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神様じゃない


12月4日はジンくんの誕生日でした。遅れてしまったけれど誕生日記念ということで。

と言っても、ジンくんについて私が思うことはいつもなんだかまとまりがなくて、ある時はすごく大人に見えて、ある時はすごく子供に見える。オヤジくさかったり、あまりに男子大学生だったり、どこまでも冷静な人だったり、キラキラお兄さんだったり。
その時々を楽しむ彼が見せてくれるたくさんの表情のどれにも嘘はない。

ジンくんが紡ぐ言葉を聞いてると、生活ってそうだよね、と思うことが多い。
ジンくんの言葉には彼の、アイドルとして働く日々の生活が感じられる気がする。
ボンボヤとかもそうだけど、つぶやきの中に彼が生活してて考えることが透けて見えるようで、それは時に私たちも考えるような生活の中のありふれた感想もあって、それを感じるといつも私は「ワールドワイドハンサムのジンくんでさえもこうなんだもんな、そうだよな.............」と勝手に一人心強くなってたりする。
ジンくんにはそういう、「遠いはずなのにすごく近い、あるいは同じ場所にいる私たち」を感じることが多くて、その言葉で、ああ、私も頑張って生きていこう、と思える。


推しは宗教で、尊さは神。これは絶対。だけど、神様じゃない。
防弾少年団は世界中に愛されるアイドルグループで、伝説を次々と打ち立てていくハイスピードゴーゴーフルパワーグループで、時にその姿はヒーローや、神様に例えられるけど、彼らは絶対神様じゃない。
すごいけど、それでも彼らは絶対人間で、いま毛布にくるまってパソコン叩いてる私と、構造上なにも違わない。
そんな存在が、努力して、血も、汗も涙もいくらあっても足りないくらいに走り続けて、それでもまだ走るのをやめない彼らを神様だなんていうのはあまりに残酷なことだと思う。
彼らがなにしたって尊いけど、その輝きを豪華絢爛な言葉で飾り立てて、何でもかんでも奇跡みたいな言い方をするのは、彼らが見えなくなっていくみたいで怖い。
彼らの何気ない行動や言動はどこまで言っても何気ないもので、そこに無理やり意味とか理由を探す必要はないと思うし、そんなことしても彼らが疲れてくだけな気がする。

ジンくんの話からそれたけど、そういうことを一番に感じさせてくれるのがジンくんで、MAMAのコメントもそうだけど、そういう率直で飾らないジンくんが大好きです。
瞬きの多さとか、ビハインドで見せるメンバーへの絡み方とか、完全に気の抜けた相づちとか。
寝てる姿がやっぱりなんかお行儀よくて可愛かったり、メンバーにさえスルーされるくらいボソッと冷めたこと言ったり。

私がもう少し大人になって、そしたら過去のジンくんの映像を見ながら、小声で、「ジナ、」って呼んでみたい。
そう呼べる頃の私はきっと、今より幸せになっているはずだ。

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