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短編小説『教団X潜入捜査報告』

公安第七課長殿

以下、教団Xに対する潜入捜査記録をご報告申し上げます。

教団Xへの潜入

四月十日

本年三月末より、Q大学法学部新入生として潜入していたところ、本日法学部キャンパスにおいて、教団Xの学生勧誘担当者と思しき学生風の男A(推定二十代前半)より、『ふれあいの集い』と称するイベントへの誘いを受ける。

Aの説明によれば、地方から都会に出てきたばかりで知り合いの居ない新入生が、早く大学の生活になれるように、先輩学生が準備した楽しいイベントを通じて、新入生、在校生の男女学生の親睦を図るという。

話の内容から教団Xの学生勧誘と推測できるため、勧誘に応じる返事をしたところ、早速翌日のイベントへの参加を勧められたので応じることにをする。

四月十一日

午後三時、大学正門前でAと待ち合わせた後、大学近くにある本大学学生寮の集会室に案内される。

集会室に入ると十五名ほどの男女学生が待ち構えており、拍手をもって迎えられる。簡単な自己紹介の後、学生寮中庭にてバトミントンやフォークダンス、ギター伴奏による合唱などで遊ぶ。

男女学生の構成は本大学及び他大学の学生からなると思われる。サークル名『若草の会』として活動し、他にも多数の学生がメンバーがいる模様。

イベントの後、リーダーの一人らしき女子学生Bより、次回の集いへの誘いを受ける。応諾すると他の参加者全員より拍手を受ける。

都合三回に渡る同様の集いに参加の後、女子学生Bと男子学生Aより、『人生を成功に導く法』という、著名な人の話を無料で聴けるという集いへの誘いを受け、これに応じる。著名な人とは誰かとの問いかけに、「偉大な人」というだけで誰かは明かされなかった。一度断る素振りを見せ、渋々応じたように装う。

教祖との対面

四月十五日

『人生を成功に導く法』という話を聴く集いに参加する。会場はR駅から徒歩五分程の商業ビルの中の貸し会議室と思われる一室。既に三十人程の人が、長テーブルに二人ずつ着席していた。若い人だけでなく年配の人も見受けられる。私は空いていた一番後ろの中央の席に案内されて座る。

正面に向かって左手には大きなホワイトボードがあり、中央には机が置かれている。白い布の装束に身を包んだ長髪の男が、深い椅子の背にもたれて座っている。四十代ぐらいに見えるその男は目を閉じて瞑想しているように静かだった。

少しして右手前方のドアから、同じような白い装束の若い男が入って来た。中央の男に合掌して深く頭を下げると、こちらにも合掌して一礼した。

「本日は大勢の方にお集まり頂きまして感謝申し上げます。これからユダーラ法主よりありがたいお話があります。ユダーラ法主がこのような場で衆生に直接お話くださるのは大変貴重なことであります。どうか最後までご拝聴くださいますようお願い申し上げます。それでは、法主お願いいたします」

そう言うと、若い男はまた法主とこちらに合掌と一礼をしてドアから退出した。会場の全員の視線がユダーラ法主という男に注がれた。法主は静かに目を開けて合掌すると、よく通る声で話し始めた。

「みなさん、みなさんは成功者ですか?人生の成功者と胸を張って言える人が、この中に何人いますか?我こそは人生の成功者だと自信を持って言える人は手を上げてください」

法主は一同を見渡した。突然の質問で、皆とまどうような空気が流れた。

「一人も居ませんね。そうですね。居たらこのような集いには来ませんね。そうです、人生に成功することは多くの人にとっては大変難しいことです。でも、誰でも成功できる方法があったらどうですか?知りたいと思いませんか?」

法主は一人ひとりの顔を見渡した。

「今日ここに来られたみなさんは幸せです。人生に成功する法を聴けるのですから」

そう言うと法主は目を閉じ、合掌したかと思うと、手のひらをこちらに向けて、何か念力でも送るような仕草を始めた。

「ふーっ!」

法主は強く息を吐くと目を開けた。そして法主の眼の前に座っていた五十代ぐらいの女性に向かって話しかけた。

「あなたは娘さんを亡くしたばかりですね?病気じゃないな、娘さん自ら命を断ったようですね?」

法主の言葉を聞いたその女性はとても驚いた。

「は、はい。そうです」

女性はそう答えると両手で顔を抑えた。

「悲しむことはありません。娘さんは静かな世界で安らぎを得ていますよ。お母さん、今あなたの横に来ていますよ。娘さんは、『お母さん、悲しまないで』と言っています」

女性は左右をキョロキョロ見た。

「お母さん、お母さんの左側に立っています。『悲しまないで』と言っていますよ」

法主はそう言うと突然大きな声を発した。

「エイッ!エイッ!」

法主は右手で空中に大きく十字を切った。

「お母さん、娘さんは天国へ行きましたよ。娘さんは人生の修行を終えて天国へ帰りました。お母さん、娘さんは人生の修行を普通の人より少し早く終わっただけです。『お母さんが悲しむのだけが気がかり』と言っていました。お母さん、もう悲しまないでくださいね」

