見出し画像

短編小説『僕は偽善ボランティア』

本心

僕は今、ボランティアとして災害のあった村に来ている。

本当のことを言うと、純粋に善意にかられて来ているわけじゃない。

派遣で雇われている会社の方針で、正社員だけでは足りないから駆り出されたというわけだ。強制ではないけれど、慈善活動好きの社長の方針だから、断ることができなかった。

中学でも高校でも、掃除をサボってばかりいた自分が、ボランティアで泥や廃材を片付けているのは、バチが当たったような気分だ。

僕のような人間は、恥ずかしくてボランティアをしているなんて言えない。会社から良く思われたいという気持ちが強いから、給料をもらうために働いているのとほとんど意識は変わらない。

「ボランティアには行かない」なんて社内ではとても言える雰囲気じゃなかった。仕方なくボランティアには来たけれど、自分の優柔不断な気の弱さが情けなかった。

現地での活動は、体力の要る汚れ作業が多い。被災者から「ありがとう」と言われると悪い気はしない。だから、見掛け上はせっせと作業をしている。

同じ派遣の同僚にも、ボランティアに参加しないと意思表示をして、会社に残って通常の仕事をしている者もいる。僕は彼らのように自分の意志を表に出せる人が羨ましい。

僕はどうしても、「嫌われたくない」という気持ちが先に立ってしまう。

褒められたい

僕のこんな気の弱さは自分でも嫌いだ。もっと嫌なのは、「人から褒めてもらいたい」という、自分の欲を意識してしまうことだ。

本当はやりたくないのに、見た目は真面目にボランティア作業をしてるのは、この嫌らしい欲のせいだ。

僕には何の特技も資格もない。人から褒められるようなことも全くなかった。ボランティアに来てみてわかった。ボランティアという立場に自分を置くだけで、人から褒められる存在になる。気持ちは不純だったけど、褒められる気持ち良さを味わうことができた。

人から褒められたいという欲求は子供の頃から強かった。幼いころの僕は、人前に出ることを恥ずかしがる内気な子供だった。そういう性格は今も変わっていない。大勢の前で話すことなんて怖くてできない。そういう性分だからこそ、人から褒められたい欲求が強い。

現場で泥を掻き出したりする時も、スコップのひと掻きひと掻きの度に、誰かに「ご苦労さま」、「ありがとう」、「助かります」の掛け声を求めてしまう。そういうことを意識してしまう自分が嫌だ。

そうかといって、苦労している姿を見せびらかすようなこともしたくない。被災者が大勢見ている場所を好んで張り切るボランティアも中にはいる。僕はそういうことはしたくない。

誰も見ていないところでも汗を流す自分も、僕は実は好きなのだ。ただ、そういうことまで意識する自分が嫌なのだ。ボランティアをしているだけで偽善なのに、更に偽善を重ねたくはなかった。

ボランティアに来てから一層自分が嫌になる。純粋な善意というか、無意識の善意というものがない自分が嫌になる。

他人の不幸

僕の嫌らしさは、それだけではない。

家が潰れたり、焼失したり、流されたり。そういう悲惨な光景を間近に見て、「自分は幸福なんだ」と安心したい気持ちも持っている。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。そこまで腐った根性ではないものの、他人の不幸で自分の幸福を感じてしまう自分がいる。

