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人間讃歌

6時30分、目が覚めた、
早起きが何よりも嫌いな僕が、どうしたことだろう?

旅に出てみたらいいんじゃない?

あいにく財布は寂しい。まあ近場でいいのなら…

いいところないの?

伊豆とか少し気になっていたかな?
熱海より少し遠くの観光地

いいじゃん、行ってみたい。

洗濯や皿洗い、トイレ掃除を終えて
ルンバのスイッチを押す、床掃除は任せた。

8時30分家を出た、

すごい道混んでるね、

エンジン音がなんか変だマフラーかな?

雨が降ってきた、随分厚い雲だね、

前途多難。まるで世界に
「今日はやめとけ」と諭されている気分。

でも行くよ、今日は旅するって決めたんだから、

同じこと考えていた、今日は旅に出るって決めたんだ、諦めることを諦めよう。


9時30分、大磯まできた。
ベーカリークレメンス
店頭に並ぶパンはとても美味しそうだ、
今度行ってみてみよう、

ロジャー?

いや、レッドソックスのピッチャーロジャークレメンスじゃないから、
誰がわかるんだよ、そういうところだよ?

何が?

なんでもない。

2時間経過してもまだ到着の気配がない。
僕たちは暇を持て余し、音楽をかける。
最近お気に入りの曲。
くるりが誇る名曲「ばらの花」。サビに差し掛かる、
「安心な僕らは旅に出ようぜ、思いっきり泣いたり笑ったりしようぜ」

今の俺らにぴったりだね、

降り頻る雨は気にも留めない。
僕たちは歌いながら
小田原を超えて熱海へ着いた。
山地と温暖な気候を生かし、多くの観光客が宿泊施設に、温泉にひっきりなしだ。
何を隠そう海が綺麗だ。

俺の地元の海の方が綺麗だよ、

ああ、すごく綺麗だったね…
1時間、車を走らせ1番目の目的地に着いた。
紅茶が美味しいお店との噂。
店員さんも気前がいい、

「お仕事終わりました?」

「ええ、まあ」

お仕事なんかしてたの?

うるさいな、そう言うことにしておけばいいんだよ、
「前に鎌倉の設計事務所に勤めてまして、宜しかったらリフォームとか是非。」

「あら、嬉しい、覚えておきます。」

ちゃっかり営業してる!

いちいち言葉にするなよクソガキ
素敵な喫茶店を、後にして僕たちは迂曲した道を進む。

僕らの地元には、このような道が山ほどある。
だから山道。

バッティングセンター行く途中みたい

1時間もかけてよく行っていたものだ
2つ目の目的地についたところで僕らは愕然とする。
『本日終了』

まだ13時30分だよ?

終日お休みなのだろう、
調べてみたら、火曜日に休業している飲食店が伊豆には多い。
仕方ない、3つ目の目的地に向かおう、
ごめんね、コンビニ飯で、

食えればなんでもいいよ

今も昔も変わらないな、そこは
3つ目の目的地は美術館。
特に目当てがあったわけじゃないが、
芸術に造詣が深いとかっこいいから勉強する。

うわ、短絡的

下車するか?クソガキ

できないよ。

この美術館目玉の1つに「洋人奏楽図屏風」と言うものがある、
16世紀当時、日本でのキリスト教の布教を任された宣教師たちが、
その一環として行った絵画教育で、
ヨーロッパ絵画の技術が、主に聖画や銅版画を中心に教授された。
この作品はその時代背景の中で、
洋画教育を施された日本人によって屏風に西洋風の絵を描いたものだそうだ。

西洋風の絵が日本の屏風に描かれている違和感、興味深い。

よくわかんない

そのうちわかるよ。まあ、俺もよくわかんねえけど

16時30分帰路に着く。
来た道戻るのは少し嫌気が指す。
僕たちは音楽もかけず黙って外の景色と睨めっこ。

俺ね、不安なんだ、

知ってるよ。だってお前、俺じゃん

あ、気づいていたんだ?

うん

友達、できるかな?





