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人生で初めて吃音の状態になった瞬間は…?

今でもはっきり覚えています。

小学生時代、「日直」というのがありましたよね?今もあるのかな?

毎日、2名、選出され、黒板のチョークを消したり、授業前の号令をしたりです。

私がいた小学校では、朝に前に2人で出て、「おはようございます」と言って、始まるんですが、いつも出来ていたのに、ある時突然

「…。……。」

(ど どうしよう。 最初の「お」が言えない…。。。。。!!)

ってなりました。

確か、小学4~6年のどこかでした。どこだっけな…。

その時の教師は

「あ 言ってなかったね?言わないとダメですよ」

ってことで、再度やらせたが、やはり言えない。

「なんでこんなことも出来ないのか!」

と、言われました。

そのままその場はクラス中微妙な空気になってしまうという。

その時は、自分がおかしいのかなとは自覚はありましたが、そこまで言う教師にも、ちょっと理解が出来ませんでした。

この時からでしょうか、学校の教師というものを信頼出来なくなって行ったのは。今私は、学校の教師に対して、「先生」という言葉を使うのが嫌で使いませんが、この時の経験が大きいです。「教師」という言い方をするようにしてます。

ちなみにこの時の教師は、女子生徒がおじいちゃんを最近亡くして悲しんでいるのに、何故か話の例でその女子のおじいちゃんの話題を出して、号泣させたり。
また、私の家の、言ってはいけないと口止めされていた内容を、授業中に例として出したり。
「なんであの時お前の家の話したんだ?」と、事情を知らないクラスメイトから聞かれたな。嫌な教師でした。

もちろん良い教師もいましたが、未だに覚えてるこの教師。

この教師が初めて吃音になった時に、上記のような対応をしなければ、もっと軽減していたのかなあと。

実は人生で唯一、学校をズル休みしたことがありました。

それが、吃音が初めて出た後に、再度日直のタイミングになった時ですね。

(絶対また言えないんだろうな…)

そう思い、家から出ようかなって思ったけど、出る勇気がなく。

そのまま時間を過ごして、結局登校時間を過ぎてしまった。

人生で唯一、学校をズル?休みした日です。

いえ、ズル休み、というか、不登校になる可能性があった日、という感じでしょうかね。

小学生4~6年の時になった、と上記に書きましたが、実は、ストレスを凄い受ける出来事が小学3年生の時にありまして。

その時のがきっかけで、吃音への道を徐々に歩んでいたのかな、と。

HSPってのもあり、小学校の生活自体、凄い苦手だったのもあるんですよね。友達はいましたけど、やっぱり友達付き合い苦手、みたいな。

読んで頂きありがとうございました。

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