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怪談『この駅』

「僕は特に、視える人ではなかったんですけど」

書店勤務の大河原さんは言った。

「出勤するときは、まだ明るいんで、視えないんですけど、視え始めたのは帰り道ですね」

新宿の書店に勤める大河原さんは、自分が住んでいる武蔵境まで、中央線を利用している。

「閉店後に帰るので、電車はいつも座れないんです」

それで大体いつも、先頭車両のドア付近に立って帰ることが多いという。

「夜の町を見ながら帰るんですが、ガラスに車内が反射するんですよね」

異変に気づいたのは、一ヶ月前のことであったという。

「ガラスに反射してる車内に、僕の方を見てる女の人がいたことに気づいて」

初めは、気にしていなかったのだが、ガラスの中で、目があうことに気づいたらしい。

「偶然かな、と思ってたんですけど、何度確認してもこっち見てるんです」

その女性が綺麗な人だったため、大河原さんは意識してしまったらしい。

「わざわざ振り返って確認するのもいやらしいかな、と思ってそれはしませんでした」

気づくと、新宿から幾つか過ぎた駅のあたりで、女性の姿は消えていた。

「その時はそれで終わったんですけど」

その女性は、大河原さんが帰り道に電車に乗る度に現れたという。

「それでいい加減気になったんで、その女の人の方を確認してみたんですよ」

だが、車内には、そんな女性の姿はなかった。

「でも、反射してるガラスの中には、確かにいるんです」

女性は、大河原さんの立つドアの反対側のドアの近くにいたり、座席に座っていたり様々だったが、実際に車内を振り返って確認してみても、そこにそんな人物の姿はないのだという。

「そんで、ああ、視えちゃったんだなあ、って思って」

大河原さんは気にしつつも、女性の幽霊が反射するガラスの中だけに視えてしまっていることを、深刻には捉えていなかった。

「仕事で疲れてたのもあるし、視えるだけで特にこちらに何かをしてくることもなかったので」

それでもある日、女性が、どの駅から視えなくなるのか、を確認してみたくなった。

「その日、新宿で電車に乗り込むと、やっぱりいつも通り、あの女の人はドアのガラスに映っていました」

女性は反対側のドア付近に立ったまま、やはり大河原さんの方をじっと見ていた。

「一つ駅を過ぎて、二つ駅を過ぎて、まだいるなあ、と思いながら、どこであの女の人は消えるのかなあ、とずっと見てたんです」

すると、新宿から幾つか目の駅に電車が着いてドアが開いたと同時に、女性の姿は、消えてしまっていた。

「ああ、この駅で降りたんだ、そう思ったときです」

電車が発車するために、大河原さんの目の前のドアがしまった瞬間。

「僕の顔の真横に、女性の顔がありました」

夜の町に反射するガラスの中。

女性は、大河原さんの耳にギリギリまで口を近づけていた。

「で、耳元で言ったんです」

 

〈わたし、このえきで、はねられた〉

 

「で、僕の顔にゆっくりと手を回したと思ったら、もう消えてました」

その日から、大河原さんはガラスに反射する車内は見ないようにしてるという。

「でも、時々視線感じるんですよね。確認したほうがいいんですかね?」

気にしすぎじゃないですか。

※登場する人物名は、全て仮名です。

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