幸せに痺れる
優しい、とよく言われる。
自分では全くそう思わない。そう言われるたびに相手に申し訳なくなって、そんなことない、と言葉を返すと、私より優しい友達は「優しいね」と言って話を終わらせてくれる。
私は人と長く一緒にいれない人間だ。
いつも電波で繋がっているのも好きじゃない。
一人になる、っていうのは、みんなに言わせるととても寂しいことらしい。
私はそうやって、人を馬鹿にしていたのかもしれない。
対人関係に少なからず解釈のずれがあるらしい私は、なんでもないことですぐに身動きが取れなくなる。
罪悪感で家から出られない。人と話せない。
それでも携帯はメッセージを受信し続けるし、未読の言い訳を考える間にもメッセージは増えてゆく。
それでも何も言えなくて、限界を迎えて「ごめん」とだけ返す。
「おかえり」
昨日、友達はそれしか言わなかった。
連絡できなくてごめん、メッセージ無視してごめん、グループチャットには入れなくてごめん、迷惑かけてごめん。
たくさんの意味を込めためんどくさい「ごめん」にそう返されたら、今まで考えてたことが全部なんでもなく思えた。
私は今まであなたの元を離れて一人勝手に家出してて、今帰ってきた。そんなふうにすら思えた。
私に始まりをくれた防弾少年団の歌詞に、「悩みの9割は自分で作り出してる」という意味の歌詞がある。
この歳になって今更、私は人間という学問の基礎を学んでるのかもしれない。こんな発見は、きっともっと昔にみんなしてるはずだから。
人間歴4ヶ月の私は、きっとこれから今までの何百倍も痛みとか苦しみを味わって生きていく気がしている。
でもそれが苦しいばっかりじゃないってことを知ってる。
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