【2つめのPOV】シリーズ 第4回   「波」 まとめ記事


パターンA〈ユスタシュの鏡〉


[side:D]


もう、時間の感覚は無かった。


あるのは右手に握られたスナブノーズのリボルバーに取り付けられたクルミ材の握りが放つ暖かな感触だけだった。
ポケットにあるのは満タンのスピードローダがあと1つと、バラの9ミリ弾が僅かだけ。


もうだいぶ前からこのショッピングモールの空調は止まっているらしい。
風が無く、熱気がまとわりつく。


分厚いガラス窓から入ってくる日差しから今が昼間なのは解るが、しかしこの施設内はとっくに照明が途絶えており、奥まった場所や非常階段では暗闇が広がっていた。


今は何の物音も聞こえない。
さっき倒した『ヤツ』もとっくに活動を終えていた。


始めの頃は一匹に何発も使ったが、さすがに今はもうこの程度なら一発だった。


だが今は一発でも惜しかった。
相手にせず走って逃げればよかったが、こっちも疲労が激しい。
この場所は休むには良かった。


この先に行けばアイスクリーム屋がある。
あの冷凍庫がまだ生きていれば、アイスクリームがたらふく食えるだろう。
しかし照明も落ちてだいぶ立つし、アイスクリームの冷凍庫だけが無事と考えるのは少々都合が良い考えだろうか?


だが、2011年の地震の時、その後に停電が起きた時も冷蔵庫の中身は全て駄目になったが、冷凍庫は2,3日は無事だったという話を聞いたことがある。


よし、行くか。


俺は歌い叫ぶアホみたいな店員の居ないアイスクリーム屋を目指して喫煙所のドアを開け歩き出した。


突き当りを曲がればすぐにメインの通りに出れる。
その先にお目当てがあるのだが、ここは奴らの巣窟だろう。
しかし、ここを突っ切らなくてはチョコミントには出会えないのだ。


俺は走った。
だが疲労のせいなのか?
何故か上手く走れない。


まさか、知らぬ間に『奴ら』に噛まれでもしたか?!


俺は両手で構えた銃を下に向けたまま走りつつ、半袖から出ている腕を確認するため目線を下に向けたが、腕に傷は無かった。


どうやら無事らしい、と安心して目線を前に戻すとお目当てのアイスクリーム屋の手前に設置されているソファの横に『奴』がいた。


くそ、どうする?!


左右に素早く視線を向けるが、他には見当たらない。
ならば、撃ち殺すか?!


俺は走る速度を落とし銃を視線の高さに上げようとしたが、その時になってある事に気づいた。


さっき撃ったあとに残弾の確認をし忘れていた。


そういえば心なしか何時もより銃が軽い気がする。


もしかして空か?


いや、そんなことはない。
たしか満タンからさっきの奴を撃ち倒したはず。だから今はまだ5発残っているはずだ・・・


でも・・・


俺は立ち止まり、シリンダーをスライドさせた。


良かった。


きちんと計算通り5発残っていた。


俺はすぐにスライドを戻しつつ視線を上げた。


!?


なんてことだ。
さっきまでソファの近くに立っていた『奴』が、俺に向かって突進してきているのだ。


しまった!
こいつは走るタイプの『ゾンビ』だった!


俺は3つしくじった。


1つ目は走って逃げずに思わず銃を向けてしまったことだ。


すぐにさっきの喫煙所まで戻れば良かったのだ。


メインの通りはだだ広くて狙いが定めづらい。路地に入ってゾンビの行動範囲を狭めれば対処しやすい。しかし、走った時に感じた身体の違和感のせいで俺はこの基本行動に移らなかったのだ。


2つ目は、さっき残弾チェック時にウッカリ撃ち終わった空の部分が一発目に来るようにシリンダーを戻してしまったこと。


つまりトリガーを引いたが弾は出なかった。
奴は真っ直ぐに飛びかかり銃を構えた俺の腕に噛み付いた。
腕からの血が顔まで吹き出した。


俺はゾンビを避けようとした事でバランスを崩し倒れてしまった。
奴に乗っかられた俺は、口を血で汚した赤黒く腐った醜い面構えのゾンビが首めがけて噛み付いてくる姿よりも、その奴の肩越しに見えるアイスクリーム屋の看板に目を奪われていた。


俺は抵抗出来ず奴に喉を噛みちぎられた。


首筋からさっきの比ではない量の血が吹き出して視界が赤く染まり意識が遠のくなか、俺はそれでもアイスクリーム屋から視線を反らさなかった。


ああ・・・


アイスの事を思い出さなければ、こんな事にはならなかった・・・


チョコミントの魅力を思い返したことが、一番のミスだったな・・・


視界はすぐに赤から黒に変化した。




「お疲れさまでした。いかがでしたかお客様。」


俺は突然明るく開けた視界に驚いた。
倒れた俺の前には見知らぬ女性が居た。


いや、見知らぬではなかった。


さっき、いやほんの10分ほど前に出会った女性だ。
彼女の笑い顔とその制服姿から、俺は記憶が蘇った。


俺は彼女に手を引かれ立ち上がった。


そこは家から少し離れたところにあるショッピングモールの電気店だった。


俺は休日を利用してこの電気店がやっているニューモデルのVR機を試しに来ていたのだ。


周りを見回すと緑色のカーペットを囲むパーテンションに沿って、順番待ちの人達が俺を見ていた。俺を指差したり、中にはスマホで録画している奴もいた。


どうやら俺は相当夢中になってこの新作VRゲーム機をやっていたらしい。


俺が握りっぱなしにしているピストル型のコントローラーを受け取ろうとして、隣の女性店員さんが手を差し出しながら取り繕うように笑顔を向けてくれている。


「お客様いかかです?このゲームとっても迫力があるでしょう?これがお家でいつでも楽しめるんですよ?! 大人気ですが今ならまだ在庫もありますからご検討されてみません?」


