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小説『FLY ME TO THE MOON』第12話 家族

それは、車庫が痺れるほどの振動だった。

空気が揺れているかのような感覚で、車庫の小窓はビリビリと音をたて、屋根から細かい埃がバラバラと舞い散る。

床の小石も踊っているかのように細かく何度も跳ね上がった。

『チャーハンみたい・・・』

ボソッとつぶやいた如月の素直な表現に緊迫した場の空気が和んだ。小さな小窓をそっと覗くと、ゆっくりとゾンキーの群れが車へと向かって移動している。

『作戦通りだね、やるねパイロン!』

『パイロンさん流石っす!』

ガチャ!

『わっぷっ!』

突然人がドアを開けて入ってきた、声を上げそうになって口を塞ぐ3人。

『す、すまない、少しだけここに居てもアイウォンチュー?』と男が言うと『許してソーリーアイニードュー!』と女性が続いた。

『ちょ・・・あの・・・・・』

戸惑っている2人とは別に前に踏み出す1人が居た。

羽鐘だ。

2、3歩出て男性と女性の前に立つと、差し込む光で2人の顔が見えた。

『パピー!マーム!』

如月とパイロンは驚いた、飛び込んできた2人は羽鐘の両親だったのだ。

『無事だったかハガネガール!パピーは嬉しいファッキューメーン』

『マームも嬉しいラヴアンドピース』

父親はレザーのつなぎで鋲付き、拳にも鋲がついた手袋が装着されており、テッカテカのリーゼントは金髪だった。

母親もレザーのつなぎだが、前のジップをへそまで下ろし、胸元をあらわすぎる程にあらわにした金髪のツインテール、その両手にはメリケンサックが装備されていた。

メタルって言うより…マッドマックス・・・そう如月は呟こうとした時、いきなり羽鐘パピーに抱きしめられ、『娘を助けてくれてありがとう!心からステンバイミー!』と言っている。如月は『この場合のスタンド・バイ・ミー』は、「そばにいて」だろうか「自分を支えていて」だろうかと考えた。『そばにいて』はまぁわかるが『支えていて』だったら迷惑だ。大人の2人を支えるなんてそりゃ無理だ。ぐるんぐるん振り回され、白髪ポニーテールを左右になびかせながら、結局如月は『どっちでもいっか』と言う答えを出した。羽鐘マームはパイロンに握手を求め、真顔で『センキューセックスピストルズ』と言った。

セックスピストルズに礼を言うなら相手が違うのだが、恐らくこの両親は意味を知らずに英語を交えるクセがあるのだろう。そう悟ったパイロンは『シド・イズ・マイ・ゴッド』と言ってみた。すると羽鐘とパピーとマームは『ワオ!シドヴィシャス!!!!』と飛び上がってハイタッチして喜んだ。いあ、あなたたちメタル好きなんでしょ?シドはパンクだけど・・・

そう思ったパイロンは悪戯心で『イエス・ジョン・サイモン・リッチー』と言ってみると場はしらけたように静かになった。

ちょ!!!!!シドの本名なんですけど!!!と心で叫ぶパイロンだった。

手短に素早く両親に羽鐘はこれまでの経緯を両親に話すと、両親は『俺たちはロックでパンクな我が家に居て羽鐘ガールを待ってた、だがガラスを破ってファックメンがインザハウス、バトルしたけどデンジャラスと判断してランナウェイさ・・・・サンキューだったね如月さん、パイさん、最高にロックだぜ』そう羽鐘の父親が2人に伝えたが、この家族はメタル好きではないのか。そんなことを思いながら如月は話し始めた。

