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② "炎上"は必至だった? 5分で理解る「ひろしまタイムライン」の呆れた実態。

【はじめに】

 2020年9月2日、「ひろしまタイムライン」の「シュンちゃん」のツイートが再開されました。ツイートの再開を喜ぶ声も聞かれます。一方で9月6日、シュンちゃんのモデルになった人物に取材をした朝日新聞の記事が話題となりました。モデルとなった新井俊一郎氏は「私は激怒しました。日記の偽造だと」とNHK広島放送局に対する不信感を隠しません。

 そして、新井氏の発言をそのまま読み取ると、どうも「ひろしまタイムライン」の制作チームは大変お粗末な実態だったと言わざるを得ず、「こんな有様では、たとえ今回のことがなかったとしてもいずれ必ず何かとんでもないことをやらかして炎上していただろうな」と思わされるものでした。

 「みなさまの NHK」は一体どうなっているんだという話ですが、この記事ではそんな「ひろしまタイムライン」についての問題点を 5 分で分かるよう解説します。 

 前回の記事もあわせてご覧下さい。


1."原作者"にも知らされなかった「企画」

 前述の記事によるとこうです。

「シュン」の投稿が始まったのは3月26日。新井さんは事前にNHKに依頼されて、投稿内容を考える高校生ら10代の5人に、日記の背景などを説明した。しかし、NHK側からツイッターの特性などについての詳しい説明はなかった。番組の中で当時の日記が紹介され、子どもたちが感想などを述べ合うと考えていたという。
 ところが4月3日、企画を紹介する番組を見て、初めてツイッターへの投稿内容を知り、驚いた。
 NHKの担当者にただすと「『日記を原作として、子どもたちと一緒に創作をしている』」と言われたという。「私は激怒しました。日記の偽造だと」
 新井さんはNHK側と話し合い、こんな条件を出した。「75年前の軍国少年の日記だと子どもたちにしっかり認識させた上で、子どもたちの言葉で書くのならば認めます。NHKの責任でやってください」

 この内容が本当だとすると、番組担当者は新井氏に何の敬意も払わず、半ば蔑ろにするかたちで番組を制作していたことになります。

 新井氏本人は自分の日記がどう使われるかの説明をまともに受けず、「当時の日記を高校生に見せて、今の高校生がそれをどう思うかを語る」企画であると思っていたわけです。実はその企画でも十分に興味深い内容の番組が作れたはずですが、NHK広島放送局のディレクターは「Twitterで面白いことをやりたい」とでも考えていたのか、かくして日記を改変する行為を本人に許可さえ取らずに進めてしまっているわけですからNHK広島放送局の責任は重いと言わざるを得ません。


2.書き足された侮蔑的表現

 ここでシュンちゃんのツイートを振り返ってみましょう。


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 もはや正視に耐えない差別意識の表出ともいえるこのツイートですが、問題点がいくつも見られます。こんなものを何度も読者諸兄にご覧頂くのは申し訳ないのですが、少し考えてみると問題点が浮かび上がります。

 まず「朝鮮人の奴ら」という表現です。「奴ら」には明確に敵意侮蔑的な意図が込められています。当時のシュンちゃんにとって「朝鮮人」は好ましからざる──もっと平たく言うと「いけ好かない連中」であったのでしょう。前回の記事でも私はこう書いています。

 ここでは「朝鮮人」はいけ好かない連中として描かれています。
 当時のシュンちゃんにとってはそうだったのでしょう。
 セリフにある「ヨ」にも差別意識が表れています。漫画ではよく見られた「外国人のセリフの一部または全部をカタカナで表現する」手法は、外国人のイントネーションやアクセントを揶揄する表現です。

