思い出補正

わたしはずっと、昔の自分の方が今より優れてたと思っていた。今もちょっと。
でもそれって本当に無意味な考え方だって知ってるから、そこから抜け出そうともがいている。

高校の時、美大入試のために予備校に通っていた。
そこでわたしは憧れの人と出会った。
憧れの人というのは恋愛的な意味ではなくて、わたしもこんな風になりたい、と思える人のことだ。
彼女は絵が上手くて、美人で、自分の考えがあっていつもかっこよかった。精神病を患って本人は辛そうな時もあったけど、わたしにはそれすら羨ましく思えた。
わたしが無意識にでも意識的にでも自分に欠けてると思っているものほとんどすべてでできてるのが彼女だった。
わたしが着たくても、似合わないから着れない服。言えない言葉、思い、振る舞い。
憎らしいと思うほどに、わたしは彼女が羨ましかった。

でも、彼女は入試に落ちた。
現役で進学を決めたわたしは、初めて勝った、と思った。実際はそこには複雑な事情があって、厳密には勝ったとは言い難いんだけれど、あの頃わたしは初めて彼女に勝る何かを得られた気がしていた。

浪人中の彼女とも何回かあったけど、やがて連絡もなくなって、わたしは彼女のことをいつもどこかで考えながら、でも徐々に思い出す回数は減っていった。
そのうちに、わたしは最初に言った、昔の自分が優れていた、という思考にとらわれることになる。

わたしが一番優れていたと思う時期は高校三年生の受験期。志望校に入学できた、またはそれが叶うように努力した、という思いが強いからだ。それと、高校に通っていたから。
わたしは与えられたタスクをこなすことが好きだった。逆にいうと言われたことしかできない人間ということなんだけど。
とにかく高校は宿題があって、決められた授業があって、自分で考えなくてもそこにいるだけで誰かが勝手に価値をつけてくれた。
だからわたしは毎日ちゃんと朝起きて、学校へ行って、決められた時間に決められた量のものを食べて、決められた時間に家に帰って決められた課題をこなすことができていた。今はひとつもできてない。

そしてわたしはあの頃に戻ろうと、あの頃のいい子だったわたしに戻ろうとなんども思った。
でもさっき言った通り、わたしはいい子だったわけじゃなくて、環境によってそうなっていただけだった。戻るも何も、わたしの中身はあの頃も今も変わっていない。
だけど、今でもあの頃に戻れれば、と無意味と知っていても願ってしまう。

実は、憧れの彼女とは一年ほど前、彼女の2年目の浪人中に突然連絡が途絶えてしまっていた。わたしが大学のサークルのことを話したからか、他の理由があったかは知らないけれど、サークルの演劇公演に誘った時から急に返事が返ってこなくなってしまった。
嫌がるんじゃないかとは思っていた。でも、わたしはあの時、明らかに優越感に浸って、彼女のたくさんの油絵に囲まれた部屋で大学の話をした。境界性障害が良くなったと話す彼女の話を聞き流して、課題や、サークルの話をした。
連絡が取れなくなった時、わたしは彼女に対して可哀想、とまで思っていた。

つい先日、インスタグラムを始めた。K-POPの情報を追うために登録して、特に友達はフォローしなかったのに、二日後に誰かがわたしのアカウントをフォローしたと通知が来た。
美大予備校でわたしに絵を教えてくれた先生だった。
アカウントは連絡先と同期してないはずなのに、なぜかその先生一人だけがわたしをフォローしていた。
不思議だったけどSNSのことはそこまで詳しくないし、そういうものかと思ってフォローを返した後は特に何もしなかったんだけど、ふと思い立って先生のフォロー欄を遡った。
一緒の予備校だった数人の名前の中に彼女がいた。
彼女は今年、無事合格して3浪目にして大学入学を果たしていた。
久しぶりに見る彼女はやっぱり綺麗で、絵も上手くて、その瞬間にあの頃感じていた匂いが、彼女の少し甘い香りと、細くて硬い、でも柔らかい感触とか如何しようも無い嫉妬なんかも一気に蘇ってきて、思わず声をあげた。

まず、生きていたことにホッとした。

いや、嘘だ。わたしはやっぱり彼女が羨ましくて、あの頃と何も変わってなかった。あの頃のわたしは偉くなんてなかった。嫉妬して妬んで、そのくせ彼女の努力なんか見なかった。今と同じ。
彼女はとても充実した生活を送ってるようだった。精神状態もあの頃よりずっと良くなって見える。
そんなことをなんとなく彼女の動向を気にしていた家族にも話したら、
「大人になったんじゃないの。だってもう、21歳だもんねえ」
といった。

そっか。わたしは今だにあの頃の、精神は病んでたかもしれないけど、尖ってて、後先考えずに突っ走る彼女に憧れていたけど、21歳は大人で、いつまでも思春期なりたてみたいに病んでるわけにはいかないんだ。

わたしも、もうあの頃とはバイバイできるはずなんだ。


彼女に会いたい。


会うためには、会うためには、わたしが彼女と胸を張って、あの頃とは違う感情で会うためには、わたしが変わる必要がある。


戻るんじゃなくて、進む。そしてあの頃と同じ話をしたい。






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