俺は振り返った。


そこにはさっきまで俺がやっていたVRゾンビゲームのおどろおどろしい大きな立て看板があり、その真ん中をくり抜くようにして大型モニターが設置されていた。
そこにさっきまで俺が見ていた世界が映っており、周りはそれを観ながら順番を待っていたようだった。


女性店員は半ば放心状態の俺に熱心にセールストークを続けていた。


しかし、俺の意識は耳よりも目に集中していた。


周りを取り囲む客たち。


その客たちの隙間から覗く、モールを彷徨う家族連れやカップルたち。


走り回る子供達。


それを注意せずただ見守る警備員と、カーペットのシミを取るために泡スプレーをかける清掃員。


そして俺の隣の女性店員。



全員がマスクをしていた。


俺は不意に自分の顔を手で弄った。


していない。


俺はマスクをしていない。


この視界に入るだだ広い施設の中で、マスクをしていないのは俺だけだった。


俺は隣の女性店員に、


「いえ、せっかくですが結構です。」


と言ってコントローラーを返した。



俺は自転車で帰る道すがら、真夏日といってもいいほどの気温の中でも、すれ違う人の半数以上が老若男女関係なくマスクをしているのを確認した。



「馬鹿馬鹿しい。ゾンビもコミック雑誌もこれ以上要らねぇってーの。」


俺は近所のスーパーでチョコミントアイスを買って帰った。


パターンA〈ユスタシュの鏡〉


[side:D]


おわり



パターンB〈ラウディのサングラス〉


[Remove sunglasses]


今は真夏なのでこの喩えはあまり相応しくないが、枯れ葉を集めるにはバカボンのキャラが持っているような竹箒はとても効果的で、近未来で描かれてきた時代になった今でもアレはとても活躍しているし良いものである。


しかし人をかき集めるにはどうしたらよいかと考えると、枯れ葉には枯れ葉のやり方があるように、人には人のやり方があるものだ。


かなり昔から人はセールという言葉に弱く、それだけで簡単に右へ左へと誘導される。


「安かったから」


と、いう魔法の一言は、その人に一切必要で無いものでも意欲を掻き立て購入に走らせたりする。


食べきれない量のイチゴやブドウを取り放題で一律の料金だからという理由で、残してまで取り尽くそうとする欲望は、一般的に考えても充分に頭が悪くマナーもなってないと批判される。


もし日頃からイチゴやブドウが溢れるほど食べられる人生だったら、絶対にこんな事はしないというのは誰でも解ることだ。


つまりこういう人達は日頃からイチゴやブドウが不足していると考えられるが、当然本当は果物が欲しいわけでは無くて、単に「損得」で「得」が欲しいだけだ。


日常の生活では常に何らかの方法で「損」をさせられている人達が、如何にして「得」をするかを考える。


それがビジネスとなっている。


東南アジアの若い学生たちを「留学生」という美名のもとで「奴隷」として連れ込み、日本人がやりたがらない過酷極まりない残虐な奴隷労働を強いる事が、ハッキリと当たり前になっている。


少し派遣のバイトでもすれば、何人か解らない若者たちが集団で働いている姿は誰にでも確認できる。


この人種や国境間でのギャップが「得」を生み出し、この日本国内でも常に「損」を取らされている人達に、僅かながらの「得」を与える事で、現状の破壊や転換を発想させるキッカケを奪い続けることが出来る。


この損や得というのも、奴隷と同じく差別が根底にある。
しかし言葉にしづらいし、何を根拠にと言い出すとなかなかに複雑であり、その差別の根底が広く深い為に一体誰に申立して良いかも解らない。


仮に時給の安さを勤め先に文句言ったところで、根底から変わるほどの金額の向上は考えられない。
会社からしても相場が元になっていることが殆どだろう。


この相場は誰が決めたというわけでなく、全体から発生した「臭い」のようなものだ。


その悪臭の元を探して右往左往したところであまり効果はなく、大概それは手の届かない「上」から降り注いでくるものである。


「損」を被る羽目に遭う人達は、この雨を防ぐ術は無いようにさえ感じられている。


長年その雨が常識とされ、世代をも超えて受け続けているので疑いが無くなっているのだ。
そうなると簡単にはこの雨は止まない。



[Put on sunglasses]


柿を食べれば皮や種がゴミになる。
そのゴミは放り投げて捨てれば良い。


どうやら世の中には、そのゴミを有難がって積極的に片付ける連中もいるらしい。
ならばそいつらに任せれば良い。


我々はこの旬ごとに実る果実を愉しめばよく、ゴミは放ってしまえばいいだけだ。
時には残った果実も捨てるが、気にすることはなく、また手に入れればよいのだ。


果実は上になるのだから、ゴミは下に捨てるのは当然の理である。


奴らがゴミが嫌と言うならば、ゴミを食べなければ良いのだ。
嫌なら辞めてしまえばよい。


他所へいくが良い。


まあ、行くところがあればの話だが。
結局どこへ行こうが我々の手のひらの上である。


そのように作ったのだから。



右へ行く?結構でしょう。


左へ行く?結構でしょう。


下へ行く?どうぞお好きに。



上に来る?


それは許されない。
お前たちにはその資格は無い。



お前たちが上に来てしまったら、一体我々が出したゴミは誰が片付けるというのだ?