『あ・・・・いつか・・・また会う場所だけど・・・』

『ゴーゴンスタジアムなんかどうかと思ってしまい、申し訳ございません・・・・』

『あー!!!!広くていいかもね』

『そうっすね!』

『何かあったら・・・スタジアムで・・・申し訳ございません。』

『では、お父様、お母様、私とパイロンはこれで失礼します、どうかご無事で。スティール・・・いあ、羽鐘、また会う時までしっかりね!』

『如月さん、パイロンさんもどうかご無事で・・・』

その声を背中に聞き、2人は羽鐘の家族と別れた。

小走りでミスドの横を抜け、パイロンの家を目指す。車の爆発音で全然ゾンキーがおらず、パイロンの作戦は思わぬ効果を発揮していた。

少し安心した2人は歩きながら話をした。

『スティール、よかったね、両親が無事で』

『おかしなご両親だったけど、私まで嬉しくなってしまい、申し訳ございません。』

『パイロンの家族も大丈夫さ、きっと』

『そうね、あなたのもね、睦月』

2人は互いが微笑む顔を確認してから、武器を握りなおし、警戒しながら歩を進めた。

『静かね・・・・』

『静か過ぎて申し訳・・・ねぇ・・・人じゃない?・・・・』

5mほど先のゴミ箱の影に人影が見えた。いあ、こちらから頭が丸見えだと言っていい。

ドォオオオオン・・・・

先ほどの車の炎が引火したらしく、再度爆発が起きた。その音に驚き、見えているゴミ箱の影の頭がこちらを向いた。そして、2人に気が付くと『人なのか?』と静かに聞いてきた。モジャモジャ頭に小太りの眼鏡のその男に如月は『人です』とぶっきらぼうに答えた。

礼儀に煩い如月は初対面での【タメぐち】が気にくわなかった。

『助かったよ、そこら中狂犬病みたいのばっかりでさ、人喰ってるんだよ、ヤバいよね。』と馴れ馴れしさを増しながら2人に近づいてきた。

『あなた手ぶらなの?』と聞く如月に対し『突然だったからね』と言いながら、何もしていないのに汗だくで頭をボリボリかいた。

『一つ武器をあげるわ、そんなんじゃ死んじゃうから・・・』

そう言うと襷掛けしていた鞄から腕を抜いて手に持った。その瞬間男は鞄に手をかけ、如月を突き飛ばした。パイロンが掴みかかろうとするも、手に砂を握っていたらしく、顔に浴びせられ視界を奪われた。

『待たんかい小太りメガネ!』

そう叫ぶも、男は家の隙間に入り込み逃走・・・見失った。

『くっそ・・・あの野郎・・・全部持っていくとか、ありえへんでホンマ!パイロン、怪我はないか?』

『うん、目に砂が入っただけ、それより睦月は怪我しなかった?』

『尻もちついただけや』

如月は座り込んでいたパイロンの手を握り、引っ張り上げた。スカートをパンパンとほろってあげると、パイロンも視界が戻り、如月を全体的にパンパンした。

『ピンチの時こそ人間性が出るってのはホンマやな』

『そうだね、ちょっと・・・嫌ですね。』

鉄の棒を握りしめ、パイロンの肩に手を置き、『私はこのままよ、信じてくれていい』と言った。

『知ってる、幼馴染歴長くて・・・』とパイロンが言うと、『申し訳ございません!』と如月が割り込んだ。

嫌な思いもしたが、2人で気持ちを切り替えて笑顔を取り戻し、前へ進んだ。住宅街を抜けると、急に家が少なくなり、自然が目立つようになった。

『5月ってこんなに緑が綺麗に見えたっけ・・・そう言えば幼稚園の遠足でこの先の公園に来たよねパイロン』

『あぁ~!うんうん、睦月転んだよねー、おにぎり転がして追いかけてさ。』

『ちょっと!そんなことないよ、大体おにぎりが追いかけるほど転がるわけないし!それ童話かなにかじゃない?』

『違うよ、円形のUFOみたいな滑り台の上で一緒に食べてさ、そこをおにぎりが転がって、睦月も走ってぶっ飛んでったんだよ、間違いなくて申し訳ございません』

『よっし!通り道だし確認しにいこ!』

『はい!望むところよ!』

幼いころの思い出に、少し楽しくなり駆け足で公園に向かう2人。でも今はパニック状態、ゾンキーには気を付けなくてはならないわけで、お互い周囲を警戒しながら移動する。

幸いなことに住宅街を抜けたので、見通しが良く、太く大きく葉が生い茂った木が点々と生息しているので、隠れられるし逃げやすいので危険度は下がっていた。

なかなかの暑さも手伝って喉が渇き、お腹も空いてきた2人は、公園に寄って水分補給をし、パイロンが『途中にある』と言うコンビニで食料を手に入れつつパイロンの家を目指すことにした。

もちろん公園に寄るのは、パイロンの記憶が正しいか否かのジャッジをするためでもある。


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