 NHK広島放送局のステートメントによると、このツイートは日記の本文には出てこないが、後年の本人の手記やインタビューによるものだということでした。後年に本人がそのように振り返っているのだとしたら、当然この「朝鮮人」への敵意や蔑視は新井氏本人がもっていたものだということになります。2009年の手記で何の注釈も反省もなくそのように表現するのなら、新井氏は今も差別意識をもった人物である可能性があり、その指摘が多く寄せられたといいます。

 けれども、本人の弁によると──

朝鮮人の「奴ら」とかは一切話をしておりません。「軍国少年」シュンちゃんの日記だから、子どもたち(投稿を担当した高校生たち)がそういう表現で書いたのでしょうが、朝鮮人と論争になったとか、侮蔑的な思いで眺めたとか、そういう話も一切していません。いわんや、この言葉をネットに載せるなんていうことは、事前の承諾がないんですから。

 「そういう話も一切していません」とのことです。

 新井氏が手記に書いたのは「朝鮮人が『戦争負けるよ』とか言ってた」程度の内容であり、「かっとなって言い返そうとした」とか「奥歯を噛み締めた」といった描写はまったくの創作であったということです。

 つまり「ひろしまタイムライン」のスタッフは、わざわざ原作の日記にない描写を後年の手記から掘り出して、わざわざ侮蔑的表現を用いたということになります。これが特定の民族に対する差別煽動でなくて何だというのでしょうか?


3.消えた差別的語彙

 シュンちゃんのツイートには、勝手に侮蔑的表現を書き足されてしまった一方で、おそらく当時一般的に使われていたであろう差別的語彙が意図的に消されて(あるいは置き換えられて)いるのではないかと考えることもできます。

 賢明な読者諸兄はもうお気づきでしょうが、石原慎太郎の発言で話題になった「三国人」なる語彙がそうです。

 「三国人」なる語彙は当初「戦勝国の人間(連合国側を主とする)でもなく、第三国の人間」という意味で使われました。もともと差別的な意図は込められていなかった言葉ですが、次第に台湾や朝鮮の人びとに対する蔑称として定着していきます。蔑称として定着したこの言葉を現代で用いることは許されませんが、石原慎太郎の世代であればごく一般的に用いられていたことでしょう。新井氏も石原慎太郎とは同世代です。

 すなわち、新井氏も「三国人」あるいは「第三国人」という表現を一般的に用いていたことと考えられます。当時は行政や国会でも用いられていた表現なのですから、新井氏にも馴染みの深い言葉でしょう。

 ところが、ひろしまタイムラインにはそのような語彙は出てきません。当時一般的に用いていた言葉をわざわざ用いないということは、

A.「この表現は差別的な意味を含むから使用は控えよう」という大人の判断があったか、

B.新井氏が一度もその語彙を使っていないか、のどちらかです。

 もちろん今では死語となった蔑称を現代でわざわざ用いることは許されませんから、NHK広島放送局が使用を控える判断をしたというのなら、それは責めるべきところではありません。

 が、前回の記事でも述べた通り、注釈が必要です。

 A.のとおり「差別的語彙の使用を控えた」のなら、「当時は一般的にこう言われていたが現代の人権意識に照らすと看過し得ないため言葉を置き換えた」という注釈が必要でしょう。ここでも「注釈無しの改変」をやってしまっていることになります。

 B.の場合だと幾分か救いはあるような気がしますが…。



4.事前承諾がなかった?

 先程も引用したこの部分をもう一度見てみましょう。

朝鮮人の「奴ら」とかは一切話をしておりません。「軍国少年」シュンちゃんの日記だから、子どもたち(投稿を担当した高校生たち)がそういう表現で書いたのでしょうが、朝鮮人と論争になったとか、侮蔑的な思いで眺めたとか、そういう話も一切していません。いわんや、この言葉をネットに載せるなんていうことは、事前の承諾がないんですから。

