに招いた。

Intro

丸の内仲通りに面し、東京国際映画祭ではイベント会場の一つとして使われる、有楽町 micro FOOD & IDEA MARKET。午前11時のイベント開始を前に、アイスコーヒーを片手にフラッと中へ入ってきた人を見ると、是枝裕和監督だった。代表作『万引き家族』では第71回カンヌ国際映画祭パルム・ドール、現在公開中の映画『怪物』で第76回カンヌ国際映画祭の脚本賞&クィア・パルム賞をW受賞するなど、日本のみならず世界に名を轟かせる名監督だが物腰やわらかで佇まいはナチュラル。STORY STUDYのメンバーが声をかけると笑顔で会話が始まった。ただ、話をする時、相手をじっと見つめる視線が強く、まぶしい。この人の目はいったい何を捉えているんだろう……と、好奇心に駆り立てられた。

参加者が集まってきたところで、是枝監督と共にSTORY inc.の川村元気が席に着く。第4回STORY STUDYのテーマは、「映画の中の街、東京という街」。二人の対談形式で、ロケ(=撮影所や放送局の外部で行う「ロケーション撮影」)の観点から是枝作品の知られざる秘密を紐解いていく。

1.怪物(2023年)

ロケ地:⻑野県 諏訪市、岡谷市ほか


川村 聞き手を務めます、川村です。『怪物』では、プロデューサーを務めました。是枝監督とは、STORY inc.の仕事として『舞妓さんちのまかないさん』というNetflixシリーズも一緒に作らせていただきました。
是枝監督は今までの作品で、どういうふうに街を選び、そこを舞台として映画を作っていったのか。そこを中心に伺いつつ、これからの東京の街、というところまで話ができたらと思っています。
まず最初に、映画『怪物』の話をしていきたいと思いますが……公開3週目が終わったばかりですし、ネタバレには注意します(笑)。ロケは、主に長野県諏訪市で行われました。なぜ諏訪を選ばれたか、お聞かせいただけますか。
 
是枝 すごくネガティブな話から入ってもいいですか?
 
川村 おお?(笑)
 
是枝 とにかく、東京が撮影に優しくない。ドラマと映画の撮影にとっては東京は鬼門で、撮らせてもらえない。今日、その話が延々と続くと思います。
 
会場 (笑)

 
是枝 坂元裕二さんの脚本では、舞台は東京の西のはずれ、街中に大きな川が流れていて、地元で毎年マラソン大会が開かれている……とト書きにあったので、青梅だなと思ったんですよ。制作部のスタッフが西東京へ行っていろいろ見て回ってくれましたし、ロケの申請はしてみたものの、やっぱり許可が出ない。東京はあきらめざるを得ないっていうところから、新たに探し当てたのが諏訪市でした。川が湖、諏訪湖になって、結果的にはこの映画にとって良かったと思いますけれども、出発点は東京に対するあきらめです。
 
川村 今日会場に来ている三菱地所さんにお願いすれば、撮影させてもらえるんでしょうか?(笑) 東京は一番撮影しにくい街だって、世界でも有名ですよね。
 
是枝 外国から、東京を撮りたいって来た人たちはみんなあきらめてしまうんです。
 
川村 名古屋とか九州で、東京っぽく撮ってますよね。北関東で撮るのが流行った時期もありました。そこを撮り尽くして、今は長野に注目が移行していった印象です。
 
是枝 長野は、今回もお世話になりましたけども、フィルムコミッションという映画の撮影に協力してくれる機関に優秀なスタッフが集まっていて、非常に撮影しやすかった。
 
川村 1枚目のスライドは、安藤サクラさんが演じるクリーニング店で働くお母さんと、その息子が住む一軒家です。ベランダからは、諏訪湖が見えます。
 
是枝 最初の脚本では家の描写がクリアではなかったので、マンションでいくのか戸建てでいくのかを決めずに探しに行っているんです。湖の側から高台を見上げた時、目に入ってきたマンションに空き家がないか調べるところからスタートして、結果的にその隣の隣の隣ぐらいのお宅を借りることに決めました。

とても優秀な制作部をゲットしたんです。チーム全体が優秀なんですけども、後藤一郎くんという元早稲田(大学)の登山部の制作が歩き回ってくれました。『海街diary』から入って『万引き家族』もそうでしたし、今回もすべて後藤くんが見つけてきてくれた現場と街です。