パターンB〈ラウディのサングラス〉


おわり




パターンC〈セルゲイのMix Up〉


色とりどりのキャンディが詰まったケース
キラキラと輝きを放っている
色とりどりのキャンディがゆっくりと盛り上がると、下から甲を上にした指を伸ばした手のひらが出てくる
手がゆっくりとスローに持ち上がると、甲や指の上に乗ったキラキラと輝くキャンディが下のケースにこぼれ落ちてゆく


その手がキャンディをひとつ摘む
その摘まれたキャンディにゆっくりと近づく
そのキャンディ越しに、椅子に座った少女がこっちを見ている


「私がいた。名はアリス。」


暗い部屋の椅子に座ったアリスは両方の手をグーに握っている
左手に握っているものを天井高く放り投げる


やがて天井から色とりどりのキャンディが降り注ぐ


暗かった部屋はキャンディの輝きで光を放つ


暗い部屋の隅にある大きなスピーカーから大音量でリズミカルな音楽がかかる
スピーカーから出る音楽に合わせ、天井や部屋の隅に取り付けられたストロボやカラフルなライトが明滅する


そのキャンディは床にまっすぐな光り輝く道を作っている


アリスは椅子から立ち上がり、そのキャンディの道を進み出す


残された椅子の右手の肘掛けに何かが置いてある


キャンディの道を歩くアリス


綺麗な靴で一歩進む度にキャンディは色のついたガラスが弾けるように砕け、更に輝きを放つ


「きっかけなんて知らない。ただ、その道が私の前にあっただけ。」


小学校、入学式の看板
着飾った子供達が担任や校長先生と並んで校庭で集合写真を撮っている
その中に幼い頃のアリスもいる


音量で震えるスピーカー
リズムに合わせ光るライト


砕けるキャンディ
足元を見ること無く、ただ進むアリス


「自分と同世代どころか、親の世代だってその上だって、誰も知らないはず。」


小学校の授業風景
真面目にノートを取る子供達


校庭で遊ぶ子供達、おにごっこをして走り回る子供達。男子と女子も一緒になって遊んでいる。
その中にはアリスもいる。


順番に教科書を朗読する生徒たち


日差しの良いなか、公園で絵を書く生徒達
花壇の前で夢中になって絵を描くアリスとその友人たち


教室で一斉に給食を取る


数人で固まって下校する生徒達


「もし知っていたら、そんなことは起きるはずはないもの。」


中学校、校門には入学式の看板が掲げられ、着飾った父兄が生徒と共に入っていく


制服を着た生徒達が列になって進んでいく


パイプ椅子を並べた体育館に集まり、皆が胸に紅白の花を付け背すじを伸ばして話を聞いている


「どのタイミングであろうとも、それが何を決定するかも関係なかった。」


生徒が一杯の教室の中、隅の方で女子生徒同士数人が集まって話をしている
また別の隅では男子生徒たちが集まって騒いでいる
お互いが、チラチラと視線を合わせる


ストロボで照らされるアリスの顔


体育館、スペースの半分を使ってバスケットボールをしている男子生徒たち
もう半分ではバドミントンをしている女子生徒たち


順番待ちをしている生徒達
男子生徒は女子生徒のバドミントンを眺め、女子生徒は男子生徒のバスケットボールを眺めている


ケースに入った大量のキャンディが、真ん中に渦を作りながら吸い込まれていく


友人と固まっているアリスはバスケットボールの試合を見ている
特定の男子生徒を目で追うアリス


キャンディの道を進むアリスはドアの前まで来る
ドアはひとりでに開き、白い光を放つ
吸い寄せられるようにアリスはその中へ進む
ドアはまたしてもひとりでに閉まるが、そのドアの隣の暗がりの中にも、もうひとつドアがある


「誰であろうと結局そうなる。殆どの人がそうなるの。」


大きな透明のガラス瓶にぎっしりとキャンディが詰まっている
瓶が爆発し、キャンディもガラス瓶も粉々に飛散する


テレビ、アイドルグループのパフォーマンスが映っている
集中しているアリスの顔
テレビの前でジッと座っているアリスの姿


アリスの部屋にはアイドルグループのポスターや表紙を飾った雑誌などがある


学校のクラスで友人と雑誌を見せながらはしゃぐアリス


部屋に並べられたアイドルグループのDVDの背表紙


似たようなTシャツを着た女性たちばかりが並んでいる列に友人たちと並んでいるアリスたち
列は劇場に続いている


部屋には沢山のCDも並んでいる


満員の劇場、カーテンコールで絶叫のような声援が起きる場内
周りの女性陣と同じくキャアキャアと騒ぐアリスたち


砕け散ったキャンディの入ったガラス瓶の跡
砕けたガラスとキャンディの破片が混ざり、どれがどれか分からない程に砕け、キラキラと光っている
その舞い落ちた破片の中に、ところどころ黒い輝きのない破片がある
よく見ると、それは鉛筆やボールペンの破片
更にそれらの中にはボロボロに砕けた鉛筆立ても落ちている
その近くに、へしゃげてしまい煙を少し上げている、壊れたクレパスの缶ケースが落ちている
その壊れた缶ケースから覗き見えるクレパスは、ひび割れているのが見える