 新井氏は「事前の承諾がない」とはっきり言い切っています。本来まともに歴史に向き合おうとするなら本人にひとつひとつ確認してもらうのが筋なのでしょうが、

 そんなことしていたら私、(自分の)仕事ができません。初めから「そんなことはできない。NHKが責任持ってやって」と言っているわけです。4月に最初の番組を放送した途端、内容に疑問を持ったので、「新井の日記をシュン日記として出すのは、私の日記の偽造では」と言った。すると担当者が、「新井さんの日記を原作として、子どもたちと一緒に創作をしている」と言った。私はそんなことを許した覚えは一切ないと激怒しました。すると担当者は、「創作」という言葉は使いませんでしたが、「つぶやきという形で、子どもたちの思いを書き加えたものを投稿させてもらいたい」と言い、私は認めたんです。歩み寄ろうと。

と、このような実態であったことが明かされます。

 新井氏があのツイートをいちいちチェックするのは困難だったことでしょう。毎日事前にチェックしていたら生活時間がゴリゴリ奪われてしまいます。もともと無理があった企画という証左でもありますが、NHK側はこれを押し通しました。

 そして、前回の記事でも触れた8月21日のステートメント。

「戦争・原爆の悲惨さや戦後の厳しい現実を、若い世代にSNSを通じて知ってもらう」という名目のもと、「手記とご本人がインタビューで使用していた実際の表現にならって掲載しました」と書いています。

 つまり、NHKはツイートの責任を新井氏に押し付けたわけです。さすがにこれはまずいと思ったのか現在は削除されていますが、本人に事前の承諾も取らずにツイートを投稿しておきながら自らの編集責任に向き合わず、他人に押し付けてしまうこの姿勢は断じて許されないものです。



5.ヒトラーを尊敬していますか

 NHK側の呆れた姿勢はそれだけではありませんでした。

 印象的なのは、子どもたち(高校生たち)と昔の話をしていたときに、ヒトラー、ムソリーニが死んだとき、私が日記の中で哀悼の意を述べているという話になった。そしたら担当者が「今でもヒトラーを尊敬していますか」と。そういうふうに思われてるんかなあと思ってがくぜんとした。

 1945年4月30日、ヒトラーは自決し、5月にドイツが降伏します。軍国少年のシュンちゃんからすれば、同盟国ドイツの総統の死はショックだったことでしょう。これを念頭に置いた上でNHKの担当者は「今でもヒトラーを尊敬していますか」などとブッ飛んだ質問をかましてくれたわけですが、この質問にどういう意図があったのでしょうか。「今もヒトラーを尊敬しているヤバいジジイだったらどうしよう」とでも思ったのでしょうか。仮に「ええ、尊敬しています。ハイル・ヒットラー!」とか言ったらどうするつもりだったんでしょうか。とても気になります。

 この質問ひとつとっても制作スタッフの認識や能力には疑問を抱かざるを得ません。新井氏でなくても「大丈夫かコイツら?」と不安になったことでしょう。


6.まとめ

 2020年9月6日現在、シュンちゃんの一連の「朝鮮人」ツイートは削除されていません。また、ステートメントでは「必要に応じて注釈をつける」としていたNHK広島放送局ですが、一連のツイートには注釈はつけられていません。これは「例のツイートに注釈は必要ありません」と言っているに等しい姿勢で、NHK広島放送局は数々の批判にまともに向き合っていないと言わざるを得ません。さらに、本人の事前承諾もなしにツイートを「創作」していたという姿勢が本当だとすると、もはや報道とは呼べません。

 朝日の記事に書かれた新井氏の発言を100%信用するわけではありませんが、最終的な編集責任はNHK側にあるのですから、NHKにはきちんと検証する義務があります。

 「戦争・原爆の悲惨さや戦後の厳しい現実を、若い世代にSNSを通じて知ってもらう」ことと、「朝鮮人」への敵意を創作することに、一体何のつながりがあるというのでしょうか。

 NHK広島放送局には、真摯に批判に向き合い、誠実な対応を行うことを引き続き求めます。

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