第4回STORY STUDY のゲスト、是枝裕和監督


川村 映画の現場でいう制作(部)は、ロケーションの場所をまず見つけてきて、家主さんと交渉する。公共機関であれば管轄の役所と交渉して、撮影のためのロケーションを整えるチームです。「いい監督には、いい制作が付いている」とよく言われますね。
 
是枝 単純に「この場所、いいね」だけでは済まなくて、そこを撮影場所に選んだ時に待機場所があるかどうか、近くにトイレはあるのか。撮影時に大変なことにならないよう作品全体を俯瞰して見る目が必要になる、非常に重要なポストです。実は今回、まず後藤くんのスケジュールを押さえたんですよ。それと、撮影の近藤龍人。この二人がいれば、僕がいなくても大丈夫(笑)。
 
川村 次のスライドは、小学校です。坂の上にあって、学校からも湖が見えるという奇跡的なロケーションの学校でしたけども、ここはどういうふうに決めたんでしょうか。
 
是枝 ここは2年前、撮影時で言うと1年前に廃校になったばかりの小学校です。まだ「生きている」感じが残っていて、廊下や教室の掲示物などがそのまま使える状況でした。裏庭に埋められたタイムカプセルもそう。それほど飾り込まなくても、もしくはそれほど掃除をしなくても撮影できるというのはすごく大きかった。一番の決め手は吹き抜けになっている昇降口の作りと、あとは2階の教室から見える湖が抜群だった。湖で反射した西陽が音楽室に差し込む、という場面は絶対に撮りたかった。


 川村 ちょっと補足させていただくと、さきほどの「生きている」って監督の言葉は映画用語でもあって、廃校は場所としては「死んでいる」わけですよ。子どもが実際に通っている場所と、もう通わなくなっちゃった場所では漂っている空気が全く違う。だからみんな「生きている」学校を使いたがるんだけれども、その場合、平日は使っているから土日しか撮影できないんですよね。

 是枝 実は、職員室だけは「生きている」学校で撮っています。職員室を飾るのは本当に大変で、生きている学校を使わせてもらうのがベストという判断でした。二つの場所を一つに繋いでいるんですが、普通にご覧になってもまず気づかないと思う。そこは近藤龍人の、カメラマンの腕ですね。

 川村 『怪物』におけるもう一つの大きなロケーションは、トンネルと線路と廃電車、子どもたちの秘密基地です。写真を見るだけでも伝わってくる、素晴らしい画です。これはどうやって発見されたんでしょうか。 

是枝 後藤くんです。 

川村 スーパー制作マンですね(笑)。 

是枝 一緒にロケハンに行って最初に見つけた場所は私有地で、昔、森の中に列車が走っていたらしく、かつてそこには線路があったんだなと感じられる非常にいいロケーションだった。持ち主と交渉したんだけれども許可が出ず、第2候補として見つけておいた場所を使いました。結果的に、こちらで撮影して良かったと思いますね。脚本の坂元さんが、後藤さんが見つけてくれたこの場所から刺激を受けて、映画の重要な場面を大きく変えたんです。 

川村 僕は今まで42本の映画を作ってきたんですが、いい監督ほど、ロケーションをめちゃくちゃ粘る印象があります。見た目がいい、という理由だけで場所を選んじゃう監督もいるんです。是枝監督の場合は、人の動きでロケーションを決めますよね。『怪物』で言えば、吹き抜けで階段をぐるーっと回っている子どもたちの姿だったり、その場所でどんなふうに人を動かせるかを常に意識されている。


聞き手の川村元気はプロデューサーとして映画『怪物』とNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』に携わった


 是枝 その場所が綺麗という理由だけで撮っちゃうと、画が止まっちゃうんです。どういうふうに人を動かすかで決めなければ、うまくいかない。 

川村 Netflixの『舞妓さんちのまかないさん』でも、是枝監督は祇園の置屋の中で登場人物たちがどう動くのか、動線をずっと気にされていた印象があります。2作をご一緒して、そこが是枝作品のキモなのかな、と。

 是枝 成瀬(巳喜男)から学んだことですね。成瀬巳喜男という、小津安二郎と同世代の有名な監督がいるんですけれども、すごく上手に建物の中で人を動かすので、とても勉強になるんです。 


2.ベイビー・ブローカー(2022年)

ロケ地:韓国 釜山、ソウル


川村
 是枝監督が初めて、韓国で製作した映画です。率直にお伺いしてみたかったんですが、韓国で撮るってどうでした?
 