女性は涙を流していた。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

法主は満足げな表情をすると、会場を見渡した。

「みなさん、人生に悲しいことはないのです。悲しいことは起きないのです。全てのことには理由があるのです。悲しく見えることにもちゃんとした理由があるのです。だから、決して悲しむ必要はないのです。人が生まれることにも理由があるのです。死んで行くのも理由があるのです。みなさん、これからは人生に何があっても悲しまないでください」

法主の言葉が終わると、前のドアから先程の若い男が入ってきた。

「みなさん、ここからは法主のお話は奥義に入って参ります。大変貴重な教えであり、口外して欲しくありません。引き続きお話をお聴きくださるには教団への仮の入会とさせて頂きます。ここまでで結構という方は、どうぞご遠慮無くお帰りください」

この辺りで、この集いが宗教的なものであることが伝えられる。いよいよ教団への勧誘があからさまになった。会場内は静まり返ったが、不思議と誰も部屋を出ていくものはいなかった。

「ありがとうございます。全員の方が我が教団に仮入会頂きました。それでは法主、奥義の方、宜しくお願いいたします」

若い男は法主に合掌して頭を下げると出ていった。

教団の奥義

「人生の成功とは何でありましょうか?お金ですか?名誉ですか?理想の伴侶を得ることですか?温かい家庭を築くことですか?」

法主は立ち上がって両手を広げた。

「人は裸で生まれ、そして裸で死んで行きます。一人で生まれ、一人で死んでいきます。人は最初も最後も一人なのです。どんなに富を築いてもあの世へは持っていけません。どんなに大家族に恵まれても、あの世へ一緒に行くことはできません」

法主は先程の女性の手をとった。

「どうですか?少しは落ち着きましたか?」

女性は喜びを顔に浮かばせた。

「ありがとうございます。娘は天国に行ったと思えるようになりました」

「そうです。あなたに悲しいことは起きていないのです。これからも悲しいことは起きません。一番大切なのは今なのです。今を幸せと感じることが全てなのです」

法主は女性に答えると、全員に向かって叫んだ。

「過去も未来も幻想なのです!」

法主は右手の人差し指で全員を指さした。

「あなたの過去はどこにありますか?あったらここへ出してください。あなたの未来はどこにありますか?あったら出して見せてください。そうです。過去と未来は記憶や想像という名のまぼろしに過ぎません。まぼろしの証拠に、確かなように思える過去の記憶は、現在の心の持ち方次第で変わってしまうのです。未来は尚更です。現在のあなたの気持ち次第で変わってしまうのです。過去と未来は不確かな幻想なのです」

法主は両手を広げ、高く伸ばした。

「今だけが真実です。今が幸せなら、過去も未来も変わるのです。今が幸せなら、過去の悲しい記憶も未来の絶望も変わるのです。そして、ここが重要です。今を幸せに変えるのは意識です。幸せと思う意識です。それだけで今は変わります。今が変われば、過去も未来も変わるのです」

自分でも意外だったが、ここで私は手を上げて質問をした。法主の話を聞いて、自分の中に聞かなければならないものが湧いてきてしまった。不思議な感覚だった。

全員が私の方に注目した。法主は一瞬、話の腰を折られたような顔をしたが、仕方なさそうに私を指さした。

「何か質問ですか?」

私は思わず立ち上がった。

「はい。あの、今の自分はどうしても幸せとは思えないのですが?どうしたらいいですか?」

法主は落ち着いて答えた。

「そうでしょうか?あなたは明日どう過ごしますか?」

「明日ですか?明日は大学に行っていると思います」

「戦争に行くわけではないですね?電車に飛び込む予定でもないですね?大学に通える幸せを感じませんか?」

「ええ、そう極端なことを言われれば、そうですが・・・」

「あなたは何でもできるのです。今のあなたは何でもできる自由があるのです。例え過去のあなたが臆病な人生を歩んできたとしても、例え未来のあなたに希望がなかったとしても、あなたの気持ち次第で今のあなたは変われるのです。あなたは今を変えることができるのです。今を変えれば過去も未来も変わるのです」

