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「意識マトリクス理論」の徹底解説~「再現性をもって成功するイノベーション」の基礎理論でもある

はじめに

予告通り、今回より「イノベーション編」に入っていきます。その目的は「再現性をもって成功するイノベーション」に関する理論と手法をそして事例を紹介していくことにあります。その理論、手法は世に知られているもの、例えばクリステンセンらの「ジョブ理論」やキムらの「ブルーオーシャン理論」などをすべて統合、包含するものになることを宣言しておきたいと思います。狂人の戯言ととられかねない壮大な目標ですが、それが可能な確信を持ってこの連載に臨んでおります。それは、すでにこの理論、手法は実践段階にあり成果事例を生み出しているからです。

「インタビュー編」の連載はその都度思い付きで書いてきたのですが、目下の見通しとしてこの「イノベーション編」はしばらく理論的なことが続くと思われます。現場の職人としては極力理論だけの話にはしたくないのですが、なんせ「再現性をもって成功するイノベーション」という壮大なテーマを語ろうとしておりますので何卒ご容赦いただきたいと思います。

そもそも、元々メーカーで商品企画をしていた私がマーケティングリサーチやインタビュー調査の領域に踏み込むことになったのは「新市場創造型商品」MIPMarket Initiating Product)開発のための情報を得るためです。そしてそのためには一般の調査会社が行っている調査では不十分であり、自分がそれに習熟するしか無かったからです。それは正に本田宗一郎氏や盛田昭夫氏、スティーブ・ジョブス氏などが否定した「役に立たない市場調査」とそのアンチテーゼという位置づけになります。しかし私は良い師匠たちに恵まれました。そして師匠らの教えを引き継ぎつつそれに積み重ねる試行錯誤の中でインタビュー編で論じてきたような独自のインタビュー手法・理論を生み出してきたわけです。その基本が独自の「意識マトリクス理論」です。

つまりは意識マトリクス理論は当初はインタビュー調査のための理論であったわけです。しかしその調査が「新市場創造型商品の開発」すなわち「イノベーション」を目的としたものであるということは、この理論自体がイノベーションを生み出すポテンシャルを持っているということになります。この理論を論文によって公開した時点でそのことには気づいており「重要な理論であると考えられる」と明記したものですが、その後の実践によってそれが証明されることになりました。例えばイノベーションに不可欠なアイデア発想のプロセスについてこの理論が応用できます。また広い意味でのイノベーションに該当すると考えられる「組織開発」においてもこの理論が有効であることがわかってきています。そしてそもそも論として「イノベーションとは何か?」ということもこの理論で簡潔明瞭、単純明快に説明することができるようになりました。

というわけで、イノベーションについて論じていくのは長い道のりになるかとは思いますが、まずはこの理論とその成立過程について改めて詳しく説明するところからスタートしたいと思います。

「意識マトリクス理論」とは1~「氷山モデル」の限界

正しくは「コミュニケーション領域における意識マトリクス理論」(2019,井上)と呼びます。狭義には今までにも説明してきた通りインタビュー調査に関する理論なのですが、一般化すると社会や組織などの集団の中で個と個、あるいはあるグループと他のグループが行うコミュニケーションの場とその内容に関する理論としても用いることができます。

従来、消費者心理はいわゆる「氷山モデル」を使って説明されてきました。このモデルでは消費者の心理を氷山に例えています。そして表層に顕れる顕在心理は正に氷山の一角であり、その陰にはるかに大きな潜在心理が隠されていると説きます。その潜在心理の中には潜在ニーズがあり、それが表層の消費者の意識や行動を支配しているとされています。故に、潜在ニーズを知るためにはいわゆる「深掘り」をする必要があると考えられているわけです。

このモデルと潜在意識の存在自体は確立されてきた理論であり様々な論証、検証から間違いのないことだと考えられます。

しかし、そもそも「潜在意識」とは潜在していて本人も意識しておらず、故に、言葉にもならないものです。すなわち直接「言葉」で潜在意識に至る「深掘り」をすることは原理的に不可能であるわけです。これが可能であると考えていることが間違いなのです。

こういうと「でもインタビュー調査の質問の仕方で深い部分が明らかになった経験がある」という反論を頂きそうです。しかしそれは本当に「深い部分」なのでしょうか?あるいは、言葉として直接対象者から表明されたものだったのでしょうか?またそれは再現性があるものなのでしょうか?