是枝 すっっごいラクでした。
 
会場 (笑)
 
是枝 まぁ、東京と比べちゃうとどこの街でもラクなんだけども。コロナ禍真っ只中での撮影だったんですが、あちらでは感染度合いが3段階くらいに分かれていて、一番厳しい状況の街ではロケができなかったんです。それで脚本を変えたりもしましたが、撮影許可は本当に下りやすかった。どの街も、中2日ぐらいで許可が下りていました。



 
川村 爆破とか、公道のカーチェイスもやらせてくれますよね。
 
是枝 しないけど(笑)。
 
川村 洗車のシーンはありましたよね(笑)。『ベイビー・ブローカー』は、ロードムービーですから。
 
是枝 南部のプサン(釜山)から車で海沿いを北上して、ソウルまで行く話です。これがスタート地点のプサン(スチール)。プサンは映画祭で何回も行ってるんですが、とにかく坂と階段が多い。海に迫ったところからすごく急な坂道になっていて、山が迫っていて、平地がすごく少ないんですよ。映画撮影に向いてるんです。その中でも高低差があるところを探して、撮影しました。
 
川村 釜山映画祭は、本当にいい映画祭ですよね。世界のフィルムメーカーがやって来るのは納得だなと思います。ご飯もおいしいですし。
 
是枝 前はメイン会場が海沿いにあったじゃないですか。何年か前に台風が来て、海沿いの会場が飛ばされてイベントができなくなってしまい、次からは天候に左右されない場所でっていうことで、メイン会場が街なかに移ってしまった。でも、野外の、オープンイベントがあるといいですよね、映画祭はね。10年ぐらい前、福山雅治さんと釜山映画祭に行ったとき、海沿いのオープンの場所でポン・ジュノさんと対談したんですけども、今でもよく覚えているくらいすごく楽しかった。



川村 カンヌも海沿いですし、海沿いってマジックがかかる場所ですよね。よかれと思って安全対策を取ったら、映画祭の魔法が解けちゃったみたいなことはままあるなぁと思います。
次の写真は、港ですね。映画でもすごく印象的なロケーションでした。
 
是枝 釜山から東の海岸沿いを上がっていったところにある、カニで有名なヨンドク(盈徳)という港町です。直前まで別の港で撮影する予定だったんだけど、感染の度合いが1段階上がって撮れなくなって、急遽ここに変更しました。
 
川村 次の写真は、ソウルですね。街なかでもがっつり撮られていて、建物のネオンが印象的でした。
 
是枝 ソウルで撮りたいけど撮れなかった場所は、なかったんじゃないかな。ソウル駅の構内はいろいろ制限をかけられましたが、東京では撮影すらさせてもらえない。JRは無理、という前提で脚本を書かないといけない。
 
川村 アニメだったらやれるんですけどね。実写は無理です。
 
是枝 ホウ・シャオシェンが『珈琲時光』という映画で、御茶ノ水のあたりの中央線とかをゲリラで撮っていました。昔の映画は、そうやっていたんですよ。ゲリラで一般のお客さんの邪魔をしながら駅で撮影をした歴史が繰り返された結果、どこも許可を出さなくなっているという状況があるのだと思うんですよね。ただ、こんなに電車が撮れないっていうのは本当に苦しいです。
 
川村 苦しいですよね。電車が面白い国なのにって思います。
 
是枝 電車が好きなのもあるんだけど、僕は車の免許を持っていないので、脚本で移動手段を書こうとすると車よりは電車になっちゃうんです。これ、どうするんだ、許可出ないぞみたいなことの連続なんですよ。
 
川村 電車の話は、後でもう少しできればと思います。


3.万引き家族(2018年)

ロケ地:都内下町、埼玉県内ほか

川村 この映画は、家選びが決定的だったんだろうなと感じました。6人家族が住んでいる家は、どこにあったんですか?
 
是枝 家自体は、荒川区です。家の中はセットですね。これも撮影が近藤龍人なので、表と中をうまく組み合わせながら映画を作っています。

川村 この家は高いビルの間にぽつんと挟まれるような、奇跡的なロケーションですよね。
 
是枝 表通りからは一本入ったところにある、昔ながらの平屋です。人目につかず暮らせる、という環境に説得力を持たさなければいけないので、この家にたどり着くまでは相当いろいろ見て回りました。まず地域としては東京の東側、墨田、江東、荒川、江戸川あたりが舞台になるなと思ったんです。昔ドキュメンタリーをたくさん作っていた時にこの地域に通っていたことがあって、老人の単身世帯が多いし街の開発が進んでいないので、こういう家がポツポツ残っていることは知っていたんです。
 
