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『エンゼル・ハート』 感想

冴えない私立探偵が恐ろしい目にあう映画。

監督のアラン・パーカーと主演のミッキー・ロークが乗りに乗っていた時代に作られた、奇跡のようなオカルトホラー。

1955年のニューヨーク。
冴えない私立探偵のミッキー・ロークことハリー・エンゼルは、弁護士のワインサップから電話を受け、とある富豪の依頼を受ける。

富豪の名前はルイス・サイファー。

ロバート・デ・ニーロが演じており、こいつが大層怪しい上に物腰が柔らかで怖い。
指にはなんだか大きな指輪をしている。
髪と髭と両手の爪を長く伸ばしてステッキを持つ見るからに怪しさ満点の彼は、ハリーにジョニー・フェイバリットという人気歌手の消息を掴むよう依頼する。

「ジョニーという名前に聞き覚えは?」とか「君とはどっかで前あった気がするな」とか話しかけてくるサイファー。
やな感じ。
ハリーが「ええと、サイフィアさん」と名前を間違えると、「サイファーだ」とキチンと訂正してくる。
綴りはcyphreで、ハリーは名前をメモる時、外国人? と疑問を持つ。
アメリカ英語では綴りはcypherと、eとrが逆になるため、ハリーはそこに気づくのだ。

更に、ジョニーの名前、フェイバリットも、本名はリーブリング、というらしい。
リーブリングはドイツ語で、お気に入り=フェイバリットなので、ジョニーがドイツ系であることが示唆される。

ハリーはジョニーが従軍中に精神を患い入院していたという病院を訪ね、ジョニーの行方を捜すが、ジョニーは病院にはいない。

ジョニーは十二年前に転院したと知らされるが、そのことを記録したカルテには十二年前には一般的でなかったボールペンが筆記に使われたことを見抜いたハリーは、担当医のファウラー医師の元を訪ねる。
ハリーが有能な探偵であることがわかる気の利いたな描写だ。

ファウラー医師はモルヒネ中毒になっていた。そして彼は25,000ドルでジョニーを身元不明のケリーと名乗る男と若い女に引き渡したことを告白する。

もっと話が訊きたいハリーは、ファウラー医師を監禁状態にした上で、モルヒネ中毒が落ち着くまでの間、ダイナーで食事を摂る。

ハリーがファウラー医師の元に帰るが、医師は右目を拳銃で撃ち抜かれていて脳みそ撒き散らして死んでいた。あわわ。

ハリーは現場に細工をし、ファウラー医師が自殺に見えるように自分の指紋を拭き取り、現場を後にする。

ファウラー医師が目を撃ち抜かれて殺されていたのは、顛末を目撃しつつも、目を瞑っていたことに対する罰なのだろうか。

ハリーは、サイファーと再び出会う。

ハリーはサイファーに「このままでは殺人事件の容疑者になるからもう嫌だ。依頼は降ります」と告げる。
サイファーは、「ナメクジは通り道に痕を残す」と意味深なことを言いながら、ハリーに更に5000ドルのギャラを上乗せする。
ハリーは大金に心動かされ、依頼を続けることを受諾。
サイファーは「卵はとある宗教では魂の象徴なんだよね」と言いながらゆで卵をもぐもぐと頬張る。
まるでハリーの魂がサイファーに取り込まれてしまったかのようだ。
このシーンは、映画をラストまで観ると強烈なインパクトを残すことになる。

ハリーは、サイファーと初めに出会った場所を訪れる。

そこには、大量の釘が打ち付けられた十字架や義眼、猿のミイラやサタンのオブジェやピンクのハートの石などが祀られていた。

明らかに邪教の祭壇だ。

自分が踏み込んでしまったものの真相を暗示するかのような物を目撃したハリーは、慌ててその場を離れる。

ハリーは何者かから追われる。
かろうじて逃げおおせたハリーだが、何やら不穏な者どもが自分を捉えようとしているのを知る。

ニューヨークタイムスに勤める女性記者からジョニーの情報を得たハリーは、ジョニーの婚約者が呪いに通じていたことを知る。

そしてハリーはジョニーの婚約者、マーガレットに会うため、ルイジアナへ飛ぶのであった……。

原作小説は、スティーブン・キング曰く、「レイモンド・チャンドラーがオカルト小説を書いたようだ」と評した通り、ハードボイルドの探偵小説に次々とオカルト要素が不穏に降りかかるものとなっており、悪魔崇拝主義者を主軸に置いたこの原作は、アメリカでは「悪魔のバイブル」と呼ばれ、一時は発売禁止運動まで起きてしまいます。

ロバート・デ・ニーロ扮するサイファーがわかりやすくアンチキリストの象徴である逆五芒星の指輪をしているため、映画の序盤でサイファーが悪魔であることからもわかるように、この映画は悪魔崇拝者のことを描いた映画です。

日本でも『エクソシスト』『オーメン』『ローズマリーの赤ちゃん』などのオカルト映画が流行り、更に主演がミッキー・ロークとロバート・デ・ニーロという人気俳優でもあったため、この映画も話題になりましたが、『エクソシスト』や『オーメン』のようなビジュアル的なショックイメージはなく(この映画全般のシルエットシーンの美しさは特筆すべきものですが、ショックシーンではない)あえてホラー映画として取り上げるなら、心臓取り出しシーンと天井から大量の血が降ってくるシーンでしょうか。
でもそれも前述した映画たちに比べれば地味なもので、キリスト教の教えにイマイチ馴染みのない日本では怖い映画としてはそこまで受けなかったようです。

だから、結末で明かされる悪魔崇拝者が行った行動の恐ろしさと、そこから付随する物語の収束の仕方がイマイチ日本では伝わりづらく、この映画を観た人からは「怖かったけどラストよくわかんなかった」ていう感想が出続ける理由ではないでしょうか。

五芒星を天地逆にした逆五芒星は、天との繋がりを示した五芒星の逆なので、地の底との繋がり、即ち地獄と繋がりたい、という悪魔のシンボルなわけです。

で、この映画でも、ルイス・サイファーというなんだか不自然な名前の種明かしは、ルシファー、つまりメフィスト・フェレスであることがわかり、ドイツのファウスト伝説からの悪魔であることが示唆されるのです。
つまり、ジョニーがドイツ系である事もそこで繋がる。

よってラストシーンで、ジョニーがエレベーターに乗って、地の底へ、地の底へと向かうシーンが繰り返し映されるのは、自分と関わった人々を次々と殺害していった結果、地獄へと向かっていることがわかるのです。

映画の中で何度も登場する鏡も、重要な役割を担っている。

鏡に映った自分を自分である、と認識できるのは「自己鏡映像認識能力」と呼ぶが、初め、ハリーは鏡に映る自分を自分と認識しているのだが、映画の後半、とある事件をきっかけとして、鏡に映る自分を殴りつけ、鏡を割ってしまうのだ。
まるで自分自身が、本当は自分でないと認めなくないように。
そしてそれはラストシーンで、自分自身が自分ではなかったことを認めるシーンでもう一度現れる。

ホラー映画というカテゴリに収まらない素晴らしい映像美と、アラン・パーカーの手腕が冴えまくった音楽センス、そして何度も観たくなる伏線の張り方と回収の仕方、出演者全員の完璧すぎる演技、と、ほぼ満点の映画でした。

是非みんなも何度も観よう!

#映画 #映画レビュー

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