きれいな指輪をはめた指
やがてそれは空に向けて挙げられた右手だとわかる
右手を下げると、それまで手で遮られていた太陽の日差しが直接顔に当たる


眩しそうに目を細めるアリス


小綺麗な夏の様相を思わせる服装のアリス
アリスは大学のベンチに座っている


「ある意味では、疑わないから、素直だからそんなことになるのでしょう。」


アリスの元に、似たような姿の友人たちと同世代の男たちが数人やってくる


その中の一人の男に向かってアリスは近づき、やがてみんなと歩き出す


「でも、素直さを要求されているなかで、独自に仕組みまで考えさせるなんて矛盾している。」


人のたくさんいるプールで遊ぶアリスたち


カラオケでお酒を飲み、はしゃぐアリスたち


吹き飛んで床に散らばるキャンディの中を歩く、全身白い衣装のアリス
大きな姿見とメイクセットの置かれた台の前で止まる


姿見には、白い衣装でノーメイクのアリスが映る


ふらついた足取りで男にもたれ掛かりながら夜の街を歩くアリス


沢山の口紅が並んでいる化粧台の隣には、物騒なピストルなどが並べられた台がある
一丁のリボルバーを手に取ったアリスは、シリンダに口紅を装填していく


男の部屋で抱き合う2人


ピストルを鏡に映る自分に向かって撃つ
鏡に血しぶきのような色とりどりのメイクが飛び散る
すると鏡に映るアリスは服装も顔も髪型も変わり、着飾った姿に変わっている


真冬の街、イルミネーションが輝くなかで男と手をつなぎ歩くアリス


ピストルを更に撃ち込むアリス
撃ち込む度にメイクが飛び散り、鏡の姿は変化する


鏡の前でピストルを撃つアリスの後ろ姿を、別の誰かが見ている


砕けたキャンディを散らしたような指輪をはめた指
その指がリズミカルに揺れる


アリスはピストルを変えて更に撃つ
姿見は色とりどりのメイクでドロドロになっていく


アリスでは無い誰かの手が小さくて黒いリボルバーを握り、シリンダをスライドさせる


口紅をマガジンに装填するアリス


床に散らばったキャンディやガラス片の中から、真ん中から折れた鉛筆の先端を拾い出す手


病院のベッドで上体を起こしたアリスが、大きくなったお腹の上で指輪をはめた手をリズミカルに動かしている


更にピストルを変え、銀に輝く大型のリボルバーを握り口紅を装填する
両手で構え1発、2発と撃ち込むアリス
今までに無いほどの強烈な飛沫があがる
カラフルな飛沫が収まると、そこにはウェディングドレスを着たアリスの姿が映っている
その姿を見たアリスは表情を崩す


鉛筆の先端をシリンダに装填する手


「でも、本当に私は幸せだと思う」


ウェディング姿を見て、鏡の前のアリスは笑顔になる
そして、ピストルを自分の顎の下にゆっくりと向けるアリス


鏡の中のアリスは頷きながら笑顔を見せる
顎の下に銃口を当てるアリス
鏡の中のアリスは促すように手を動かす
その姿を見たアリスはゆっくりと目を閉じ、撃鉄を起こす


小さく黒いピストルを持った手も、撃鉄を起こす


その音に気づいた銃を持ったアリスは目を開け鏡を見る
同時に鏡の中のアリスもその音に気づき、笑顔から一転、緊張した表情に変わる
銃を持ったアリスが振り返ろうとする
それを止めるように大仰な仕草で手を振る鏡の中のアリス、穏やかな表情はすでに無い


そこには小学校の入学式の姿をした、小さい頃のアリスがいた
驚いたアリスは力が抜けたように銃を下ろす


「私には、他の誰も貰えないような素晴らしいチャンスがあった。」


子供のアリスはピストルを構えアリスを狙うが、すぐに狙いを鏡の中のアリスに変える


ハッとした銃を持ったアリスは鏡に向き直る
鏡の中のアリスは頭を掻きむしり叫んでいる


子供のアリスは鏡にピストルを撃つ


病院のベッドで上体を起こした、お腹の大きなアリスの部屋が爆発する


男に抱かれているアリスの居る部屋が爆発する


はしゃいでいるアリスの居る劇場が爆発する


テレビでアイドルグループを見ているアリスの部屋が爆発する


キャンディが詰まった瓶が爆発する


バスケットボールの試合をしている体育館が爆発する


ウェディング姿のアリスを映した鏡が爆発する
その勢いで部屋にあったものはすべて吹き飛ぶ
部屋はただの真っ白な壁に囲まれた部屋になる


鏡の前に立ったままのアリス、手にはすでにピストルは無い


鏡があったところには白い壁だけがあり、そこには一本の鉛筆が突き刺さっている


吸い寄せられるようにその鉛筆を抜き取るアリス


右手に持った鉛筆を眺めるアリス
その姿は小学校の入学式の時のアリスになっている
いる場所も、白い部屋ではなく、暗い部屋の椅子に座っている


左手を開くと、そこにはキャンディが握られている


子供のアリスは、キャンディを床に捨て、鉛筆を持って歩き出す
床には砕けたキャンディが道を作っているが、その上は歩かない
やがて白く輝くドアの前に来るが、子供のアリスはそのドアでは無く、隣にあるドアの前に行く