川村 次のスライドは、商店街ですね。寂れ方が絶妙です。
 
是枝 三ノ輪の商店街ですね。もともとここが好きで、何度も通ってるんです。街の話じゃないんですけど、『万引き家族』で衣装を担当していただいた黒澤和子さんの凄さを実感したんですよね。この街でこういう暮らしをしているときに、衣服にどのぐらいのお金がかけられるかを、架空の家計簿を作って算出して、「だとすると、ここのスーパーにしましょう」って。スタッフみんなで黒澤さんが指定したスーパーへ行って買い物して、着る服とか、履く靴を決めていったんです。経済状況から服を決める、という考え方には説得力がありました。
 
川村 僕も昔、若いディレクターとショートフィルムを作った時に、貧乏な美容師見習いみたいな設定の男の子にSupremeを着せてたんですよ、スタイリストが。人間じゃなくて服のことしか考えてないって、怒ったのを覚えています(笑)。


4.海よりもまだ深く(2016年)

ロケ地:東京都清瀬市 清瀬旭が丘団地ほか

川村 この映画のロケ地は、是枝監督の生まれ育った団地なんですよね。
 
是枝 団地の映画を作りたかったんですが、自分の育ったところで撮影するのはさすがにちょっとどうなの、と思って別の団地を最初は探していたんです。交渉したんですがことごとく許可が下りず、自分の地元に戻ってきて、清瀬の旭が丘団地で撮影することになりました。
 
川村 東京とは思えないですよね。


是枝 団地から見える道の向こうは、埼玉県新座市なんです。僕が子どもの頃は、窓を開けているとクワガタとかカブトムシ飛んでくるぐらい、周りが雑木林で。学校帰りにみんなで雑木林に入って、ドンッと木を蹴ると、ばらばらっと落ちてくる。それまでは練馬区の北町という所に住んでいて、都会では全くないけれども、電車一本で池袋に出られたんです。ここへ9歳で引っ越してきた時はすごく田舎に感じられて、当時「都落ち」って言葉は知りませんでしたけど、「大丈夫なのかな、俺、ここで育って」って不安になりました(笑)。すぐ馴染みましたけどね。ここで育ったおかげで、あくせくしない、とてものんびりした学校時代を過ごせました。若い人はみんな団地から出ていっちゃうんで、今や高齢者だけが残っています。
 
川村 この映画そのものですね。樹木希林さん演じるお母さんが一人で団地に住んでいて、息子が帰ってくるという話ですもんね。
 
是枝 エレベーターがないから移動が大変なんですよ。撮影の時、希林さんが「もう階段降りたくない」って嫌がってました(笑)。
 
川村 団地はグラフィック的にも面白いですよね。公園の遊具もちょっと変わっていて面白い。
 
是枝 70年前後に建てられた団地には、こういう不思議なオブジェが残ってるんですけど、それもほとんどなくなっちゃいました。この遊具は別の団地にあったものなんですが、すでに撤去されてしまいました。


5.海街diary(2015年)

ロケ地:神奈川県 鎌倉市ほか

川村 吉田秋生さんの原作漫画に描かれていた通りの物件ですね。
 
是枝 ここを見つけるのは相当苦戦しました。後藤くんとプロデューサーが、原作で描かれた鎌倉の一軒家に近い家を探すといって、鎌倉を含む神奈川県中を探し回ってくれたんです。チェックしたエリアは紙の地図を塗りつぶしていくんだけど、最終的には全県が真っ黒になりました。この手の古い家も残ってはいるんだけれども、記念館になっていたりおしゃれなお店屋さんになったりしていて、普通に暮らしてる家はほとんどなかったんですよね。見つかったとしても、騒がしいのはイヤだから撮影はダメだと家主さんに言われてしまう。この家は、住まれている方のご親族がキネマ旬報社さんで働いていたことがあって、映画に理解があったんですよ。それで撮らせてもらえました。



川村 海沿いの、線路脇の風景が印象的でした。撮影するうえで、鎌倉の街はどうでしたか?
 