私はひとまず納得した振りをして腰を下ろした。

法主は再び全員に向かって叫んだ。

「みなさん、過去や未来は重要ではありません!今を大切にしてください。そして、今がいかに幸せであるかを噛み締めてください。あなたたちは、今何でもできるのです。今何をなすべきかが重要なのです。今何をなすかによって、あなたたちの過去と未来が変わるのです。あなたたちの今の行動を神様、宇宙霊はいつもご覧になっています」

また前のドアが開いて若い男が入って来て、法主に合掌と一礼をしてこちらに向かって言った。

「みなさん、お疲れ様でした。時間がきましたので、この辺でお話は終わりにしたいと思います。最後にお願いがあります。もし、お気持ちがありましたら、お布施をいただけるとありがたく存じます。いかほどでも結構です、お気持ちだけいただけたらありがたいです」

そう言うと若い男は銀の杯のような器を持ってドアの横に立った。退出する人たちは皆いくらかのお金を器の中に入れて帰って行った。法主は席について瞑想しながら何か呪文のような言葉を小さくつぶやいている。

私も疑われないように、みんなに倣って胸ポケットから財布を出そうとしていると、私の席の横に座っていた学生風の男Dが声をかけてきた。

「どうでした?奥義?」

男Dは少し笑っている。

「はあ、まあ・・・」

私は曖昧に答えた。

男Dはまだ笑みを浮かべている。

「あんなの奥義じゃないよ。本当の奥義を知りたくない?」

私は男Dの意図がつかめなかったので黙っていた。

「良かったら、この後も残って真の奥義を聴いてみない?」

私は男Dの素性が気になったが、何か教団の情報が得られると思い申し出に応じた。

「そうですね。ええ、いいですよ」

そう答えた時、退出していく人たちが一瞬私の方を見た気がした。法主も薄目を開けて私の方を見た。

私は席に戻ろうとした。男Dは私の肩に手をかけた。

「私達二人だけなので一番前の席に座りましょう」

私と男Dは法主の前の席についた。

真の奥義

男Dは立ち上がり、法主に合掌して一礼をすると声をかけた。どうやら男Dは信者のようだ。おそらく今日集まった人たちのほとんどは信者と思われた。

「法主様、真の奥義を拝聴させて頂きたいと存じます」

法主は目を開け、たたずまいを直すと話しだした。

「いいでしょう。あなた達に特別にお話しましょう。ですが、これは門外不出の奥義なので信者にしかお話できません」

すると、男Dが答えた。

「法主様、私達は信者になります。どうか真の奥義をお聴かせください」

私は勝手に信者にされたようだったが、黙って従った。

「わかりました。

先程、過去と未来の話をしました。今が変われば未来が変わるというのは理解されやすのですが、過去も変わるというのが難しいと思われる人がいます。真の奥義とは過去をどう変えるかという方法です」

男Dは目を輝かせて聴いている。法主の話を聴いたらさぞかし驚くぞという顔をこちらに向けた。

法主は私の目を見て話かけてきた。

「あなたは広島に原爆は落ちたと思いますか?」

突然変なことを訊くと私は思った。

「えっ?ええ、落ちましたね、広島に。長崎にも」

「落ちてませんよ。広島にも長崎にも。原爆は落ちてません」

私は法主の言葉の意図がわからなかった。

「えっ?」

「全ての悲しい過去はまぼろしです。全てなかったことです」

私は意味がわからず言葉が出なかった。法主はとまどう私を楽しむような顔をして続けた。

「あなたは原爆を落ちたのを見たのですか?」

「それは、まだ生まれる前のことですから」

「本当に原爆が落ちたのなら、その証拠をここに出して見せてください」

「そんな、無理ですよ。でも原爆ドームとか、資料館とか、犠牲になった人も何人かまだ生きてますよ」

「あなたは原爆ドームの上で原爆が爆発するのを見たのですか?資料館にある写真や動画の体験をあなたはしたのですか?生き残った人たちとあなたは一緒にいたのですか?」

私はとんでもないことを言う法主だと思った。

「私はまだ生まれていないので無理です」

「あなたの過去に原爆は落ちていないのです。広島や長崎の原爆はあなたの過去ではないのです」

「確かに私の体験した過去ではないですが・・・」

法主の言いたいことが、少しわかったような気がした。

「原爆と同じように、あなたはあなたの罪ではない過去に囚われていませんか?あなたの罪ではない過去を、あなたは自分の過去のように思い込んでいるのです。一つ一つの過去を解き放つのです。そうしていくと、あなたの一切の忌まわしい過去は全て消え去るのです」