そのドアの鍵穴に鉛筆を差すアリス
ドアは開き、中へ入っていく


アリスが座っていた椅子の肘掛けには、一丁の黒いピストルが置いてある


そのピストルの置かれた椅子の奥にある壁には、公園の花壇を描いた可愛らしい絵が飾ってある。


パターンC〈セルゲイのMix Up〉


おわり



パターンD〈ホロウマンのネガフィルム〉


「全く世の中はどうしようも無い馬鹿ばっかりだ!」


『ほんとに馬鹿な人ばっかりで嫌になる』


「本当に情けないよ。私達でもう世界は終わりだ。ここまでバカばっかりの世の中になるなんて」


『毎日何処へ行ってもすぐに解るよ。あ、この人馬鹿だなって。今までマシだと思っていた人さえもそうだと解るとガッカリするよ』


「私達の世代が一生懸命頑張って汗水たらして築いた世の中を、自分のことしか考えない馬鹿な連中のせいで駄目にされる。それを毎日見せられるこの苦しさがわかるか」


『そういう人達って大抵は50歳を越えたような人達だよね。学校でもそうだし。あ、でも学校は若くても馬鹿な先生ばっかりか。ははは』


「私達がどんなに頑張ってきても、下の世代がきちんと引き継がなければ、すぐに駄目になる。自分達の生活が壊れるっていうのに、その若い世代はといえば自分のことしか考えず好き勝手に適当なことばかりして。注意したってすぐに口答えする。」


『それオカシイですよって言ったって、全然聞いてくれないからな。嫌になるよ。無理やり押し付けてきてさ。間違ってるのに。嫌だろ?悪いことや間違ったことなんて、解った時点で辞めるのが普通じゃん? でも直そうとせずに頭ごなしに怒鳴ってくるんだ。』


「どいつもこいつも自分のことしか考えてない奴らばかりだ!人のことや世の中のことなんてちっとも考えず、毎日毎日何処行ってもスマホばかりイジっている!」


『あの歳の連中ってほんとにテレビしか見ないよね? ビックリするよ。それも酒飲みながら見てんの。 んで何だか解ったような顔をしてウンウン頷いたりしてんだぜ。馬鹿だよなほんと。だって連中だってスマホ持ってんだぜ? 何で自分で調べないの? 調べりゃいいじゃん、検索すればすぐに出てくるのにさ。じゃあ一体何に使ってんだよなホント』


「あんな奴らばかりだ。もう日本は終わりだ。情けない。口を開けば文句だけ。やることはスマホいじり。暑いだ何だで嫌なことはすぐに逃げ出す。まるで根性が無い。」


『一度さ、あんまり理不尽な事言うから言い返した事があったよ。そうしたら相手はなんと言ったと思う? うるさい黙って言うことを聞け! だってさ。 いや、ボクは冷静に話したつもりなんだ、決して挑発するような事は言わなかったのに、反論したら急に切れて怒鳴ったんだ。 あ、これは話は出来ないな、って思ったよ。 言い返したのはそれ一度だけだけど、あの世代から上は大体おんなじような反応すると思うな。だってみんなしておんなじような生活してんだもん。 テレビ、酒、野球、買い物、飯、パチンコ、女、仕事・・・ 大体こんなものじゃない?』


「私はね、自分が可愛くて言ってるんじゃないんだ。皆のことを考えて怒っているんだよ。そういうワガママな連中のせいで苦しむ人達がいると思うと、私はそれが辛いんだ。」


『ああやって自分の楽しみだけに埋没して世間に目を向けないでいる人達はホント身勝手だよな。仕事以外の事は全部無視して好き勝手にやるんだから。だいたいのことはお金で済ましたり、自分より弱い立場の人に押し付けたりして泥を被らないようにして逃げるんだ。ホント少しは人のことを考えてほしいよ。』


「特にね、私が辛いのは、孫だよ。孫に何かあったらと思うと、もう居ても立っても居られないんだ。あんなワガママばっかりの馬鹿な連中のせいで、もし私の孫に万が一の事があったらと思うと夜も寝られん。」


『ホント自分のことだけ。彼らって。よくモールとかに溜まってんじゃん? コーヒーとか飲みながらさ、酷い時には酒飲みながらデッカイ声で朝からずっと話し込んでいるじゃん。一度さ、何話してんのか気になって聞き耳を立ててた事があったんだけどさ。 それがどうしようもない下らない内容だったんだ。 でもさ、ボクが興味深く感じたのは内容じゃないんだ。それはね、彼らの親密さなんだ。 彼らは一日中ああやってベタベタと馴れ合うように溜ってるけど、実は全然仲良く無いんだよ。 それにはすごく驚いた。話が全然噛み合ってないんだ。だから一言話す度にデカイ声で笑う理由が解ったよ。あれはああして誤魔化してるんだよ。話の内容には全く共感も同意もしてないんだ。』


「息子にも、それからあの嫁にもよく言い聞かせているんだが、不安で仕方がない。情けないよ。私が代わりに育ててやれればいいのに。」


『つまりは、ただ群れているだけ。だって暇なんだもん彼ら。すること無いんだ。だから居場所も無い。あのモールのベンチから仲間はずれになったら、もうまる1日家にいて閉じこもっているだけしか無いんだ。テレビ見て酒のんで寝るだけ。どうしようもないね。よくあの世代は趣味について話したりお金使ったりするじゃん? でもあれも本当に好きなわけではないんだよ。結局誰かと繋がったりする為の言い訳でやってるんだよな。周りから弾かれたら困るからね。会合とか飲み会とか、やたら集まるのもそうだよ。その流れに乗らないと不安なんだ。だって自分の中には何も無いから。』


「何がどうなるかなんて解らないんだから、出来ることは最大限にやってやりたいしやるべきだろ? でも息子夫婦もほんとに呑気で危機感がまるで無い。その態度に怒りが爆発しそうになるよ! でも、そんな奴に怒ったって仕方がないから、こっちが大人になって毎日頭を下げてお願いしてるんだ。 屈辱だよ。でもしょうがないだろ? 孫のためだから。 テレビだって政府だってキチンとした解決策を言わないんだぞ⁉ だったら自己防衛するしかないじゃないか!」