確かに普段は忘れたり、表現しづらく顕在化していないことが何かのキッカケで思い出されたり、表現と結びついて表明されることがあります。その領域の意識を「前意識」と呼ぶそうですが、しかし、それは結局「思い出せて話せること」なので顕在意識の一部でしかないと私は考えます。それが「訊き出し方」という手練手管で時々、たまたま、把握できるものでしょう。時にこのようなことが起きるために私がさんざんに批判したインタビュー調査におけるアスキングというものが生き残るのでしょうが、しかしもっと奥底にある潜在意識は結局のところ質問しても本当のところは答えられないので「推測」するしかないものです。それこそが「インサイト」と呼ばれる作業でしょう。ここで訊問によって無理に得た回答は所詮はタテマエかウソです。本来答えられないことを無理に訊き出されるわけですから、通念や常識で答えるか、事実ではないことを口にするしかないからです。

単純ですが、この氷山モデルをインタビュー調査の観点で図式化すると以下のようになります。

第2図


「意識マトリクス理論」とは2~「南極大陸モデル」への進化

さて「潜在ニーズ」という言葉は一般化しておりその定義を考えることもなく使われているのですがそれには実は2つの観点があります。1つは「消費者が無意識で表明できないニーズであって商品化されていないもの」、もう1つは「企業から見えていないニーズであって商品化されていないもの」です。前者の観点に立つと上記の氷山モデルで「深掘り」をするしかなくなるわけです。ところがそれは原理的に不可能なことですから、多くの皆さんは偶然以外にはそれが上手くいった経験が無いでしょう。また、その「深掘り」できる領域というのは企業が経験や知識を積み重ねている「専門領域」に限られるわけですから生活の中ではごく一部分の狭い範囲ということにもなり、これもその企業やカテゴリーの歴史とともにその深掘りは困難さを増幅します。煮詰まり、行き詰るのです。一方後者の観点では1つの企業が把握できていない生活領域は把握している領域よりも遥かに大きい上に、そもそもその「専門外」の領域については知識も経験もないわけですから企業側から見えていない「潜在ニーズ発見」の可能性が大きくなるわけです。それをモデル化すると下図のようになります。

第3図

氷山モデルが小さな氷山のような企業側の「専門領域」だけのことを示しているのだとすると、こちらは探検時代の南極大陸のようにまだ踏み込んだ経験のない広大な暗黒領域=フロンティアが存在するというモデルです。そこを探索すれば「深掘り」などしなくてもかつて見たことのない光景や生物、資源が広がっています。正に「宝の山」が広がっているわけです。しかし、地図はおろかそれを一体何と呼ぶのかという知識すらない未開の荒野であるわけです。いや、むしろ、その存在すらよく知られていない領域です。

つまり、そのフロンティアは消費者の無意識にあるのではなく、企業人の無意識にあるということになります。

南極大陸モデルでは、氷山モデルで「消費者の心理」となっていた部分が「生活者の心理」になっている点にご注意いただきたいのですが、自社の専門領域における消費よりも生活全般というのははるかに広大な領域であるが故に、その観点で人とその行動や意識を捉えようとしたときには「消費者」から「生活者」という概念拡張が起きるわけです。

それは、企業人からはその存在すら認識されていない領域=生活シーンでもその人たちは生きているということに他なりません。例えば企業人は自社の商品とその買われ方や使われ方については比較的よく知っていて意識化していますが、自社の商品が使われていないシーンで生活者が何をしているのかについては無頓着です。しかしそこにも生活の営みがあるわけです。

この南極大陸モデルをインタビュー調査の観点で図式化すると以下のようになります。

第4図

この図が意識マトリクスの原型です。右側の領域は企業側からはその存在すら認識されていない領域ですからインタビュー調査の観点では「質問ができない」領域だということになります。つまり、そこに侵入することが難しい領域です。しかし、上記したようにそこは「宝の山」でもあります。それではその領域をどう攻略すればよいのかということを論じてきたのがインタビュー編でありその答えがアクティブリスニングであったわけです。

この「宝の山」ですが、そこには今まで商品やサービスで満たされてこなかった潜在ニーズがゴロゴロしているということになります。つまり、それこそが「イノベーション」のタネが転がっているということに他なりません。

この右側の領域の存在に最初に気づいたのは、グループインタビュー調査(特に一般的なFGI)において、それまで低調であったものが司会者が席を外した間に話し合いが盛り上がるという現象がしばしばあることからです。そして、そのような時の話こそが実はインタビュー調査において最重要な情報であることが往々にしてある、ということです。これは、本来してほしい話がインタビュアーの質問では引き出されず、むしろインタビュアーがいない自由な話し合いにおいて出てくるということなのですが、つまりはその領域については質問ができなかったということであり、つまりは調査する側には意識されていなかった領域であったから、ということになります。一方、放置されても自発的にその話がされるということは、対象者にとっては本当に話したい興味関心のある話題であり、いくらで話せることがあるのにそれがインタビュアーから質問されなかったということになります。そしてそのような話こそが実はイノベーションのタネになる宝の山だということです。このような「すれ違い」の現象がなぜ起きるかを考えると、このような意識マトリクスを仮定するとうまく説明ができるわけです。

第5図

一方低調なインタビューというのは、往々にして対象者の興味関心が低いこと、意識が薄いことばかりが質問されるので、対象者は話すことがなくタテマエやウソや沈黙に追い込まれるわけです。これは氷山モデルにおいて深掘りをしようとすることで発生するのだと意識マトリクスで説明することもできます。

つづく


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