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花物語 巻ノ五・クリスマスローズ

名前負けを払拭した平成の大発展

クリスマスじゃないのに

早春、2月から3月。うつむき加減に咲く地味な花。クリスマスをとうに過ぎた頃、バラには似つかない(少し昔の話。後述する通り現在はバラそっくりな花もある)その花が咲く。その花をなぜか、クリスマスローズと人は呼ぶ。しかしそれは日本人だけらしい。

2016年3月初めのことだった。家族で訪ねた大型園芸店にクリスマスローズ売り場が特設されていた。息子(当時、小5)の一言。「今はクリスマスじゃないのに。なんでクリスマスローズなの?」。当然の疑問であろう。王様の耳はロバの耳、子どもは正直だ。

この花のグループ、キンポウゲ科ヘレボルス属。そのなかで一番早く咲く、ニゲル種は、確かにクリスマス頃から、野において開花する、こともある(実際には年明けが多い)。冬枯れの中、草姿の割に大ぶりの白い花。横向きでよく目立つ。象徴的にローズと呼べないこともない。欧米ではこのニゲルだけをクリスマスローズと呼ぶ。

オリエンタリス種など他のいくつかの原種とそれらの交配種は、早春から開花する。それらはレンテンローズと称されている。レンテンとはなんぞや? イースター前の40日間がレント。レントの頃に咲くから、レンテン。だそうだ。と言われても、イースターがいまひとつ盛り上がらない日本では、ほとんど通じない。

いつしか日本人だけヘレボルス属を一纏めに全部クリスマスローズと呼ぶことになった。専門家や愛好家の一部にはこれを嫌い、学名のヘレボルスを使う向きもある。虚しい抵抗である。今世紀、日本で出版されたヘレボルス本のタイトル記載がほぼすべて、クリスマスローズなのだ(2023年11月時点)。イベント関係も概ね、クリスマスローズ展ないしクリスマスローズ展示即売会。

もう手遅れである。

ということで、この先も永久に、春なのになんでクリスマスローズ? バラの仲間なの? それはね、っていう会話が続くのである。会話のきっかけがあることは、悪いことではない。

本来のクリスマスローズ、クリスマスローズ ニゲル

かつては、その後、

私が初めてこの花を目にしたのは1990年代始め。国内に流通している品種は白いニゲルと「オリエンタリス・ハイブリッド」各色のみだった。苗はアシタバに似ていた。みのもんた氏の一言がきっかけで健康野菜として大流行していた、明日葉である。間違えて食べたら毒性があるので大変だ。

花は一重で下向き、茶色または緑色がかった白、あるいはくすんだ桃。多くは茶色系のスポットが入る。正直、なんとも名前負けした地味な花だなあ、と思った。とてもじゃないけど、ローズじゃない。バラに失礼だ。その花が今日あるような形へ大発展を遂げることを、当時予見できていたとしたら凄い隻眼といえよう。

とはいえ当時すでに、イギリスを中心にヨーロッパで改良が進んでいたようだ。多彩な品種が導入され始めたのは、90年代後半である。日本最初のヘレボルス本(書中ではヘレボラス※と記載!)が出版されたのは1998年。神代植物公園の第1回クリスマスローズ展が1998年、池袋サンシャインシティの第1回クリスマスローズの世界展開催が2002年。

※ヘレボルスとヘレボラスは同じもの。本来のクリスマスローズ、ニゲルと、ニガーは同じもの。英語やラテン語を日本語のカタカナ読みにした際の揺れである。

海外品種導入と並行し国内での改良が急速に進んだ。21世紀に入るころ、先人たちの努力が文字通り、開花し結実する。一般に広く知られるようになり、愛好家が激増。たちどころに爆発的なブームとなった。やがてバラに次ぐほどの人気を誇るガーデニングプランツの座を得るに至る。

かつては原種オリエンタリスが主な交配親であることから「オリエンタリス・ハイブリッド」だった。最近は他の原種が幅をきかせてきて「ガーデンハイブリッド」に変わったらしい。2015年頃のクリスマスローズ展で気が付いた。と思ったら「ガーデンハイブリッド」は止めにして「クリスマスローズ・ハイブリッド」に統一しようということらしい。
もう、なんだかなあ。

一昔前のクリスマスローズ オリエンタリス系

そして、今。

ブームは若干、下火になったり、また盛り返したり、いくつかの波を経て、令和の時代となった。ガーデニングの主役級プランツとして、クリスマスローズは健在だ。もう下向きで地味な花ではない。花の向きこそ、下向き~横向きが多く、完全な上向きは少ないものの、まず花の色が大幅に増えてかつ、鮮やかになった。

大まかに分けると白、緑、黄、橙、桃、赤、紫、黒。それぞれ色の幅があり、濃い色のブロッチ(目)やスポット(斑点)が入るものと、それらが入らないものがある。またピコティー(覆輪)やいくつかのパターンがあるバイカラー(複色)も多い。

花の形と大きさがまた、さまざまだ。花弁(※)数から一重、八重、半八重。それぞれのバラエティとして丸弁、剣弁、平咲、カップ咲、アネモネ咲。花径は5㎝前後が標準的で、6㎝以上の大輪、4㎝未満の小輪も増えている。八重で特に花弁数が多いものを多花弁咲あるいは万重と呼ぶ。

ボール状で横向きの多花弁咲、かつ鮮やかな花色、となるともう、見事にローズそのものだ。

※クリスマスの花弁に見える部分はがくで、花弁は退化している。八重咲ではしべが花弁化する。

種まきから開花まで数年を要する多年草であるため、交配種が固定された実生系は今のところ存在しない。株分けによる増殖は効率が悪い。メリクロン(組織培養)を用いれば大量生産が可能となるが、コストがかかるため、現状では一部の品種に限られる。従って、流通している多くの鉢植えや苗は、雑種の実生によって殖やされていて、すべて個体差がある。