『科学的根拠なんかじゃないよ。皆と同じじゃないと不安なんだ。仲間はずれが怖いだけ。』


だからマスクが大事なんだ


パターンD〈ホロウマンのネガフィルム〉


おわり




パターンA〈ユスタシュの鏡〉


[side:F]


 悲しいことに人の世はどんな時でも悪巧みをする輩は居るものであります。
自分の利益のために人を騙す詐欺師っていう奴は、途絶えたことがありません。


ちょっとおつむを冷やしてみれば、子供だって解るような幼稚な詐欺に、普段は肩肘張った大人でも簡単に騙される事があるものです。


いやあ何であんなものにコロッと騙されたものかなぁ、なんて他人事みたいに振りかえられるなら幸せなものですが、そんな呑気な気分にはとてもなれないほどに痛めつけられた人達だって沢山おります。


しかしそういう世知辛いことは、何も人間の世界だけでは無いようであります。


こないだも馴染みの海鮮居酒屋で飲んでいましたら、常連の漁師さんからそんな話を教わりました。



最近は環境破壊やら開発やらで減ってしまいましたが、昔は沢山の磯や干潟がありました。


干潟なんかは潮干狩りでアサリやらハマグリなんかがよく取れたものです。


干潟や磯には貝以外にも、ムツゴロウなんてどっかで聞いた名前の変な魚もいますし、カニやらウミウシやらヤドカリやらが賑やかに暮らしているのです。


ある時、季節外れの不自然な台風がこの海のあたりにやってきました。


それはそれは強い台風で、海も大荒れで漁師さん達は漁にはとても出れず、それどころか漁船がひっくり返らんばかりの勢いでした。


磯にいる彼らカニやヤドカリ達もこれほどの台風や波は初めてでした。
みんなして穴蔵にひっそりと隠れ、嵐が収まるのをジッと辛抱強く待っていました。


やがて嵐も止み晴れ間が海辺を照らすようになって、そろそろ表に出られるかなぁとタイミング計っておりました。


そんなときに、表から まだだー、まだ危ないぞー なんて、大きな声がしきりに聞こえてきました。


声の主は解りませんが、しかしそんなことを言われたら誰だって怖くなってしまいますから、もう少しだけ我慢しようかな、なんて思って巣穴から出る日取りをうしろに倒して様子を伺うことにしました。


そして何日か過ぎますと、もうそんな声も聞こえなくなっていましたから、カニ達も さぁやっとこさお日様の下でハサミが伸ばせるぞぉ と、気持ちを緩めて一斉にワラワラと磯に干潟にと姿を見せ出しました。


久しぶりに強い太陽に甲羅を干しながら、めいめい知り合いに顔を見せては、穴蔵での生活の不自由さなんかの愚痴話に花を咲かせておりますと、どうも何やら様子がおかしい。


何やら見慣れぬ連中が、干潟に磯に沢山いるのです。


ヤドカリみたいに貝を被っているのですが、どうにも大きさもシルエットも似ていない。


一体誰かなぁ、と気になった一匹のカニがそのヘンテコなヤドカリに声をかけますと、なんとそれは貝を被ったカニ達でした。



しかも、いつもの仲間たちとは少し違う、あまり見たこと無いカニ達でした。


どうしてそんなものを被っているの?


と、声をかけたものの、芳しい返事は無くどうにもハッキリいたしません。



みんなのもとに戻ったカニは 


変な奴らだなぁ 


なんて首をひねりながらも、井戸端会議にもうひと花咲かせて呑気に過ごしておりました。


しかし、その晩にまたしても誰かの声で


 危ないぞー 気をつけろー 


と、叫ぶ声が聞こえたのです。



そして、それは毎晩毎晩、来る日も来る日も聞こえてきました。


そして日に日に貝殻を被ったカニ達が増えていったのです。


何だこれは いったいどうなってんだ? 


この浜に長いこと住んできたカニ達は大変驚きました。こんな事は一度だって無かったのです。


他所の浜で育ったカニ達に


 おたくの方ではあんなのが流行ったりしたかい? 


と尋ねてみても


 いやあんなのは初めてだ 


とハサミと口を揃えて言うばかり。


しかしどんなにハサミを捻ってみても、昼は貝殻を被ったカニ達で溢れ、夜は誰かの叫び声が響き続けたのです。


そして
 これは変だぞオカシイぞ 
と話し合っていた仲間たちまで、やがては日を追うごとに一匹、また一匹と貝殻を被るようになりました。


おいおい、お前たちまで何やってんだい? 