是枝 江ノ電の許可がなかなか下りず、大変でした。
 
川村 神奈川も、映画に厳しかった(笑)。
 
是枝 許可が下りたは降りたんですけど、車両を貸切にはできないと言われたんです。始発を待って並んで乗って、一車両をスタッフやエキストラで埋め尽くして撮影して、もしも一般の乗客が来たら「すみません、いっぱいです」と言っていただくかたちなら大丈夫です、と。
 
川村 『SLAMDUNK』の聖地巡礼の場所になっている、海沿いの踏切も出てきます。電車の中も大事ですけど、電車がそばを通っている風景って、グッと来るものがありますよね。
 
是枝 江ノ電は街中を走るから、街と電車が共存している感じがすごくいい。
 
川村 是枝さんは、線路沿いの風景をよく撮られる印象があるんです。遠くを電車が走っている風景だとか、線路沿いを歩いたりとか。『怪物』もそうでしたよね。
 
是枝 撮影させてもらえないからさ(笑)。乗れないのに電車の感じを撮ろうとすると、踏切か線路沿いでいかざるを得ない。本当は乗りたい。
 
川村 電車に乗りたいっていう願望が叶わないと、電車のそばをうろうろすることになる(笑)。新幹線に乗りたいとか、いつか電車に乗りたいという衝動を、登場人物たちに持たせている場合も多いですよね。電車がメタファーになっている、とも言える。どこか遠くへ行きたい、今いる場所から遠く離れたい、みたいな。『誰も知らない』(2004年)であれば、最後は子どもたちみんなでモノレールに初めて乗って、羽田空港まで行くわけじゃないですか。
 
是枝 元々の脚本では、西武池袋線だったんですよ。レッドアロー号に乗って西武秩父に行く、というのがゴールだった。でも、西武線が当時は一切許可が出なかったので撮れなくて、羽田空港行きのモノレールに変更したんです。苦肉の策ですね。
 
川村 最善と思える選択をあきらめて、別の選択をしたことで新しい発想が生まれることもありますよね。『誰も知らない』で、空を飛んでいる飛行機を見上げる柳楽優弥くんのアップ。今いる場所とここではないどこか、という対比がすごく感じられて、すごく良かったです。
 
是枝 ただ、僕自身はだんぜん飛行機よりも電車が好きです(笑)。『奇跡』(2011年)という映画を作った時に、くるりに音楽を頼んだんですが、くるりの岸田さんも電車が好きじゃないですか。「どうして車ではなくて、電車が好きなんですか?」と聞いたら、「絶対に自分のものにならないからですね」と言われて、なるほどな、と。自分のものにならないっていうのは、確かに電車の魅力かもしれない。
 
川村 確かに、自家用車やプライベートジェットを持っている人はいますけど、プライベート電車はないですもんね。面白い。
 
是枝 このセリフ、いつか映画で使おうと思っているんです。いま喋っちゃいましたね(笑)。


6.舞妓さんちのまかないさん(2023年)

ロケ地:京都市 祇園ほか

川村 最後に、我々が一緒に作った『舞妓さんちのまかないさん』の話をしたいと思います。ロケ地は京都の祇園でしたが、撮り放題でしたね。コロナ禍真っ只中だったので、通りに人がまったくいませんでした。
 
是枝 逆にいうと、ゴーストタウン化していて、通りにエキストラを置かなければいけない状況だった。経済的には大変だったけれども、「昔の京都が戻ってきたような感じがする」って話されていた地元の方もいました。街そのものを被写体にできた、とても貴重な撮影でしたね。今はもうあふれ返ってますから、二度と撮れません。
 
川村 メインストリートの花見小路にも、人っこ一人いませんでしたからね。
 
是枝 原作の漫画では、物語の舞台がはっきりどことは書かれてないんです。いろいろな花街をミックスしているみたいで、あまり具体的な街並みは出てこないんですけども、明らかにモデルは祇園だろうな、と。祇園をベースに、一つ路地を入ったところに舞台となる置屋さんがある、という設定を僕たちの方で作って、川村さんたちとロケハンをしていきました。そうしたら、一緒に行った美術の種田(陽平)さんが「ここまでセットにしたい」と、ロケ部分を削ってセットの比率を増やし始めた(笑)。

川村 恐ろしい美術監督ですよね。その恐ろしさについて、第2回STORY STUDYでご本人に伺っていますので記事をお読みいただければと。とにかく、置屋のセットが素晴らしかったんですよね。種田さん自身、今までやってきた仕事の集大成だとおっしゃっていました。