「自分の実際に体験した過去も消えるのですか?」

「そうです。あなたの生まれる前の原爆の落ちた過去のように。例えばあなたが小学校の時に、友達に意地悪をした過去があるとしたら、それも消えるのです」

偶然だが、私は小学校の時に友達をいじめた過去があった。

「でも、いじめた事実は消えないのではないですか?」

「消えないと思っているのは、いじめたという後悔がそうさせている幻影です。いじめた記憶を何度も繰り返して、事実とは別の幻影を後生大事に抱えて生きてきたのです」

法主の例え話は、私のことをまるで見抜いた上で話しているような錯覚を覚えた。

「いじめた過去は許されたということですか?」

「そうではありません。許すかどうかはいじめられた相手の問題です。それはあなたの問題ではありません。いじめた過去にいつまでも苦しむのはもうやめなさいということです。私は事実を否定しているのではありません。過去の悲しい記憶に苦しむのはもうやめなさいと言いたいのです」

「いじめた相手に許されなくても、忘れても良いという意味ですか?」

「そうです。あなたが犯した罪を後悔しようがしまいが、相手があなたを許すか許さないかとは全く別のことです」

法主の例え話は、いつのまにか私の実体験を対象にしたものに完全に変わってしまった。おそらく私の返答の様子を見て、法主は、例えに出したいじめを、私も同じ様に体験していると感づいたに違いなかった。

「あなたはいじめたことを、自己嫌悪として記憶の中に閉じ込めてきた。そうすることで、いじめた相手にこれみよがしの免罪を請い願っているのです。そんなことをしても、相手はあなたを許すとは限りません。まったく別のことなのです。十分に後悔したのなら、もういじめた過去の記憶から自由になってください」

私は潜入捜査を忘れ、法主の教えに感化されそうになっていた。法主は大きく息を吸うと話を続けた。

「今のいじめの例え話を続けると、後悔している過去から開放されるには、今の生き方を変えるしかありません。悔やむ過去が消えるような生き方に、今、この時に変えるのです。いいですか?過去を変えるのは今しかないのです。誰も過去に戻れないのですから」

「どういう生き方をすればいいですか?」

私は、捜査官としてでなく、個人的に自分が本当に知りたいことを訊いた。

「今生まれたばかりのように、赤ちゃんに生まれ変わったように、純粋な心になって生きるのです。何の罪もない無垢な心になって生きるのです」

「純粋な心、無垢な心、ですか?」

「そうです。純粋で無垢な心になれば世界は美しく見えるようになります。自己嫌悪や罪悪感を持ち続ける限り、あなたに見える世界は美しく見えることはないでしょう」

私はうなだれていた。頭の中がぼうっとしていた。

「もう苦しむのはやめなさい。十分苦しんだのだから」

法主はそう言うと合掌した。隣の男Dも一緒に合掌している。私はしばらく顔を上げることができなかった。

虚偽の報告

四月十七日

先日の集まりで、私は入信したものと認識された。個人的な問題で多少動揺した部分もあったが、とりあえず教団に信者として潜入することに成功した。今後の捜査目標は、教団の非合法活動を突き止めることにある。

本日から早速信者としての活動に参加した。夕刻より、H駅街頭においてK国の地震災害救援基金のボランティア活動を行う。その後、先輩信者Jのアパートにて本日の反省会と教団教義の勉強会を行い解散。

解散後、女性信者Sより誘われ、駅前のファミレスにて食事をする。Sとはこの日が初対面である。会話から、Sは西日本出身で私より二歳年上あった。現在小さな運送会社の事務の仕事をしているとのこと。Sに教団や法主のことを尋ねるが目新しい情報はなかった。Sと別れた後帰宅する。

四月二十日

数日前に、大学における勧誘活動に参加するよう連絡を受け、本日は午後より大学にて信者勧誘活動を行う。

新入生を中心に声掛けを行う。仲間から怪しまれないよう、私も熱心に勧誘活動をしているように装う。結果的に勧誘の成果はなかった。特に悪質で強引な勧誘は認められない。活動の後、現地にて解散。