と声をかけますが、やはりこれといって答えはハッキリしませんでした。


その頃には、よくよく砂浜に目を凝らしますと、あれだけ浜辺にも磯にも溢れんばかりに転がっていた貝殻が1枚たりとも見当たらなくなっていました。


遠くの磯では貝殻を奪い合って喧嘩まで起きているようだ 


と、噂話も聞こえてくる位に皆して貝殻の奪い合いに躍起になっていたのです。


やがては、それまでソッポを向かれていた小さい貝殻まで奪い合いになり、サイズのまるで合わない貝殻を被ったカニ達も現れました。


そして遂には貝殻を売り出す輩まで出てきたのです。


ついこないだまでは、そのへんに幾らでも転がっていた貝殻を、それはそれは法外な値段で売り出したのです。


しかもそれを皆が我先にと奪い合うまでになっていたのです。


そしてそうやって買った貝殻を、子ガニにまで被せる親ガニも現れました。


子ガニは可哀想にも、その重そうな貝殻を必死に引きづりながら干潟や浜を歩いており、その姿は痛々しくて見てられないほどでした。



この異常事態に耐えられないカニ達は、長老の元に集まり相談をしておりました。


するとさすがは長老様、カニの甲より年の功と言いますとおり、ナイスアイデアを発しました。


被り物については我々カニよりヤドカリが詳しいだろう、ならば彼らに聞いてみるのだ 


となったのです。


そしてその集会の中で一番足の早いカニが選ばれ、普段は交流の無かった隣の磯に居るヤドカリ達のところまでひとっ走り横っ走りで使いに出かけました。


皆で待っていますと、さすがは韋駄天、早いもので皆がハサミのお手入れに夢中な間に帰ってきました。


そして長老の前で報告を始めました。


どうやらヤドカリ達の話では、向こうの磯でも同じことが起きていると言うのです。


そして、何とあまりにも貝殻をカニ達が奪うので、ヤドカリ達が貝殻不足で困っていると言う話でした。
中にはおじいちゃんの代の古びた貝殻を孫に与える始末だそうで、こんな事は磯が始まって以来初めてのことだと嘆いているそうです。


長老もその話を聞いて 


これはこの浜辺だけでなく、あらゆるところで起きている事態だろう 


と言いました。


集まったカニ達は不安な気持ちを益々強め、震えたハサミをカチカチと鳴らしておりました。


カニ達の中には、この干潟を出て他所へ引っ越すことも検討していた連中もいたのです。
しかし、どの磯へ行ったところで変わらないのだと知ってしまったのですから、救いのない状況に震えるのも無理はありません。


すると、そこに遅れてやって来た若いカニが一匹入ってきました。


皆の暗い表情から


 はて何があったのか?


と、端っこにいる顔なじみのカニに話を聞き 


ははぁ、なるほど 


と一言漏らすと、この若いカニは雰囲気お構いなしに大きな声で 


ではこの中の誰でもいいですが、何故貝殻を被るのか知ってるカニはいますか? 


とみんなに尋ねました。


遅れて来といて大声を張り上げる無遠慮なこの若カニに、少々目くじらを立てる古カニもおりましたが、しかしその質問に答えるられるものはおりませんでした。


この若いカニはズイズイと集会の中へ中へと進みながら声を張って皆に尋ね回りましたが、やはり答えられるものは誰も居ない。


やがて長老の前まで来た若カニは 


長老さん、どうやらこの中には誰も理由を知るものはおりません。
理由がわからないことには対処も出来ないのでは無いでしょうか? 


と話しました。


すると長老は少々不躾なこの若カニの話に深く頷き、


では解るものを探そう 


となりました。


そして、さっきの韋駄天に 


今一度、隣の磯まで急いで行ってこの理由がわかるものに話を聞いてくるように 


と言いました。


一息ついてた韋駄天は、冷えた海水を一杯飲むなり、ヤレヤレと思いつつも8本の足を慌ただしく動かして飛んでいきました。


やがて戻った韋駄天の報告によりますと、同じように隣の磯でも理由を探し回っているそうですが、しかしまるでその理由がわからないとのことでした。
韋駄天はヤドカリの長老とも話をしており、どうも向こうの長老が言いますには 


我々ヤドカリが貝を被るのは、それが家であるからだ。我々はカニ達のように硬い殻を持っていない。だから貝殻を拾って被るしか無いのだ。それなのにカニ達が我々から貝殻を奪っている。それは我慢ならない。我々の子供達から貝殻を奪わないでほしい 


と言われたそうです。


彼らの怒りも当然です。必要な者たちに行き渡らないうえに、不必要なものたちが奪ったうえに、転売までして金儲けしている有様なのですから。


韋駄天の話を聞いた若カニは、今の話から自分達には貝殻は不要である事を改めて知りました。


しかし 不必要なのにも関わらず、みんなが我先にと奪い合うという事は・・・


と、考えたところでこの若カニ、ポンとハサミを打ちまして


そうだ 夜中の声が原因である!


と、またまた大きく声を張り上げました。


その若カニの声に皆がハッと目を覚ましました。


思えばあの声が聞こえるまでは一度だってこんな事は無かったのです。


ならばあいつらが原因である。
あいつらは一体誰なんだ?
どうしてこんな事をしやがるんだ?


と、皆が話し始め、会場全体がザワザワ泡々と騒がしくなりました。


長老は 


では今夜、その声の者たちを捕まえてやろう 


と皆に言い、長老や若カニ達が捕り物の計画をその場で練り始め、それぞれが慌ただしく準備を始めました。


そして、月の綺麗なその日の晩、またしてもいつもの声が聞こえてきました。


危ないぞー 気をつけろー


危ないぞー 気をつけろー


いつもどおりの声でした。


しかし、この声が夜の磯に響いたその瞬間、周りに潜んでいた若カニ達が一斉に声の主たちに横っ飛びかかりました。


声の主たちの姿は暗い上に、コイツらも貝殻を被っているのでハッキリしませんでしたが、弱々しいながらも月の光に照らされてハサミの存在は確認できました。
どうやら彼らもカニのようでした。それも思ったより数も少なかったのです。


磯の岩陰から一斉に現れたカニ達によって、この声の主たちは次々と取り囲まれ、路地に逃げ込んだ者たちも、勝手知ったる地元のカニ達にアッサリとハサミうちとなりました。


彼らを一匹ずつ昆布で締め上げた後、長老の元へと連れていきました。


長老の巣穴に連中を入れ、皆で囲むようにして集まりいざ数えて見ますと、なんとあれだけの騒ぎを起こした張本人達の数はたったの6匹だったのです。


奴らの貝殻を取り払い、よくよく姿を見てみますと、自分達と似ているようで似ていない、あまり見かけない種類のカニ達でした。
しかし、中には同じ種類のカニ、それも顔なじみのカニもおり、それに気づいたカニ達は

 裏切り者!