2011年3月11日2時46分
僕が通う気仙沼市のある中学校の卒業式は明日、
僕たちは体育館で行われる先輩のための式典に向けた準備を終え、
いつもより早めに下校していた。その時だ、

ゴゴゴ

耳をつんざくような地響き。
次の瞬間、地面が、建物が、電信柱が揺れた。
生まれて初めての体験したことない揺れにみんな驚愕していた。
一緒に下校していた友達には大声で泣く子もいる。

「大津波警報が発令したぞ」

見ず知らずのオンチャンが軽バンの窓を開け僕らに叫ぶと、
どこかへ行ってしまった。

一旦中学へ戻る。しばらくすると親父が迎えに来た、妹も乗車している。

この天災の恐ろしさは後に知ることになる。

最大震度7、マグニチュード9.0。
最大20mに及ぶ大きな津波は2万2000人余の人の命を奪った。
12もの都道県で甚大は被害が出たことから
後に東日本大震災と名づけられる。

後に母と下の妹と合流し、家に戻ると両親が唖然とした表情で車内へ戻ってきた、

父が神妙に言葉を発する、
「家には帰れない、中学校の体育館へ行こう。」

僕たちは1週間、中学の体育館の生活を余儀なくされた。

日本中が混乱している。救援物資が来るのはもう少し先のことだ、
1日おにぎり一つ、食べ盛りの中学生にはとてもじゃないが耐えられない。

一人の友達が体育館へ押しかけた。

「けんたろう!面貸せ」

自転車の後ろに乗り友達の住む団地へ向かう。
友達の家についた、
友達は同じ団地に住むおばちゃんに僕を紹介する。
といっても、僕の名前を叫ぶだけだ。

「おばちゃん!けんたろう!」

おばちゃんも僕の名前を叫ぶ。

『けんたろう!座りな!塩ラーメンでいい?』

空腹は最高のスパイスだと聞いたことがあるが、
あの時の調味料を買えると言うのなら1億はくだらないだろう。



気仙沼の人は外部から来たものには厳しい。

しかし一度仲良くなると、
その関係は簡単に崩れない。

僕は何度も老若男女問わず気仙沼のみんなに助けられてきた。
本当にこの街が大好きだ。

この街のためになることがしたい。

一生この街で、この街のために、この街のみんなと働こう。




父親が言う、
「ガソリンが手に入った、気仙沼を出よう」


今考えれば、一家の大黒柱として、父の判断は賢明だった。
神奈川に実家のある僕らは、
いつまでも救援物資に頼った生活をしてはいけない。

このご飯は、衣服は、災害住宅は、
他に身寄りがない人のためのものだ。

そのまま仙台の中学校に転校することになった。





友達、できるかな?

いいかい、よく聞いてくれ、
君はこれから仙台で沢山の友達に出会う。
好きなもの、好きなことが余りに類似しているため驚くだろう。
そいつらはそのままお前にとって一生ものの財産となる、
問題は全くない。

君は震災の後、気仙沼で出会った数々の仲間にさようならは言えなかった。

悲しいだろう、不安だろう、裏切った気持ちになるだろう。

高校三年生になり、久しぶりに再開する。
当たり前のように、と言うより、そんな意識もなく
僕がいるとか関係なく会話が進む
当たり前のように僕がそのコミュニティーに存在していることに気が付くだろう。


大丈夫、君は誰一人として失っていない、失えない。


理不尽なことで大人に怒られることもあるだろう、
恋人に裏切られることもある。
とても悲しく、耐えがたいほど気持ちが落ち込む、

でもその時、出会って、喧嘩して、その度に仲直りしてきた数々の仲間が
僕を助けてくれる。

誰も失っていない。失うことなんてできない。

友達はできないかもね、
その程度じゃ済まされない仲間がこれから君を待っているよ、だから…

Z Z Z Z



なんだよ、人が熱くなってる時に、


僕も聞きたいことがあったのに


まあいいや、


僕は一人、地元によく似た、山と海が綺麗な街を後にする。


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