是枝 3階建ての全てを作ったうえに、外観と裏路地と、屋上の物干しもセットで作ることになって、予算が大変なことになりました(苦笑)。
 
川村 Netflixマネーじゃないと作れない(笑)。セットの外の、道を作ったというのが発明でしたよね。
 
是枝 そこも人が通ることによって、家と外界を繋ぐ動線ができるんです。
 
川村 『舞妓さんちのまかないさん』をご一緒したことで、是枝さんの動線へのこだわりを実感できました。置屋の1階にあるキッチンを通過しなければ、トイレ行くのも、外出るのも、2階に上がることもできない。そういうセットにしてほしい、と要望されていました。
 
是枝 交差点になるような、動的な場所として台所を捉えたかったんです。言い換えれば、常に「生きている」場所にしたかった。人がどう動くかっていうことをちゃんと考えて作らないと、「死んでいる」場所が出てくるんですよ。
 

                 *

川村 「生きている」場所、「死んでいる」場所という考え方は、映画の中に限らず、現実の街にも適用できると思うんです。人の動きをどう意識して街を作り、建物の内部構造をどうするかによって、場所の生き死にが大きく変わってきますよね。さきほど釜山映画祭の話がありましたが、海沿いを会場に使っていた時は人がいっぱい集まっていた。会場を立派なビルに移した瞬間、人が寄り付かなくなったりする。場所として活力を持っているのはどちらなのか、明白です。
 
是枝 海沿いの会場でやっていた時は目的がなくても立ち寄れたんだけれども、今は目的がなければ行かなくなってしまった。イベントによってはクローズドにすることも必要なんだけれども、外側に開かれていたほうがいい場合も多いと思います。
 
川村 2021年から銀座、日比谷エリアに会場を移した東京国際映画祭は、その辺りを模索中ですよね。是枝監督も、今日の会場にもなった有楽町microで「交流ラウンジ」を主催されていました。
 
是枝 去年は200人ぐらい来ましたね。外国から来た作り手と日本の作り手と、それからファンがぐちゃぐちゃっと混じり合って、立ちながら飲みながら話をしていて。あぁ、これが映画祭だよなあと思いました。ああいう空間は、東京国際映画祭ではあんまりなかったんじゃないかなと思います。
 
川村 絶妙なセキュリティゆるゆる感がいい(笑)。
 
是枝 街と映画祭が、混じり合っているってことだと思うんですよ。それがうまくいってるのは一時期の釜山映画祭と、サン・セバスチャン映画祭、トロント映画祭くらい。カンヌ映画祭は意外と業界内の人たちだけで盛り上がっている印象があるんですけど、街中にポスターが貼ってあったりして、レストランに入るとお店の人が「あなたの映画、観たよ」と声をかけてくれる。東京国際映画祭もそうなっていくといいですよね。
 
川村 街と映画祭の関わり方って、これからの街づくりのヒントになると思うんです。最近のビルはエントランスが吹き抜けで迫力があるんだけど、テナントはどこにでもあるようなチェーン店ばかりで、仕事で用事がなければ寄り付かないです。だから、土日になったらゴーストタウンみたいな街、増えてますよね。最近のニューヨークが日本とは全然違うなと思うのは、ビルの1階が街の人たちにとって魅力的な溜まり場になっていたりする。
三菱地所さんは駅前の有楽町ビルと新有楽町ビル、それから帝国劇場がある帝劇ビルを共同事業で建て直すそうですが、有楽町の街がこれからどう変わっていくとお考えなのか。是枝監督から三菱地所さんへ何か要望はありますか?
 
是枝 撮影に優しい街にしてほしいです。
 
川村 ですね(笑)。
 

Outro

対談終了後、三菱地所から大丸有──大手町、丸の内、有楽町エリアの再開発について短いレクチャーが行われた。来場していた東京国際映画祭の安藤裕康チェアマンからは、映画祭を使って東京の街を活性化させていく、というワクワクする未来像が語られた。


質疑応答では、大学生の女性から『怪物』の舞台になった諏訪地方の宗教性について、丸の内エリアで働きながらアート活動も行う女性からは、映画産業の現在地についての問いがあがった。

そして、全てのプログラムが終了後、トークショー会場は懇親会場に変わった。是枝・川村両名及び東京国際映画祭や三菱地所の関係者らとともに、観客もまた「ぐちゃぐちゃ」に混じり合って場が熱を帯びていく。不思議なほどに居心地がいい。たぶん、「生きている」場所に居合わせる喜びは、何物にも代え難いものがあるのだ。

第4回「STORY STUDY」
2023年6月26日 有楽町micro FOOD&IDEA marketにて開催
構成・文:吉田大助  写真:澁谷征司  編集:篠原一朗(水鈴社)