と罵声を浴びせ、ひと騒ぎが起きる始末でした。


皆を鎮めた長老と若カニ達が、リーダーと思しきカニに質問を始めました。
このカニ達も観念した様子で、ペラペラと泡を吹きながら悪びれる事無く話し始めたのです。


どうやら彼らの目的は、この浜をそっくり自分達の物にすることだったようです。


彼らは3種類のカニたちで構成された組織だそうで、小柄で貧相だがカニ味噌タップリの上海カニがリーダーで、その部下たちには沢山のミドリガニがおり、そしてこの乗っ取る予定の浜に詳しい現地のカニで作られていました。


どうやらこの計画というのは、まず皆を脅かして貝殻を被せる事から始まるのだと言いました。


そして姿かたちが解りづらくなったところで、現地のカニとは似ても似つかない沢山のミドリガニ達が次々と浜に干潟に磯にと住み始める。
その間もドンドンと脅しを続け、貝殻も売って儲け、この浜にいたら危ないぞと思い込ませ、地元のカニたちを追い出す。


こうして浜を乗っ取る事が目的だったと、リーダーの上海カニは訛りの強い言葉で話しました。


このリーダーはアッサリと話し出したものの、その内容は大変恐ろしいものでした。
聞いているカニ達はまたしてもハサミをカチカチと鳴らし、固まっておりました。


さすがの長老もこんな話は聞いたことがありませんでした。


周りのカニ達の中には、


やい よくも騙してくれたな


と、怒りをぶつけるものもおりました。
しかし、その声を聞いても当の上海カニは


そんな根拠の無い声に騙されるカニミソの無い奴らが悪いのさ。ちょっと考えればわかるだろう。


と、すっかり開き直っておりました。


この話は若カニも勿論初めての内容でしたが、しかし幾つも疑問が浮かびました。


それは 


このカニ達の計画には仲間が他にもいるのではないか?


と、いう事でした。


尋ねてみると、そのとおりで、仲間がかなりの数居るそうでした。
つまりこれは巨大な組織的な計画だったということです。


それを聞いて益々ハサミの大合奏が鳴り響きましたが、若カニは納得出来ませんでした。


何しろ他所でも同じことが同時に起きていることは昼間に確認しているのですが、しかし同時にやってしまったら、追い出したカニ達の逃げ場所が無いわけです。


つまり磯のカニが追い出されても、干潟にやってくるし、干潟に居たカニが追い出されたら磯にやってくるわけです。


もし浜を奪う計画であれば、ひとつひとつやっていくのが筋だと思うが、どうして同時にやったのだ? 


と、若カニは尋ねました。


すると、さっきまで自慢気に話していた上海カニは何だかバツが悪そうに口を歪め、


本当はそうしたかったのだが、他の連中と話が合わず、結局それぞれが好き勝手にこの乗っ取り計画を進める形になってしまったのだ 


と言うのです。


その回答には若カニも驚きました。


何だか偉そうに気取った身なりのこのリーダーカニは、これだけの計画を立て実行までしておいて、仲間たちと話を纏める事すら出来ない連中だったのです。
その話を聞いた後に改めて彼らを見てみますと、さっきまでインテリぶって見えた姿も、今ではただの貧相で中身のない、まるでチェーンの居酒屋が冬場に出す寄せ鍋コースに入っているスッカスカのカニに見えてくる始末でした。


一通り話を聞き終えた若カニ達は、この連中の処分の許可を長老からもらうなり、すぐさま浜焼きに処しました。


地元の先導役をやっていた顔なじみのカニは、炭火の準備の最中に情けを求めてハサミを合わせておりましたが、仲間を裏切ったカニへの皆の怒りは収まることはありませんでした。


連中ともども網の上で焼かれ、香ばしい香りを浜に漂わせることになりました。


そして次の日、この事実を韋駄天だけでなく、若カニ達も一斉に浜辺中に伝えて回りました。


そして行く先々で裏切り者や侵略カニたちを次々と網に乗せていきました。


やがてお日様が7回ほど昇ったあと、この浜辺にはかつての平和が戻ってきたのでした。



しかし、やってしまったことや起きてしまったことは、決して無くなるわけではありません。


いくら悪カニ達に乗せられていたとはいえ、生まれた時から硬い甲羅を持ち続けたカニ達が、ヤドカリさん達にご迷惑をかけながらも貝殻を奪い合って被り続けていた事実は消えません。


騙されていた彼らも彼らで、あの時の事を思い出しながら、


はて、何であんなことをしてしまったのかなぁ?


なんて他カニ事みたいにボヤいていますが、その時に周りに苦しい思いをさせ醜態を晒した事実は消えないのです。


重い貝殻を引きづって学校に通わされていた子ガニ達の辛さはイカほどだった事でしょう?


まんまと周りの波に乗せられた愚かなカニ達は、その恥ずかしい経験から、余生をまるで茹でた後の様に真っ赤な顔で過ごすことになったそうです。


彼らはきっとこう思ったことでしょう。


ああ、今こそ顔を隠せる貝殻がほしいって。



【2つめのPOV】シリーズ 第4回


「波」


おわり


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 【2つめのPOV】シリーズ



 【グッドプラン・フロム・イメージスペース】シリーズ


 【想像の番人】シリーズ


【獣人処方箋】シリーズ


 【身体の健康】シリーズ


 【楽園の噂話】シリーズ


 【過去記事のまとめ】

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