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お地蔵様の小旅行


 ガタン、ゴトン。
動く風景を眺めながら、お地蔵様はこれから行くところのことを考えています。
いつも決まった場所に佇むのがお仕事のお地蔵様。こんなふうにいろんな場所に行くのは初めてです。
さて、どんな旅が待っているのでしょうか。
落ち着いた表情の内側ではワクワクが止まらないお地蔵様。
何と出会えるのか、誰と出会えるのか、今から楽しみで心をいっぱいにしています。


 さて、駅に着いたようです。
見慣れない風景に、期待が止まりません。
お地蔵様、お地蔵様、急がないと電車が出ちゃいますよ。

「危ない危ない、急がなければ」

降りたところで発射音が鳴り響きます。

「危うく降り損ねるところでしたね」

 駅を出て、しばらく歩くと見えたのは桜並木でした。
沢山の桜が美しく並び、風が吹くと沢山の花びらを絨毯のように敷いてくれました。

「桜とはこんなにも美しいものなのですね」


 柔らかいピンク色の絨毯をゆっくり歩くお地蔵様。
見上げれば青空と花びらの2色だけが目に飛び込んできます。
話で聞いたことがあった桜は思っていたよりも大きく、そして優しい色をした美しい花でした。
ふと、前にお供えされた桜餅を思い出しました。
空に浮かぶ花はあの時のピンク色よりも淡く、あの時の甘さよりも控えめな気がしました。

 お地蔵様はまた歩き始めます。
生まれた時からお地蔵様。まだまだ世界を知りません。
今度はどんなものに出会えるのでしょうか。

 しばらく歩き続けると、また知らない花を見つけました。
今度は桜よりももっと濃い色の、名前も知らない花でした。


「これはまた綺麗な紫色のお花ですね」

桜よりかは遥かに小さく、お地蔵様よりも大きい紫の花は優しい香りをお地蔵様にくれました。

「とても華やかな香りです。ありがとう」

花はお地蔵様のお礼に喜んだようにその花を揺らします。
そしてその葉でお地蔵様の頭を撫でてくれました。

「おやおや、これはこれは」

少し照れくさくなったお地蔵様。
それでは、また。と、声をかけ花に別れを告げます。

 気づけばもう夕方。そろそろ帰りの電車の時間です。
あっという間の時間に少し物足りないお地蔵様。

「次はどこに行きましょうか」

行きとは少し眺めの違う電車からの風景を見ながら、次の旅を妄想します。

「今度は『海』とやらを見てみたいものです」

 まだみた事のない世界を知りたいお地蔵様。
次の休日までに、お参りしてくれた人の話をもっと沢山聞いておこうとこっそり思うのでした。

次にどこに行くのかはまた別のお話。


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