四月三十日

本日は家庭への訪問活動に参加する。郊外のT駅周辺の住宅街を訪問して廻る。訪問に応じる家は少なく、教団パンフレットの投函が中心となった。

途中降雨があり、雨具を持参していないため活動は中止になるものと思ったが、誰も止めようとするものはなく、全員濡れながら訪問活動を続行する。

夕刻パンプレットを配り終えた後、休憩や食事をとることもなく先輩信者Jのアパートにて反省会と教義の勉強をして解散。

五月七日

本日新たな発見があった。教団の主たる資金源の獲得方法と思われる活動に参加する。

ここまで熱心な信者を装ってきた私は、教団の信用を高めることに成功。企業経営者の信者が無償提供したと思われる商品を、信者が手分けして訪問販売する活動に、東部地区の一員として任される。

前日に活動内容の説明を受けた通り、各家庭を訪問して商品を格安な価格で販売する。その際、購入者を観察した上で、布教を行う場合もあり。予想以上に購入者がいることに驚く。おそらく、この販売活動が教団の資金源の中心をなすものと推察される。

五月十一日

本日初めて法主の住居を訪れる。先輩信者Jと女性信者Sと共に、郊外のK市にある法主の住居の清掃奉仕活動に参加する。

当住居は住宅地から離れた山際の戸建て住宅で、常時数名の信者が法主の身の回りの世話をしている模様。

活動前に法主に挨拶をすると、法主より労(ねぎら)いの言葉を受ける。住居の内外の清掃の後、法主同席のもとに軽い食事を頂く。

住居の内部に特に不審なものは見当たらない。法主の行動にも怪しい気配は感じられなかった。

<捜査経過の考察>

これまでのところ、当教団において非合法な活動は見受けられていません。

怪しまれた資金源ですが、主に信者による献金と物販の廉価な販売によるもので、法外な物品を売りつけるような違法性は見当たりません。

これ以上の潜入捜査の必要性は低いものと思われます。とりあえず、ご指示あるまで潜入捜査を続行いたしますが、公安第七課長におかれましては、他のより警戒度の高い宗教団体への捜査をご検討頂くよう考察申し上げます。

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告白

今後私の身に何かあった時のために、ここに告白を残しておくことにします。この告白は、唯一信頼できる同期の公安捜査官Fに委ねておくものです。なお、本告白内容にFは一切関わりがないことを、ここに誓言しておきます。

<告白>

私は虚偽の捜査報告をいたしました。理由は、当教団Xの警戒を解くためであります。

私は当教団に潜入して以来、これまでにない充実した時を過ごしてきました。純粋な一般信者との真摯な活動は楽しく、赤裸々な身上の吐露と友情の交歓は、かつて私の経験したことのない喜びであります。

正直に申しまして、自分の身分を装い、人を疑うことを目的とした潜入捜査は、私の心身を蝕み初めていました。

私は当教団の法主、信者、教義に触れることで、これまで味わうことのなかった生き方を知りました。

中でも女性信者Sとの出会いは、私に忘れていた青春の熱情を思い起こさせました。私はSに好意をいだきました。Sも私と同じ気持ちだと信じています。このままSと別れるのは考えられなくなりました。

実を申しますと、当教団Xには不審な点があります。

先ず法主の住居ですが、K市の他にも複数の不動産を所有している疑いがあります。また資金源に関して、豊富な財産を所有している信者に対して、ある種の洗脳を伴った寄付の強要が行われている可能性もあります。また、物品販売の利益の行方にも不正の疑いがあります。

教義においても、怪しい点があることを、私は承知しております。私は決して洗脳された訳ではありません。どうか、この点だけは信じて頂きたいと思います。

しかし、現時点での当教団への警察及び司法の介入は避けたいのです。個人的な願いで恥ずかしい限りですが、当教団は現在の私の心の拠り所になりつつあるのです。

Sとの関係もありますが、法主から説かれる言葉においても、私の長年抱えてきた心の重荷を軽くしてくれる安らぎを覚えるです。また、教団や法主に身を捧げている信者の純粋な心にも私は慰められているのです。

実際のところ、当教団よりもはるかに悪質な教団が存在します。誠に自分勝手で都合のいいことではありますが、せめてもうしばらく間、私はこの教団に身を置きたいのです。

虚偽の捜査報告をした責めは私一身で負う覚悟です。友人Fには微塵も責任はありません。

令和十六年五月十二日

公安第七課捜査官 城之内 真一

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