同じ品種名をつけて販売されていても、1株ずつ微妙に花の色、形など、表情が異なる。品種名なしの販売も多い。クリスマスローズの魅力を表すために、自分だけの花、世界に1つだけの花という言葉がよく出てくる。短期間に爆発的人気を得た一因であろう。

八重咲のハイブリッド。かなりローズに似てきた

栽培はコツをつかめば難しくない、はずだった

クリスマスローズの原種は約20種とされ、アジア産1種を除いてヨーロッパに自生している。乾燥地帯で雨季乾季がはっきりしている。湿潤な日本とは気候が異なる。だから日本では栽培がとても難しい、となりそうだ。しかし、なぜか、ならない。難しくないのだ。

まず害虫がつかない。栽培本ではアブラムシ、ヨトウムシ、ナメクジ、バッタ等々、防除が必要なことになっていて、たくさん栽培すればそうなのかもしれないが、我が家ではほとんど発生しなかった。葉は硬く、毒を含んでいて不味いのだろう。病気も少ない。少ない、はずだった・・。油断して病気が発生すると大変なことになる。我が家がそれだ。

夏のクリスマスローズは半休眠状態で暑さをしのぐ。日向でもよいが、葉が枯れやすいので木陰くらいの半日陰がベスト。秋に涼しくなると元気を取り戻す。そのころに枯れてしまった葉は取り除く。調子がよければ葉が枯れないで緑色をしている。夏を越した葉は、葉柄ごと地面にくっつくような姿になったら、役目を終えているので切ってもかまわない。

植え替えは10月が最適、春3月にも可能。鉢植えだと年に1回は植え替えないと、根詰まりを起こす。地植えなら数年は据え置ける。5年くらい経つと混み合うので秋に株分けするとよい。秋、冬、春は生育期間なので、適宜肥料を与える。置き場所も日向がよい。だから地植えするなら落葉樹の下が適している。

鉢植えなら植え替えを怠らない。地植えなら植える場所を間違えない。生育サイクルと年間管理のポイントを押さえれば、クリスマスローズの栽培は比較的容易で、よく育ち、よく咲く。そう認識していた。していた。2016年の「あの日」、までは。

私がクリスマスローズの栽培を始めたのは1990年代半ばである。交配種が色別で販売され始めた頃だった。一重の黒色系を購入して栽培を始めた。その株は鉢植えで10年以上も維持した。最盛期には6品種ほどを鉢植えにしていた。年に1回の植え替えと、生育期の施肥、半休眠期は日陰に置く。どの株も毎年、とてもよく咲いてくれた。あの日、までは。

家で長く栽培していた小輪八重咲品種。失われた

「黒い死」の襲来

2016年に初めて、購入したての株に灰色かび病が発生した。他の株にも伝染し、とても困った。生産されていた場所と家の環境ギャップによるものだろう。適しているはずの殺菌剤を散布してもなかなか、おさまらない。悪いことは重なるもので自分が体調不良時になった。2シーズン、植え替えを怠ったら、見事に弱ってしまった。

2017年の春に比較的元気な3鉢を残して処分。残した3鉢は根を切らずに植え替えて、夏を過ごした。そして秋の植え替え適期を逃さず、根土を落としての本格的な植え替えを施した。あとは開花を待つばかりだ。ところが。

異変に気が付いたのは、開花する季節の少し前だった。新しく展開する葉の一部が、最初から黒く変色している。正常と思われた葉も、やがて黒変してくる。取り除くと、葉がなくなってしまう。結果、満足な開花は得られず、葉が黒くなる現象は夏になっても続いた。

そしてあろうことか、翌年も続いた。3鉢のうち、一番、状態がよい1鉢を庭に植え、残り2鉢は処分した。残したのはニゲルの交配品種だった。さらに1年。2019年の早春、芽吹いた新芽が黒く枯れていくことを確認、その1株を抜いて捨てた。我が家のクリスマスローズは全滅した。何が起きたのか。

「ブラックデス」の異名で恐れられている、黒死病。ウイルス性の病気である。薬が効かない、黒死病に罹患したと思われる。灰色かび病が蔓延した際、同時にウイルスも紛れ込んでいた可能性が高い。それと気が付いた時には手遅れだった。

以来、しばらくクリスマスローズ栽培はお休みすることにした。クリスマスローズ展からも足が遠のいた。コロナ禍から平常に戻りつつある2022、3年のシーズンにも行かなかった。

「あの日」から8年が過ぎる。宿主がいなくなったウイルスは死滅しているだろう。もう、そろそろ、自分の中のクリスマスローズ・ブームを復活させても、よい、のかも、しれない。

比較的最近、購入した株。良い花だが失われた

植物名一覧

(主役)

  • キンポウゲ科ヘレボルス属

    • クリスマスローズ ニゲル Helleborus niger(ヘレボルス ニゲル)

    • クリスマスローズ オリエンタリス Helleborus orientalis(ヘレボルス オリエンタリス)

    • クリスマスローズ ハイブリッド Helleborus x hybridus(ヘレボルス ヒブリダス)

(そのモデル)

  • バラ科バラ属

    • バラ Rosa x hybridus(ロサ ヒブリダス)

(食える端役あるいは葉役)

  • セリ科 シシウド属

    • アシタバ Angelica keiskei(アンジェリカ ケイスケイ)

参考サイト

(全般)

(専門ナーセリー)

(名称問題)

参考文献

(全般)

(もっと詳しく)

(日本で最初と、最新のヘレボルス本)

最終修正 2024年2月4日


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