他人が不幸に沈んでいく程、その沈み方が深い程、自分の幸福感は高くなっていく。被災者からしたら、許せないような気持ちを隠しながら、僕はボランティアをしている。

無意識な善意はないくせに、無意識な悪意はあるのだ。

「こんな気持ちを持っていたら、いつか天罰が下って、きっと自分が被災者側の立場を味わうことになる」という恐れも持っている。

人の一生で、不幸も幸福も、どちらか一方に偏ることは少ないと思う。だから、自分の心が醜い分だけ、未来に待ち受けている不幸が不安になる。

そうとわかっていながら、自分より不幸な人を見ると安心している救いようのない自分がいる。

バランス

実をいうと僕は苦しんでいる。本当に苦しい。悩んだけれど、苦しいから懺悔をしたい。

自分の気持ちに嘘をついて、善意のボランティアをしていることが苦しくなってしまった。

本当は根性悪のくせに、「ありがとう」、「助かりました」と感謝され、「立派ね」、「偉いわ」と声をかけられることが苦しくて耐えきれなくなってしまった。

偽善の後ろめたさ。追い詰められた気持ち。楽になりたい。

僕はバランスを取るために盗みを働いてしまった。

自分が悪党にならなければ、偽善者という自分を責める気持ちとバランスが保てなくなってしまった。

居心地の悪い偽善。

僕は偽善者という持ち上げられた高い所から、落ちてしまいたい欲求に負けてしまった。偽善者という自己嫌悪を打ち消すためには、悪いことをしたという罪悪感が必要だった。

僕は半分潰れた民家の家に忍び込んで、落ちていた腕時計を盗んでしまった。高価なものではなかったけれど、罪を犯したという事実だけで十分だった。

でも、このことで僕の心が落ち着くことはなかった。

瓦礫の下の声

会社のボランティア活動も明日で終わりとなった日、僕に天罰のような出来事が起こった。

この日の作業は、使えなくなった粗大ゴミの搬出と、集積所への運搬の繰り返しで身体がくたくたになった。いつもより遅い食事を済ませて、宿泊所へ一人で帰る途中にそれは起こった。

街灯も壊れて真っ暗な道を歩いていると、道路の左側にある一階が潰れてペシャンコになった家の中から、「ウー、ウー」という人の声が聞こえた。

僕は崩れた瓦礫の下に人がいると直感した。でも、こんな暗闇の中に人がいるのはおかしいと思った。この辺りは消防も警察も調べたところだから被災者じゃないはずだ。「泥棒か?」。僕は怖くなった。その時、人の気配に気づいたのか、瓦礫の下から声がした。

「助けて・・・助けて」

僕はどうしていいかわからなかった。「泥棒だったらどうしようか?」

周りを見回しても誰もいない。

「苦しい・・・苦しい」

声の調子からして、危険が迫っていることはわかった。声の主はどうやら歳をとった男のように感じられた。

僕は不安と恐れの気持ちのまま、声のする方へ近づいていった。

関わりたくない

二階の屋根が崩れ落ちた方へ、飛び散った瓦を踏みながらゆっくり進むと、折れた木材の隙間から白い手が伸びているのが見えた。

「助けて・・・誰か・・・苦しい」

瓦礫を踏む足音を聞きつけたのか、呻く声は大きくなった。やはり老人の声に聞こえる。私はひざまずいて木材の隙間から覗き込んだ。こちらに伸ばそうとしている細い腕が震えている。

「早く・・・早く・・・助けてくれ」

まだ僕は迷っていた。声から判断して、まだ一分一秒を争うような状態ではないように感じられた。あと数時間、いや、半日ぐらいの余裕はあるように思えた。

もし僕一人で助けるとしたら、周りの木材や瓦をかたずけたり、安全を確かめたりといった面倒なことが先ず頭をよぎった。助けようと思う気持ちよりも、面倒な算段のほうが先に来た。

僕が今助けなくても、後で通りかかった誰かが助けてくれるだろうとも思った。あるいは、人がいる所まで走って行って助けを呼んでくることもできる。その場合でも、僕が最後まで救助に関わらなければならなくなる。どちらにしても、関わるのは面倒だと思った。

僕は立ち上がり、引き返そうとした。すると声の主も気がついたのか、慌てたような声をあげた。

「まっ、待ってくれ!行かないでくれ!」

僕は返事をしなかった。後で僕だと気づかれたくなかった。後になって非難されたくなかった。僕は黙ったまま、その場を離れた。

助けを求める声は、僕の背後で聞こえ続けた。僕は周囲に誰もいないことを確かめると、宿泊所の方へ足早に歩いた。次第に瓦礫の下の声は聞こえなくなった。

言い訳

宿泊所に帰った僕は落ち着かなかった。とんでもないことをしてしまったと思った。同時に、面倒なことに関わらないで良かったという気持ちもあった。

「きっとあの声は泥棒に違いない。暗くなって誰もいないあんなところにいるのは、空き家に入った泥棒に決まっている。あの近くでも最近泥棒が入って、電器製品が盗まれたというニュースがあった。関わらないで良かったんだ」

僕は助けなかった後ろめたさをかき消したくて、声の主を悪者に決めつけたかった。

「でも、もしかしたら、あの声は潰れた家の持ち主だったのかも知れない。何か必要なものがあって、取りに帰って閉じ込められたとしたら、僕は許されないことをしてしまったことになる」

僕は自分の判断が正しかったのか間違っていたのか、どうどうめぐりを繰り替えしていた。

「自分は善人じゃない。人を助けるなんて柄じゃない。それに、あの声の主が瓦礫の下敷きになったのは僕のせいじゃない」

「あの後、きっと誰かが通りがかって助けたはずだ。たとえ、今晩助けられなかったとしても、明日になれば必ず誰かがあの家の前を通る。心配することはない。あの声からして、まだまだ元気そうだったから大丈夫だ」

様々なことが頭を駆け巡り、僕はベッドに入ってもなかなか眠ることができなかった。

白い腕

僕は枕元の携帯で時間を見た。午後十一時四十五分。僕はベッドから身を起こした。急いで服を着ると部屋を出て、宿泊所の玄関を出た。

こんな肌寒い夜中に、散々迷って見捨てた所へまた向かおうとしている自分が馬鹿に思えた。

「今頃行って何になる。もう誰かが助けた後に決まっている。行っても無駄だ」

「いや、まだあの声の主は助けを求めているかもしれない。たとえ泥棒だったとしても、万が一、命の危険でもあったら後味が悪い」

「もし、あの家の持ち主だったら、僕のしたことは罪深い」

「泥棒だったら、どうする?」

「泥棒だったとしても、老人なら危険なことはないだろう」

色々な思いが胸に浮かんでは消えていく。もう直ぐあの家に着く。僕は引き返したい気持ちを抑えて足を進めた。

向こうに見えるその家の周りに人気はなかった。ということは、まだ助け出されていないのだと思った。救出されたなら、今頃はまだ関係者が残っているはずだ。

現場に到着すると僕は耳をすました。何も聞こえなかった。僕は咳払いしてみた。するとあの場所から声が聞こえた。

「助けて・・・頼む・・・」

僕は声の方へ近づいた。

「早く助けて・・・早く」

気のせいか、声が先ほどより弱々しく聞こえた。僕はひざまづいて、倒れた木材の隙間に身を乗り出した。先程あった声の主の手は見えなかった。

僕は携帯の灯りで暗闇を照らした。真っ暗で何も見えなかった。僕は初めて声を出した。

「誰かいる?」

僕は自分の言葉に白々しさを感じた。すると、暗闇の中から、細くて皺の寄った腕が震えるながら伸びて来た。僕はその白さに、思わず首を引っこめた。

「助けて・・・早く」

白い腕は精一杯のところまで伸びている。僕は頭の中が真っ白になった。ここには目の前の細くて白い腕と、僕がいるだけだ。この瞬間、何も考えられなかった。

僕は身体を伸ばして白い腕を掴んだ。冷たい腕だった。夢中で腕を引っ張り上げた。すると、もう片方の腕も伸びて来た。僕は二本の腕を掴んだ。

「もう少しだ。頑張れ」

この瞬間の僕は、助けたいということしか考えていなかった。泥棒だろうが家の持ち主だろうが関係なかった。

「もう少し、もう少しだ!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?